その26 『聖王国末端の現状』
「よーし、着いたぁ!」
「日が高いうちに着けてよかったですね! 村の方とお話できるかもですよ?」
「よっしゃ、行くぞウェスタ! GO GO GO~!」
「はいっ!」
馬車から降り、台車を転がして走り出す。
「じゃあセレス、御者さんと馬を休ませる場所探しといて~」
「は……はい……」
御者と2人。えぇ~、と、目を泳がせるセレス。
だがこの御者さんとはもうチクーニを発って以降ずっと一緒にいる。いい加減慣れてもらわねば。それに知らない村人と話すほうがハードルが高かろう。ここはこうするのが適任だ。
見渡す限り田んぼが広がるあぜ道を行く。
「おっとっと……気を付けてね。落とさないでね」
「大丈夫ですっ! 私こう見えてもバランス感覚は……あっ!」
「のわ~!」
土の盛り上がりに車輪をとられる。
バシャーン、と、頭から田んぼに突っ込んだ。
「プハァッ! だ、大丈夫ですかリンくん!」
「お……起こして……」
2人とも、体中泥だらけだ。
「あんれまー! なにやってんだオメたちー!」
バシャバシャとおばさんがやってくる。
「あっ、ごめんなさい! 私、クリオナの村から来ましたウェスタといいます!」
「ほー、くりおなぁ! んな遠いとこからわざわざこんなとこまでご苦労なこってまぁ! なにしにきたんだぁ?」
どうやらおばさんはクリオナの村を知っているらしい。
(クリオナの村を出て、チクーニの町を経由してフキシオの町へ……フキシオにはこのあたり一帯――セルプレ領とかいったっけ。そのセルプレ公爵家があって、そこにユーノさんもいると。フキシオから2日まっすぐ行けば王都に着くが、その道を外れればこのユカオナの村にたどり着く。ここもセルプレ領の一角という認識で合っているのかな? ならユーノさんも来たことあるのかもな……)
「ブフーッ。えー、ドーモ、初めましておばさん。勇者です。僕たち王都に向かう途中なんですが、何かお困りごとがあれば解決して差し上げようかな、と寄り道しました」
口の中の泥を飛ばしながら挨拶する。
(もしかしたらユーノさんがすでに訪れて何かしら問題を解決済みだったりするかもしれないが、どうだろ。何かあるかな?)
「はー、おったまげたなぁ。勇者様だぁ? こんなへんぴなところまでよー来てくれはって! どしたんです、その体!?」
「あー、まぁ、魔王の腕を一本もいできた名誉の負傷ってやつですかね。ニンフの力があればこんくらいすぐ治るんで気にしないでください。で、どうです? 何かあります?」
「そりゃ毎日困ってるわなぁ。アノさんとかいう旅の方が助けてくだすったこともあるけども、奴らァやっつけてもやっつけても隅から隅から湧いて出てきよるんだから」
「奴ら?」
「小鬼だァ」
→ * → * → * → * → * → * →
とりあえずおばさんの家に通してもらった2人。
風呂を借りて泥を洗い流した後、客間に通される。
「ん? どした勇者様。首もとに痣ができてるみてぇだけども……」
「あ、気にしないでくださーい」
ウェスタは照れて下を向いている。
「で……話の続きですが。小鬼って?」
「あァ。森の奥にある山の方からやってくるんだ。以前はそりゃこーんなでっけェ大将格がいてな? よく人里に下りてきては子供をさらって喰らってやがったんだ。だどもアノさんがそれをやっつけてくれてなァ。みんな泣いて感謝してたわなァ」
実際に戦ったのはS・KとK・Kというお付きの人だろう。あの勇者崩れとの戦いの際は射聖を受けて倒れたが、まともに戦えばバケモノみたいな敵とも渡り合えるほどの使い手らしい。
「だどもなァ。いなくはならないんだな、これが。山のほうに巣があるんだろうなァ。そっからいっくらでも湧いて出てきやがんだ」
「ふむ……湧いてくるのは小さい奴だけなんですか? でっかい大将格ってのは?」
「それ以来は見てねぇなァ。それでも被害はゼロってわけにゃいかねぇんだ。田畑は荒らされるし、赤子ぉ寝かせて飯作ってる間に攫われちまうこともある。おちおち目ぇ離せねぇから皆ピリピリしてやがらぁ」
「なるほどぉ……わかりました! その件、僕に任せてください!」
倫はドン、と左手で胸を叩く。
「リンくん、なにか勝算があるんですか? たしかにセレスさんの聖魔法は強いですが、小さくて素早い敵がたくさんいるような……それも森の中、山の中みたいな広いフィールドでは十分に力を発揮できないかも……」
