その21 『あとしまつ・チクーニ』
「…………」
「…………」
「…………」
「…………んぁ……」
チカッと眩しい日が差し、倫は泥のような眠りから目覚めた。
(…………あ~……だっる……)
全身が鉛のように重い。しかし先日の全身の熱は嘘のように引いており、意識ははっきりしていた。
(ここは……病院的な施設か……?)
周囲を見渡すと、セレスがやったのだろうか。同室には10床以上ベッドがあったが、いずれも誰かしらが臥せっていた。
やがて視線を自身の体に向けると――
(あ……)
左手の下。掌側にはウェスタの手が添えられている。手の甲側にはセレスの手が。2人は夜通しそこに座っていたのか、疲れて眠ってしまっている。
(……天国か? ここは)
しばし上下の柔らかな感触を堪能する。
(ウェスタ……ごめんな。俺、お前を見捨てて逃げ出して……一回諦めちまったよ。ムエド町長――その名を聞いてピンと来ていなければ、俺はここに戻ってこなかったかもしれない……)
(セレス……手を貸してくれてありがとう。洗脳を解いたはいいが、正直ニンフとして力を発揮してくれるかどうかは一か八かだった。5分の1の正解を引けるかどうかもわからなかった。でも、直感を信じて正解だった……やっぱりお前は口属性のニンフだった)
しかし、見れば見るほど唇は岩原さとみによく似ている。
(ちょっとくらい触っても……バレへんか)
上下から添えられている2人の手から、ズリ、ズリ……と少しずつ手の位置をずらしていき、その先で寝息を立てているセレスの唇に触れようとする。
――が。
さすがに触れている手の感覚の変化で彼女たちは目を覚ました。
「あっ……いや、これは別に、あの。ヤラシイことをしようとしたわけでは。ただ、やわらかそーだなーと……」
「り……リンくんっ!!」
「勇者様!!」
2人は倫の言い訳などまるで興味を示さず、力強く彼の体を抱きしめた。
ウェスタは首に手を回し、セレスは腹部に手を回し。
(あ、超天国……あ、あへ……あへへ……)
だらしない顔をしている倫とは対照的に、ウェスタは本気の大泣きを始めた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、リンくん……私が役にたたないせいで、大事な体がこんなことに……」
「……」
幻肢というのだろうか。既にない手足の感覚も普通にあったため、改めて自分の体を見てようやく思い出した。
(あ……なんだ俺。右手も両足も、なんもねぇ……左手一本しか残ってねーぞ……)
(え? なにそれ。まだ王国の中だよ? 王様に会って『旅立ちの資金じゃ、10ゴールドやろう』的なイベントもまだだよ? まだ魔王討伐の旅に出てすらいないのに既にダルマになってる勇者とかそんなのある?)
「……ウェスタ……」
倫は、震える唇で言葉を紡ぎ出す。
「……すまない、ショボい勇者で。俺はどうやらここまでみたいだ。また別の勇者の召喚にトライするか……まぁ、元気でやってくれよ……」
「何を……何を、言っているんですか!」
顔を逸らす倫。ウェスタはその顔を両手でガシッと掴み、意を決して――
その唇に、口づけをした。
「んむっ――!?」
「……むっ……! …………!! ……………………!!!!」
1分近くもそうしていただろうか。
「…………ップハァ~~~!! ち、窒息するかと思った……って……えぇっ……!? な、なんで……」
――はじめてのキスは……涙の味。
「これが……私の想いです、リンくん。わかってくれましたか!?」
「え、あ、はい……」
「たとえあなたが勇者の力を失おうと。もうその手足が元に戻らないとしても。私は絶対にあなたを見捨てません。だって、どんな姿になろうとあなたは私の――私だけの、最高の勇者様ですから」
「……もう、戦えなくても?」
「はい」
「……もう、歩くことさえできなくても?」
「はい。どうか生涯お傍にいて、お世話させてください。お願いします」
「…………」
涙があふれてきた。
(情けねー……情けなさ過ぎる……こんないい子を俺は見捨てて逃げて……今だって、用なしになって捨てられるんじゃないかと。この子を信用してなかった……バカ……俺のバカバカバカ! もう、二度とこの子を悲しませちゃいけない。今度こそ俺は胸に誓う)
「まぁ、治るんですけどね~」
「ファッ!?」
感動が一瞬にして崩れ去った。
