第二課 入門

 新一のクラスに、”ミス我が校”と呼ばれる少女がいた。

 名前は鏡見麻由香かがみ・まゆかといい、文字通り名前負けしない、折り紙付きの美少女、ある時原宿を歩いていたら、100メートル歩く間に、芸能プロダクションのスカウト10人に声を掛けられたという伝説の持主。

(後で本人に確かめたら”そんなのはウソよ”と否定していたらしいが)

 しかも成績は入学以来、学年で五番から落ちたことがない。

 スポーツは剣道部に所属しており、現在初段の腕前。

 ピアノは三歳の頃からやっており、音楽の教師が、”天才だ”と折り紙を付けたほどだという。


 しかしその反面、お茶目で優しく、誰にでも好かれ、人柄も良い。

 新一が入学してきた時、同じクラスの隣同士の席になり、それ以来何となく口を聞くようになった。

 理由は大したことではない。

 たまたま同じSFアニメが好きで、その話で盛り上がっただけの事だった。

 だから、別に彼女を特別に意識、つまり恋人になろうと思ったわけではなく、二人で一緒にいても、アニメの話をするだけだった。

”あの主人公のああいうところが好きだ”

”あの声優さんはちょっとあざとすぎる”

そんな話ばかりしかしない。

 ところが、である。


 これが”ある人物”(とその一党)のカンに障り、

『よそ者の癖に生意気だ』と言う具合になったわけだ。

”ある人物”というのは、隣のクラスの景山亮かげやま・りょう、身長は1メートル70センチ、スポーツ万能、成績も男子では常にトップクラス。目をつぶっていてもそのまま東大に入れるとまで言われている。

細面で吊り上がり気味の目を持つイケメン(多くの女子の評判)、通称”我が校の王子”、一見爽やかで教師からの受けもいい。

 実家は会社を三つも経営している金持ちで、つまりはお坊ちゃんでもある。

 彼は当然、麻友香が自分とお似合いだと思っていた。

 いや、正確に言えば”思い込んでいた”。


 そこへどこの馬の骨とも分からぬ新一が親しくしているのを見ては、面白くないと思うのは当然であろう。


 いじめが始まったのはそこからだ。


 しかし、亮の狡猾なところは、自分では手を下さないというところだ。

 自分の取り巻きであるところの不良たちに、代わりにやらせたのである。


 何をやられたか?

 新一はそれを俺に全部説明してくれたが・・・・一つ一つここに列挙しても意味がないだろう。

 世間で良く言う、いじめっ子(彼に言わせれば”そんな生易しい存在じゃない”らしい。分かるな)がいじめられっ子に対してやる、凡そ全てを増幅してぶつけてきた・・・・そんなものが毎日続くそうだ。


ええ?

”教師は何をしていたんだ?”だって?

下らん。

こういう時ほど役に立たないのが、

教師センコウという存在だ。

奴らはどちらの味方もしない。

怒ることも、なだめることもしない。

やることと言ったら、ただ、被害者、加害者の双方を呼びつけて、

『やったのか?』

『何をやられた?』

 と聞くだけだ。

 しかし、やった方が、

”はい、やりました”なんていう筈はないし、やられた側だって、真面目に訴えたりしない。

何故なら、やった側は”いい子”という仮面を被っているから、

”僕がそんなことやると思いますか?”とでも言えば、それ以上はとがめ立てなど間違ってもやるはずはないのだ。

 仮に注意するとしても、

”二度とやるなよ”それで終わりだ。

 やられた側が事実を訴えようものなら、後で何をされるかわかったもんじゃない。

 いじめが”倍返し”で戻ってくる。

 ましてや警察オマワリなんぞ、沙汰の限りである。

 連中は余程の事がない限り、学校に介入してくるなんて絶対にしない。

 だから何時まで経っても、いじめがなくならないのだ。

”何時も冷静なお前が、随分熱くなってるじゃないか?”

 当り前だよ。

 俺だってそのいじめの被害者だった時期があるんだからな。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 彼は話を続けた。

『僕はもういい加減疲れました。だけど逃げるのは嫌です。逃げたら男じゃなくなります。自分の身は自分で守りたい。そのためなら何だってします。だから』


『喧嘩が強くなりたいと?』

『はい』

 彼はまっすぐに俺の目を見た。

『でも、駄目ですよね。やっぱり・・・・』

 直ぐに肩を落として、大きく息を吐いた。

『いいだろう』

『え?』


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