「だな。だから」
おばさんの方に向き直る。
「おばさん、村の人を集めてもらえますか? みなさんにお話ししたいことがあります」
「いいけど、なんすんだァ?」
「ふふふ……それは、そのときのお楽しみ」
→ * → * → * → * → * → * →
村の一同が広場に集まった。
倫は演説すべく皆の前に立つ。合流した御者とセレスも聞いている。
(うー……皆の前で話すなんて緊張する……)
日本人は高等教育までほぼ全く大人数の前で自分の意見を述べるという経験を積むことがない。大学生、社会人になったとたんに突如その機会がやってくるのだが、現役高校生である倫はその点に関してはほぼ赤子同然だ。バクバクと早鐘のように心臓の鼓動が高まっている。
「えー、皆さん。私は勇者です!」
最初に、上ずる声で名乗りを上げた。
とたんにざわめきがおき、『え? あれが? 地味でパッとしねぇなぁ』とか、『手足、あれどしたんだ? あれでなんかできるんだか?』などとヒソヒソと言う者もいた。
(くっ……)
学校での嫌な記憶が甦る。倫が当てられて喋っていると、声マネをしてクスクスと笑う連中がいた。
その記憶が掘り起こされ――きらないうちに、地面が激しく揺れ、轟音とともに土がはじけ飛び、その場にいた者たちが全員ひっくり返った。
「うわぁぁぁあっ!!」
「な、なんだァ!?」
「……勇者様を侮辱する者は、殺します……」
――セレスだ。
「な、なんて力だ……あれがニンフってやつかァ?」
「おっかねぇ……」
「こんなえげつねぇのを連れてるなんて、すげぇんだな勇者様ってのァ」
一瞬で、空気がひっくり返った。
「……まぁ、ちょっと過激な発言がありましたが安心してください。皆さんに危害を加えることはありません」
ひっくり返っている村人を見渡しながら、目に留まる女性がいないかを探す。
(おや? なんか、急に余裕が……出てきたぞ)
村人の目が畏怖に変わったこと。彼らがいっせいにひっくり返り、自分を見上げる形に変わったこと。以前と違い、自分の後ろには心強い味方がいること――そういった精神的優位に気づくと、見える景色は全く異なってきた。
「さっきも言った通り、僕は勇者です。皆さんを救うためにやってきました」
左から右、後ろから前へと視線を移していく。
「皆さん小鬼の被害に悩んでいるとそちらのお姉さんから伺いました」
「やだよぉお姉さんなんて!」
「僕たちはこれから、その小鬼どもを討伐してこようと思います!」
――だから!
そこのあなた! 僕のニンフになってください!
――と、言いたいところだったが、全体を見渡しても倫の琴線に触れる女性の姿は見当たらなかった。
(うーむ……胸属性のニンフ……は、いなさそうだなぁ……)
この場にいる中で一番惹かれる胸は誰かと言えば、セレスだというのが現状だった。
(ていうか探し方、これで合ってるかな?)
まだ実例は2つだ。いまいち自信はない。
ユーノとセレスはいずれも、"そこ"に強く惹かれる何かを感じた。そしていずれも5分の1の正解を引いた。とはいえ、2つではまだ例が少なすぎる。
(自分から村人たち一人一人訪問して回るんじゃなくて、皆に集まってもらえば話が早いかと思ったけど、ダメだったかぁ……いい案だと思ったんだけどな)
少し落胆しながら、話を締めにかかる。
「――というわけなので、どなたか小鬼が棲むという山まで道案内をお願いできませんか?」
「……」
「……」
シーン、と静まり返る村人。
そりゃそうだ。進んで危険に立ち入ろうという者はいまい。
――と、そこへ例の"お姉さん"の声が上がった。
「おいオメ、行ってこい。勇者様のお役に立ってこい」
「えっ、あたし!?」
「オメが一番詳しかろ!」
「あ、あたしなんかに勇者様の道案内なんて大役、できるかなぁ!?」
「できるできる、絶対できる!」
どうやら母娘らしい。
前に進み出てきた娘に問いかける。
「――あなたは?」
「あっ、あたし、"マイン"っていいます! よろしくお願いしまッス!」
泥だらけの手で敬礼のようなポーズをとり、少女はビシィと直立した。
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