病室の外から、甲冑に身を包んだ騎士が入ってくる。
「あなたは……タルペさん?」
「は~い、正か~い♪」
兜を脱ぐと、おっとりしたタルペの顔があらわになった。
「タルペさん、洗脳は解けたんですか?」
「さぁ……私は普通でいるつもりなんだけど~。変だと思ったら撃ってくださる~?」
(うーむ……)
そう言われると、町の住民全員を撃たなければならなくなってしまう。
「様子が変な人はもういないかな?」
「おそらく、大丈夫だと思います。以前から感じていたイヤな感じはなくなっています」
と、ウェスタが答えた。
「じゃあ信じよう。タルペさん、ジェガンさんや……そうだ、カヌールさんやベネネさんはどうなりました!? ぐっ、痛てて……」
前のめりになるとまだ痛みが襲ってくる。
「あらあら、慌てない慌てない。大丈夫、ジェガンも正気を取り戻しているし、他の2人も命は助かっているわ~」
「そっか……よかった」
(最終的には全員殺すつもりだったのかもしれないが……俺の目の前でそれを実行してやる、というこだわりがアダになったようだな。バカなやつ)
「それで、タルペさん。リンくんの手足は復元できるんでしょうか?」
「勇者様のニンフなら、できるわよ~。あいにく私にはそこまでの力はないけれども……」
「まるで見てきたような口ぶりですね」
「直接見たわけじゃないけれどもね~。聞いたことあるかしら~? 現役最強の勇者――"シチロー"様のお話を」
「いえ……クリオナの村までは、あまりはっきりとしたお話は」
そう、と頷くと、タルペは続ける。
「シチロー様の従える8人のニンフは、いずれも私などは比較にならない強力なニンフたちなの~。その中でも、胸属性の"ルミナ"様には凄い逸話があってね~」
(今さらだけど、口は攻撃、胸は回復というのは……口からは強力な呪文を唱えるから攻撃、胸はつまりハートウォーミング的な意味で回復……そういうことと思っておけばいいのかな)
手属性のジェガンの振るう剣、身のこなしはすさまじかったし、足属性のカヌールの脚力もまた人間離れしていた。
(――ようするに。口・胸・手・秘・足――これらの属性は、攻撃魔法・回復魔法・物理特化・支援特化・敏捷特化、と言い換えることができるってことだ)
ようやく倫は理解した。
「あるとき、シチロー様の一行が魔王領に近い場所にある村を訪れたときの話よ~。そこは既に魔物たちに襲われて、住民は残らず惨殺されていたらしいの~。でも、ルミナ様が極大回復蘇生呪文"サント・ア・クロス"を唱えると――その村の住民は損壊の程度にかかわらず、皆綺麗に元通りに復活したらしいわ~」
「へぇ~……そりゃ、すごい。ちなみに、タルペさんが使ってた"チア"という呪文は?」
「あれは、初級よぉ~」
タルペは恥ずかしそうに頬に手を当てた。
「……そうか~……」
話を一通り聞き終えた倫は、大きく一つ息を吐いた。
「リンくん……これから、どうしますか?」
「そりゃ、今の話を聞いたらやることは1つでしょ。探そう――俺のニンフとなるべき、胸属性の女性を!」
「はい!」
勢いよくウェスタが立ち上がる。が。
「待って待って~。ジェガンと私はともかく、カヌールとベネネは身動きできる状態じゃないの。あなたたちだけを行かせるわけには……」
「あ……」
立ち上がったウェスタが座りかけるが、その背中を支えつつセレスが立ち上がった。
「私がお二人をお守りします……だから、大丈夫、です……」
「セレス……いいの?」
「はい……私にはもう帰る家がありません……連れて行っていただけますか」
「わかった。一緒に戦おう」
「ということなので……ご苦労様でした、騎士様方……以降は勇者様たちの護衛は不要です……」
静かに語るセレス。が、その裏には有無を言わせぬ意志の強さが感じられる。
実際、ニンフとしてのセレスの力はタルペたちを遥かに凌いでいるのだ。
「そう……わかりました。お達者でね~」
――
こうして、騎士たちに見送られながら、2人と1台はまだ見ぬニンフを目指してチクーニの町を発ったのであった。
――2人と1台。
ウェスタとセレスの2人と、倫を乗せた台車が1台、である。
(町を救って意気揚々と次の町へと出発する勇者一行! ただし勇者はダルマなので台車に乗って移動します――か。ハハ、笑えねー)
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