その27 『恋は盲目』
さっそく森へ入ろうと準備を開始する倫たち。
マインは疑問を呈する。
「勇者さん勇者さん、なんでそんなに急ぐんッスか? もうすぐ日が傾き始めそうだし、明日出発にした方がいいんじゃないッスか?」
「いや、今日行く。キミも出発の前に手洗って泥落としてきときなね」
「はーいっ」
10発分の聖力を溜めたセレスの力がどのようになるか、検証しておきたい。先ほど村人たちをすっ転ばせた一撃を見る限り、力の行使に支障が発生しているという様子はなさそうではある。
「私はどうしましょう」
「御者さんは……マイン、小鬼の巣の近くまで馬車で行くことはできる?」
「そんなに整った道はないので無理だと思うッス!」
「そっか。歩きで行くと時間的には?」
「うーん、夕方には着くと思いますが、でも着くだけッスよ? 山のどこに小鬼どもが潜んでいるかとかは知らないッス。探してるうちに暗くなっちゃうかも……」
「じゃあ日があるうちに帰れそうな時間内でできるだけ探そう。そろそろ不味いなと思ったら言ってくれる? そこで切り上げて帰るようにするよ」
「了解ッス!」
話している間にも準備は順調に進んでいく。
ウェスタは水の入った袋をパタパタと運んできて台車の取っ手に紐でくくり付ける。
セレスは馬車の荷から必要な物を選別している……が結局何も取り出さない。
ウェスタは山道を歩きやすいようにと村人から借りた靴を持ってくる。
セレスは地図を読み地形を把握しようとしている……が結局何も得るものはない。
「……セレス」
この動けなさ。
(まぁわかるけどね。俺もグループで行動するとき、何をすればいいか指示してもらえないとこんな感じだわ)
妙な共感を覚えた。
→ * → * → * → * → * → * →
まもなく準備が完了し、出発した一行。
森の落ち葉を踏みしめながら、道なき道を登ってゆく。
「なるほどぉ……この獣道、たしかに馬車じゃ登れねーわなぁ」
「でっしょー?」
先導するマイン。その後ろに倫の台車と、それを押すウェスタが続く。セレスは最後尾を歩いていた。
「セレス、ときどき後ろを振り返るようにね。お前が後ろから襲われて戦線離脱、なんてことになったら一巻の終わりなんだから」
「はい……」
セレスの背中が無防備。これは避けるべきことではあるが、かといってでは誰を後ろにできるのかという問題もある。
(ジェガンさんたちをチクーニに置いてきたけど、よく考えると人員不足だなぁ……)
置いてくるよう言ったのはセレスだ。彼女としては守るべき人数が増えるのはリスクが高いと思ったのかもしれないし、単に性格上多人数が苦手だというのもあったのかもしれない。
(とはいえ、それを了承したのは俺だ。俺の見立てが甘かったってことだな……)
ジャリ、ジャリ、と歩を進めていく。
「う……腕が……」
だんだん、ウェスタの顔が苦痛を表してきた。
「あ、巫女さん大丈夫ッスか? あたし代わりましょうか?」
「だ、大丈夫ですぅ……こ、これくらいぃ……」
そうは言っても、腕が震えているのが倫にまで伝わってきている。
「ムリしなくていいよ、代わってもらいな。腕が休められたら、またあとでお前に押してもらうから」
「うぅ……はい」
露骨にしょぼんとする。
一応気を使ったひとことは入れたつもりだが、念押しでもう一発入れておくことにする。
「俺もホントはお前に押してほしいんだけどな。でもお前の体の方が大事だからな。しっかり休んでくれな」
「は、はぁい……♡」
ウェスタは頬を上気させながら大人しく下がった。
「……どしたんスか? やけに巫女さんへのフォローが厚いッスね」
「フッ。お前も大人になればわかるさ。勇者ってのは大変な職業なのさ……」
カッコつけて悟ったようなことを言う。
見たところマインは自分たちより若干年下っぽい。倫が16で、ウェスタとセレスは15。マインはもう1、2つ年下で13、14といったところだろう。
