その25 『ユカオナの村への道程』
町の入り口で御者と合流し、王都へ向けて出発した一行。
馬車に揺られながら地図を確認する。
「で、ウェスタ~。近くに町とか村はあるかな? あれば、適当にフラッと顔出して様子見てみよう」
「うーん、そうですねぇ……この大きな道をそのまままっすぐ進んでいけば2日ほどで王都に着くと思いますが……途中、ここを西に曲がっていくと森に入ります。森を抜けると"ユカオナの村"というのがありますね」
「よし、じゃあちょっとそこに寄り道してみよう」
「はいっ! 御者さん、聞こえました~?」
ウェスタは荷台の前に身を乗り出すと、御者さんに地図を見せて説明した。
やがて分かれ道に差し掛かり、決めた通り西方向へと曲がっていく。
徐々に踏み均された道の範囲が狭まってきて、脇道に逸れている感が強くなってきた。
道の両脇からは伸び放題の雑草がすぐそばまで迫ってきている。今にもその中から魔物が飛び出してくるのではないかという気もする。
「なんか、怖いですねぇ。御者さん、早く通り抜けちゃいましょう!」
「ははっ、大丈夫ですよ。この王国内で魔物に遭遇する機会はそれほど多くは……」
フラグにしか聞こえない。
言っているうちに草陰から小鬼が飛び出してきた。音速のフラグ回収だ。
「ギャギャッ!」
「きゃあっ!」
荷台に飛び乗られ、手にしたこん棒でウェスタが殴られそうになる。
ドン、と聖弾をブッ放しそいつを消し飛ばした。
セレスもほぼ同時に手をかざしてはいたのだが、倫の方が反応が早かった。
「……勇者様、貴重な聖子をこのような雑魚一匹にお使いにならなくても、私がやります……」
「ごめんごめん、信用してないわけじゃないけどさ。とっさのことだしつい手が出ちまった」
ちょっと、役割も間違っているな、と今さらながら考え直す。
「セレス、悪いけど場所をウェスタと交代してくれる? 今みたいなことあると危ないから」
「……そうですね……わかりました……」
御者さんとの意思疎通はコミュニケーションが得意なウェスタに任せ、荷台の前方に彼女に居てもらっていた。セレスは倫の体を固定し揺れ動かないように押さえているというのがこれまでだった。
しかしこういうことがあるなら前に立ってもらうのはセレスの方がいい。
セレスは途端にオドオドと挙動不審になりながら地図に目を落とす。
(内弁慶なんだよなぁ、あの子。ウェスタにはすごい強気なんだが……)
「セレス~。地図見てるだけじゃなくて、ちゃんと御者さんに道の指示してあげてね」
「ひ、ひゃいっ……」
代わりにウェスタが覆いかぶさってくる。
少しひんやりとしたセレスとは違い、その体はじんわり温かく、むしろ熱を帯びている。
「おほほぉ……ウェスタの体、あったかい……」
「ふふ……やっとこうできます」
「え?」
「ずっとこうしたかったのに、セレスさんばっかり。やきもきしてました」
ウェスタは耳元でささやくと、かぷりと耳たぶを噛んだ。
「あふっ」
「助けてくれてありがとうございます、リンくん。誰よりも早く反応してくれて……私のこと見てくださってたんですね。嬉しい♡ 嬉しい♡」
と、首筋・頬・唇、いたるところにキス・キス・キスの嵐を浴びせられる。
「ウ、ウェス……んむっ……」
よせ、俺たち友達だろ。あまりこういうことは……と、言わなければならないが、とても言えない。倫だって彼女のことは初めて見た時から憎からず思っている。彼らの間にある障壁は『巫女の純潔が破れれば勇者は消えてしまう』という一点だけだ。
女友達の一人もいたことのない倫に、自分に向けられる熱烈な好意を拒否することなど到底できはしなかった。
(こ、このままじゃまずい……非常に、まずい……)
だがちょっと待て。
これは本当に好意なのだろうか?
(この子がこういった行動に出るのはいつも強い不安を感じた時だ。最初は俺がもう勇者はできないとあきらめかけた時……次はセレスに役割をとられると思ったとき……今は魔物に襲われかけた時……)
(そうでもないと、こんな可愛い子が俺みたいなブサメンに恋するはずないんだよなぁ……)
倫の自己評価は不当に低い。しかし成功体験のないDTの思考というのは所詮こんなものだ。チクーニでジオドを破ったのもほとんどはセレスのおかげであり、自分は情けなく嬲られていただけだ、と考えている。
(これが好意じゃなく不安からくる行動だとすると、それは俺の不甲斐なさに他ならない。セレスとはちゃんと平等に扱わないとな……それに、魔物の脅威にも晒しちゃいけない。俺がもっとしっかりしないと)
倫は決意を新たにした。
→ * → * → * → * → * → * →
(もっとしっかり……するはずだったのにィ!!)
倫は今、数刻前の決意が粉々に砕けそうになっていた。
平原を通過し、森に入った一行。
途中発見した水場で、馬の休憩や水分補給、トイレ休憩などを兼ねて一服することになった。
『俺もトイレ行きたい』と言う倫を今、ウェスタは木陰に連れ込んで介助している。
台車の角に立たせて後ろから体を支えながら、ズボンを下ろして言う。
「はい、どうぞ~。しー♡ しー♡」
「うっ、うぅっ……」
チョロロロロ、と、水音がはじけて湯気が上がる。
スンスンと鼻を鳴らしながらズボンを上げるウェスタ。
ズボンが汚れていないことを確認して――
「服を汚さずによくできましたねー♡ えらいですねー♡ んーーーーーー……ちゅっ♡」
と、こんな調子なのだ。
(し……しっかり……しなければ……一刻も早く胸のニンフを見つけて体を治さなければ……男の尊厳が……プライドが……自立心が……)
仕事量のバランスをとるため、場合によっては介助を交代させたことも彼女らの対抗心に拍車をかけた。
森の中では特段戦闘がなく、セレスが所在なさげにしていたため、次のタイミングのトイレ休憩ではセレスに介助をお願いした。
木陰にて、台車の角に倫を立たせたセレスは彼の体の前にしゃがみ込み、口を開ける。
「……えーと……セレスさん? 一体何をしてらっしゃるので……?」
「勇者様のお尿様なら汚くないので、ここに出してもらって大丈夫……」
「ファッ!?」
「さぁ、早く……あーーー……」
「あ……AHOーーーー!!」
→ * → * → * → * → * → * →
そんなこんなでドタバタしつつも――まだ日が高いうちに、一行はユカオナの村へと到着することができた。
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