その17 『その男――ジオド・コ・ミスカッジ』

「こ…………これはいったい何の冗談ですか、町長さん」


どうにか、言葉を絞り出す。


「俺が勇者だって、わかったうえでのこの狼藉ですか。国家反逆罪とか……そういう感じになるんじゃないッスか?」


日はすっかり落ちている。相手の男がどのような表情で自分の前に立ちはだかっているのか、倫には判別できなかった。


「……何とか言えよ!」


ウェスタに何かされれば、今この瞬間にでも自分という存在は消えてなくなってしまうかもしれない。生きた心地がまるでしない。


「コポ……コポポポ…………」


やがてその男は、口いっぱいに水でも含んでいるかのような不快な笑い声をあげ始めた。


「コポポポポポポポポ、コーッポッポッポッポッポ!!!!」


思わず耳を塞ぎたくなる醜音だ。にもかかわらず、男の周囲に立つ者たちはまるで無反応のまま微動だにしない。


(な……なんだこいつら……?)


ドン引きしていると、男はズイっと倫の目の前に顔を突き出した。


(うわっ、キッモ……顔キッモ……!! しかも臭い……超絶臭いっ!!)


魚類のようなおよそ人間とは思えぬ外見に、卵が腐ったような強烈な臭い。


「勇者リィィン……モレがなぜモマエをまだ生かしているか、わかるかぁ?」


ニチャア、と音を立てて口が開かれる。


「……は……はぁ……!?」

「奪ってやるためだよ……モマエの目の前で、モマエの大事なものを全てなァ……!! コポポポポ、コポォ!!」

「い、意味わかんねぇ。いったい俺に何の恨みがあって」

「恨みィ? あンもぅ、違う違う違うぅ~ン」


醜く肥えきった体をクネクネと気色悪くくねらせる町長。汗なのか何なのか、ヌメヌメした液体が振りまかれた。


――かと思うと、のけぞった体をバネのように跳ねさせてまた倫の眼前に迫ってくる。


「――モマエが勇者で、モレが四天王だからだよ」

「……し……四天王?」

「あンもぅ、名乗っても通じないなんて、これだから異世界の田舎もンはッ!!」


今度はバリバリと頭を掻きだし、フケのようなものが飛び散る。


「いいかぁ、耳マ×コぐっちょりかっぽじってよーく聞けよォ? 神だろうが悪魔だろうが関係ねー。穴さえあるならなんだろうと犯しつくす。大魔王ネトルーゾ様第一の臣下――四天王が一人"ジオド・コ・ミスカッジ"様たァモレのことよ! コポポポポポポポ、コーッポッポッポッポッポォ!!!」

「…………」


「…………」


「…………は?」


「い……いやいやいや……おかしいでしょ、それ……だって、ウェスタはあんたのこと、この町の町長だって……なんで、魔王の四天王とやらが聖王国の中で町長やってんだよ……」

「コポポ……モマエにはそんなこたァ関係ねェ。モレが四天王であり、モマエは目の前でこのモレ様に全てを奪われた後で死ぬ。ただそのことだけ理解しておけばいい」

「ふ……」


「ふっざけっ――」


眼前に迫るジオドの顔面に聖弾をブチ込もうと右手を上げ――るより早く、ジオドの巨体が躍った。


「魂・衰・貫ッ!!」


――ドチャッ、と、数メートル後方に何かが落下する。


恐る恐る振り向くと――


「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」


ジオドの貫手により、倫の右腕がゴッソリと吹き飛ばされていた。


(い……痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃっ!!!!!)


「き……きっさまァァァァ!!」


ベネネが肉体を強化し、まさに飛び掛かろうとした瞬間。


「おぉっとォ。動くなよニンフ。巫女がモレ達の手中にあるということを忘れちゃ困るぜェ……コポポポポ」

「……ぐっ……!!」


「コポポポポポポ。そうだな……まずは前菜だ。モマエからいただくとしよォかァ……」



 → * → * → * → * → * → * →



あまりの痛みに気を失っていたらしい。


「う……」


相変わらずの燃えるような激痛に、気を失ったままにもしてもらえず目が覚める。


「……はっ!?」


ガバッと顔を上げると、目の前にはベネネが力なく横たわっていた。


「ベ……ベネネさん……?」


服は引き裂かれ、裸身同然の身。その体のあちこちには殴打されたような痣が痛々しく残り、ヌメヌメした液体が付着していた。


「あ……あぁ…………」

「おや勇者クン……ようやくお目覚めですかな。コポポポポ」

「て……めぇ……」

「目の前でヤッちまうお楽しみはできなかったが、まぁ前菜だ。まずはこれくらいのジャブでもよしとしよう。だが次は気を失ってるヒマはないぞォ~~~??」


次はいったい誰が何をされるのか。

自分には何ができるのか。いや――何もできない。どうしようもない。

もはや倫の心の中には恐怖以外の何の感情も発生する余地がない。


「ゅ……ぅ……しゃ……様…………」


瀕死のベネネが、小さな声で倫の方へと手を伸ばす。


「ぃ……ぃ……ま……は……逃げ、て…………」


最後の力を振り絞った肉体強化術。

倫の脚に淡い光が宿る。


「コポポポポ。逃がすな、取り押さえ――」

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


無我夢中で走り出す倫。

ジオドの体を飛び越えようとしたジャンプ。それはドォンと衝撃波じみた圧を発生させ周囲の人間を吹き飛ばすと、町中を一望するほどの大飛行となって倫の姿を闇夜の向こうへと消していった。

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