「さすが勇者先輩! 人生経験豊富なんッスね! ご指導よろしくお願いしまッス!」
マインはビシッと敬礼した。けっこうノリのいい子だ。
「んじゃ行くッスよ~! 巫女さんが台車を押すペースに合わせてたけど、農作業で鍛えたあたしが押せばもっと早く進めるッス!」
「おー、そりゃ心強いな。GOGO、マインGOーっ!」
「おーッス!」
ガラガラとハイペースで動き始める。
「お~、こりゃいいな。先導と台車押しが一体になって一人分手が空くのもいい。ウェスタ、セレスの様子ときどき見てやってくれよ」
「は~いっ」
ペースがあがり、どんどんと山道を駆けあがっていく。
小鬼に出くわすこともなく、道中は極めて順調だと思われた。
――しかし。
人の心とはままならぬものである。
いわれた通り、ウェスタは一応見ているつもりではあった。
が。
異世界から巻き込んでしまった無関係な人。
自らが召喚した運命的な勇者。
自らの窮地を何度も救った英雄。
自らのせいで手足を失わせてしまった被害者。
衝動的な部分もあったとはいえ、はじめてを捧げた相手。
友達なのに、巫女なのに、やってはいけないのに。
憧れ・感謝・罪悪感・背徳感。様々な感情が複雑に絡み合い、彼女の親愛・情愛・性愛の情は形作られていた。
そして、一度知ってしまったその甘い感触――青く幼い少女はまだ、その強烈な情動を制御する術を知らない。
「……なぁウェスタ。さっきからセレスが一言も――」
ふと、倫がセレスの声をしばらく聞いていないことに不安を感じ、後ろを振り返ると――その姿が、なかった。
「!! マイン、ストップ!!」
「あっ、はいっ!」
「ウェスタ、セレスがいないっ!」
「えっ……!?」
慌てて振り返るウェスタ。本当だ、いない。だが、いつからいなかった――!?
――わからない。
まずい、と、ウェスタは思った。
ずっとどこか上の空で、倫の方ばかりを見ていた。最後にいつ後ろを振り返ったか、そのときにセレスはいたかどうか記憶が定かではない。
「ご……ごめんなさいリンくん、わ、私……」
「俺に謝ってどうする! 来た道戻るぞ!」
(いつだ、いついなくなった? 理由は? 何が考えられる?)
思考を巡らせる倫。
(可能性は――3つ)
1つは、段差で転んだ、穴に落ちた、斜面から転がり落ちた、などの可能性。
2つは、疲労により動けなくなった可能性。
3つは――小鬼に襲われた可能性。
来た道を戻りながらマインに聞く。
「ここまで、足を取られそうな場所ってあったか?」
「いえ、わりと歩きやすい場所を選んできたッスから、たぶんそういうことはないかと!」
「じゃあどっかで動けなくなってるかも……でも、何も声しなかったよな?」
「はい、聞いてないッス!」
(とはいえあの子、声小さいからな……聞き逃した可能性も否定できない)
「あっ!」
ウェスタの声が上がる。
「どした!?」
「こ……これ……っ!」
少し戻った場所に、血痕があった。
その場にへたり込むウェスタ。
「ご……ごめんなさい! 私……私っ!」
台車からその頭に手を伸ばす。
「よく見つけてくれた。台車に乗ってる俺やそれを押してるマインじゃ見落としてもしょうがないような小さな痕跡だ。マイン、ここまでの距離はどれくらいだった?」
「えっと……50mってとこッス!」
「じゃあ、まだそう遠くへは行ってないか……そんなデカいやつが俺たちに気づかれないように潜んでいたとは思えない。小鬼に連れ去られたならまだ近くにいるはずだ」
「でも……どっちへ!?」
探しに行こうにも、東西南北どちらの方向へ連れ去られたのかわからない。
(どうする……? ここで探しに行く方向を間違えればアウトだ)
倫の頬を汗が伝う。
キョロキョロと周囲を見渡していると、ふと台車を押すマインの手が目に入った。
瞬間、倫の体に電流が走る。
(こ……これは…………っ!!)
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