第三話 『2人と1台の珍道中』
その22 『相棒との出会い』
馬車の荷台にセレスが乗り込む。後から台車を押して来たウェスタが倫の体を抱えて荷台で待つセレスに渡し、セレスは荷台の奥にその体を寝かせる。最後にウェスタが台車と一緒に馬車に乗り込んできた。
(介助されてるなぁ、俺……なんか寝たきりの老人の気分だわ)
「よし、それじゃあ出発しようか。御者さん、お願いします」
「承知いたしました。揺れますよ」
その言葉を聞くと、セレスが覆いかぶさってきて倫の体が揺れ動かないよう押さえてくれる。
(おほほほほほ、おほぉ)
豊かな双丘の感触が自分の胸に当たっている。長い髪の毛が上半身のいたるところにチロチロと接触し、絶妙に心地よい。
(天国、天国)
おっと、もしかしてウェスタが嫉妬してくれてたりしないかな? と、何気なく彼女の方を見ると、寂し気にクリオナの村の方向を眺めているのが目に入った。
「……もう大丈夫か?」
「あ……えぇ。大丈夫です。ごめんなさい、未練がましく。本当ならもう会うことはなかった人たち……それにもう一度会えたというだけで。ダメですね、一度会ってしまうと、むしろ次も会いたいという気持ちが湧いてきてしまって……」
「ダメなもんか。次は魔王を倒して堂々と会いに帰ればいい。魔王がいなくなれば修道院で保護される必要もなくなる、だろ?」
「はい……そうですね!」
馬車でチクーニを発つ前に一度、台車を転がしてもらいながら徒歩でクリオナの村には帰っていた。
しかし、ダルマ状態の勇者の姿など見せても不安しかないだろう。倫とセレスは陰ながらウェスタの様子を見ているだけで、村の人々に会うことはしなかった。
倫の当初の目的は両親に会って直接決意表明をすること――だったのだが、残念ながらそれは果たせなかった。
(まっ、体がこんなんだもん。仕方ないネ)
ガラゴロと馬車が野を行く。
「なぁウェスタ。チクーニからフキシオまでは、これくらいの軽めの荷馬車で急ぎめで行けば丸1日あればなんとかってところだったっけかな」
「そうですね、ジェガンさんたちとチクーニに引き返してきたときも、朝出発して日没前には着いていました」
「じゃあまずフキシオに着いたら一泊して~。その先はどんなかんじ~?」
「王都に行くのでしょうか?」
「そだね。そもそも最初に神父さんは王都に行けって言ってたし」
「胸属性のニンフ探しはどうします?」
「まぁ、探そうと思ってその辺ぶらついて見つかるもんでもないだろうし……あわよくばフキシオの町とか、王都で見つかればいいな、くらいかな。とりあえず、本来やるべきだったことをやろう。そのついでで見つかればいいさ」
「……でも、王都に行けば私は修道院に入る事になってしまいます。魔王討伐の遠征に出るまで、リンくんと一緒にいることはできなくなってしまいます……」
「あっ、そっかぁ……」
ウェスタが修道院を出られるのは勇者一行が魔王討伐に出発するときだけ。そのとき、ダルマの勇者が『さぁ、いざ行かん!』と言っても説得力がなさすぎる。ヘタをすると、体をなんとかするまで出発させてもらえないかもしれない。
(それはさすがに嫌だなぁ……となると、やっぱ胸属性のニンフ探しが最優先か……?)
「うーん、恥を忍んでシチローとかいう勇者様のニンフ――ルミナさん、だっけ。その人に治療を頼むってのもアリなのかねぇ」
「そう……ですね」
「巫女が修道院に入らなければならない、のであれば、そのシチローの巫女さんも修道院にいるってことだもんね。ということは、シチローもそのニンフたちも王都の周辺にいる可能性が高いってわけだよね」
「そうなります。今現在遠征に出ていなければ、の話ですが」
「よし、じゃあこうしよう。まずはフキシオで一泊。その後、王都に向かう途中、多少寄り道しながら胸属性のニンフを探す。全然見つからなさそうだったら諦めて王都に着いてからルミナさんに頼む方向で」
「わかりました!」
「セレスもい~い?」
「はい……私は、どのようなご指示であっても従うだけです……」
→ * → * → * → * → * → * →
しばらく野を行くと、数体の小鬼が池の近くにたむろしているのが見えてきた。
「おや、あいつら……何してるんだろう」
小鬼どもはぐるりと何かを取り囲んでいる様子だ。
「……亀さんを、襲っているようです」
「ウェスタ、見えるの? 目いいね」
御者は特に気にせず馬車を通過させようとする。が。
「御者さん、止めて!」
倫はそれを止めた。
「リンくん?」
「日本人というのはな、いじめられている亀さんを見殺しにはしない民族なんだ。助けると竜宮城に連れて行ってくれるかもしれないからな」
「は、はぁ……」
「セレス、亀さんを傷つけないようにあいつらを追い払える?」
セレスはこくんと頷くと、静かに荷台に立ち上がり、両手を前に突き出してグルグルと円を描くように動かし始めた。
「我生み出したるは黄金の滝壺。流れ奏でられるは聖なる旋律――」
詠唱と共に、どこからともなく激流が押し寄せてくる。
「ホーリィ・ウォーター……!」
小鬼どもは激流の渦に飲み込まれ、きれいさっぱりどこかに洗い流されて行った。
「あっ……亀さんは!?」
「はい……ここに」
最後にくいっと腕を手繰り寄せる。すると一つの水の塊が戻ってきた。
「亀さーん!」
亀は、倫の掌に着地した。
「おうおう、愛い奴よのう。さぁ連れて行ってくれ、俺を竜宮城に」
亀は無反応だ。礼の一つも言わない。
「ちぇっ。もったいぶりやがって。いつか必ず案内させてやる。ねぇウェスタ~、この子、飼ってもい~い? ちゃんとお世話するから」
「そう言って、いつも私がお世話することになるじゃないですか!」
「ハハハ」
細かいお約束が通じるのが嬉しい。意外と文化が近いのかもしれない。
「よーし、亀さん。お前の名は……ツタンカーメンだ。カーメンと呼んでやろう」
「よろしくね、カーメンちゃん!」
ウェスタが頭を触ると、カーメンはキュッとそれらをひっこめた。
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