喧嘩学入門

冷門 風之助 

第一課 初対面

◎『男には負けると分かっていても、戦わねばならない時がある』・・・・・松本零士作『宇宙海賊・キャプテンハーロック』より◎

注)作中で語られているところの『喧嘩に関する技術』は、あくまでも作者である私が夢想したものに過ぎません。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

『あのう、中学生からの依頼は引き受けて貰えないんでしょうか?』少年は事務所オフィスに入ってくると、俺が勧めたソファに、おどおどした態度で腰かけて、こっちを探るような目つきで見ながらそう言った。

 この事務所の存在をどこで知ったかと聞くと、新聞広告だという。

 大枚をはたいて載せた宣伝の効果が発揮されたという訳だ。

 季節はようやく五月になったばかり、日差しは暖かくなりかかっている。

 世間は黄金週間ゴールデン・ウィークというやつで、何となく浮かれていた。


 俺はまず彼にココア(折角だが、中学生にブラックコーヒーはまだ早い)を出してやると、彼は両手でカップを包むようにして一口啜った。

 それを確認してから、俺もコーヒーカップを口に付け、そして答える。

『依頼人の年齢制限はしない。金を払ってくれれば、誰でも客だよ』そう言ってから、シナモンスティックを咥え、また続けた。

『但し、その他の条件はある。法に反していないこと、筋が通っていること、離婚や結婚に関係のない依頼であること、それだけだ』

『喧嘩の仕方を教わるというのは無理でしょうか?』

 一瞬だが、固まった。

 どう答えていいか分からない。

 何しろ俺が一本独鈷になってから、初めての依頼人だったんだからな。

 言うのを忘れていた。

 こいつは昔話、掛け値なしの大昔の事だ。

 昔話なんてのは、爺さんなってからでも出来るってのが、俺の信条だったんだが、ここのところ暇だったんでね。

 まあ、余裕があったら聞いといてくれ。

『強くなりたければ、柔道か空手の道場、若しくはボクシングジムにでも行けばいいだろ?気の毒だが、喧嘩というのは”私闘”の類だ。つまりは法に触れる。そんなことを教えたら、俺は免許を取り上げられてメシが喰えなくなる。口開け早々顎が干上がったんじゃたまらない。分かるか?』

『でも、そんな悠長なことを言ってられないんです!』

 俺はシナモンスティックを半分まで齧り、残りをコーヒーカップに突っ込んでから言った。

『詳しく話を聞こうじゃないか?引き受けるか引き受けないかはそれから決める。どうだ?』

 彼は頷き、それからゆっくりと話し始めた。


 彼の名前は関新一せき・しんいちという。

 年齢は14歳。公立の中学校に通う、ごく普通の中学二年生だ。


 子供の頃から気が小さく、あまり陽気な性質ではない。

 おまけに運動神経も鈍い。

 勉強の方は体育が苦手なことを除けば、他は大体特別可もなく不可もなくというところだ。


 だが、彼は今一番嫌なのはその学校だという。

 何故ならば、

”いじめ”に遭っているからだ。


 元々彼は都内の出身ではない。

 中学に進学して直ぐに、父親の仕事の都合で引っ越してきたのだ。

 だからつまりは”よそ者”という訳だ。


”よそ者”がいじめのターゲットになるのは、さほど珍しいことではない。

九州地方のある町では、東京から越して来たという、ただそれだけの理由で、

”地元の言葉が喋れるようになるまで、お前とは口を聞かん”と宣言されたという例もあったようだし、いきなり複数の生徒に殴られたということもあったと聞く。


 最もその時代はその程度で終わり、方言が喋れるようになれば、普通に付き合ってくれるようになったらしいし、殴られるという洗礼は一回だけで、後はなんていうこともなく、打ち解けていったという。


 しかし、彼の場合は陰湿だった。

 別に何という理由があったわけではない。


 単に”生意気だ”それだけだったという。

 

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