第二話 『四天王ジオド』
その8 『弾数は、24発』
「あんちゃん……あんちゃん、起きな!」
「ん……んんん……今何時ぃ……?」
「何寝ぼけたこと言ってんだ、宿に着いたよ」
同乗の商人のおっさんに起こされて馬車の外に目をやると、既に日は落ちて辺りは暗くなっていた。
一瞬、フキシオの町に着いたのかとも思ったが、建物が2、3建っているだけで町というほどのものでもない。どうやら道中の旅宿らしい。
ふと、反対側の肩に重みを感じる。――ウェスタの頭だ。
(あっ、好き――)
ユーノとはまた違う、香料によらないナチュラルな甘い香りが鼻腔をくすぐる。
自分と同様、彼女も疲れて眠ってしまっていたようだ。
「その子、起こさないのかい?」
「あ、えぇ。今日はいろいろあったし、なんか起こすのかわいそうだからもうちょっとこのままで――」
「そう、夜は冷えるよ。頃合いを見て、風邪ひかないうちに入ってきなよ」
おっさんはそう言って、誰かが置いていったマントを2、3枚ポイッと投げつけて宿に入っていった。
(いい人だなー)
『起こすのがかわいそう』とは言ったものの、純粋に幸せすぎてもう少しこうしていたいだけだったりするのだが。
(女の子にこうして頭を預けてもらうの、死ぬまでには一度経験したかったんだよなぁ……あぁ、もう死んでもいいわ)
幸せが極まり、思わず聖翼がムズムズしてしまう。
(フーム……そういえば、ウェスタは『射聖は勇者でも1日に3、4発が限度』と言ってたが――)
指折り数える。
(俺が今日撃ったのは、狼の魔物に対して3発――それに、チクーニの広場でも勇者であることを証明するために1発撃って見せたっけな。あとは、馬車の中で盗賊に1発、それにユーノさんに1発)
すでに6発撃っている。しかも。
(まだイケるぞ、コレ)
馬車の荷台の中から、外に向かって指先を向ける。
(俺は1日に何回、この力を使うことができるのか……試せるうちに試しておいた方がいいかもな。今、目の前のこの宿にはユーノさんも泊まっていて、お供の兵士もたくさんいる。この状況、そうそうない安全な状況と思っていいだろう。やるなら今だ)
ウェスタを起こさぬよう気を付けながら、こっそりと7発目を発射。
(……うむ。全然いける)
8発目。9発目。10発目――
(なんだなんだ? まだまだ余裕だぞ。うはははは! 俺ってやっぱ、天才なのか!? きたきた、きました! 俺様の異世界チートハーレムはここから始まるってことですかァ!?)
13、14、15――
(そろそろ変化がほしいな。どれ、ちょっと体勢をずらして……寝顔を拝見。おぉ……おぉぉ…………天使だっっっっ!!)
18、19、20――
(いける、いける! 何発でもいけるぜェェッ!!)
21発目――
(ぬ……)
心なしか、動悸が激しくなってきた気がする。
22発目――
汗が噴き出してきた。
23発目――
(いかん、めまいがする……これくらいにしとくか……? いや、あきらめるな俺! まだいける!!)
死力を振り絞って24発目を撃った瞬間――電源が切れるかのようにプツリと意識が途切れた。
→ * → * → * → * → * → * →
翌朝。
目が覚めると、そこは宿屋の一室だった。
(あれ……? 俺、どうしてたんだっけ)
体を起こそうとするが自由にならない。
もがいていると扉が開いた。
「あっ、おはようございますリン様!」
ウェスタだ。
またこの子はノックもしないで、と言いたいところだがそんな軽口を叩く元気もない。
「み……水」
絞り出せたのはその一言だけだった。
「はいはい、お水ですね。どうぞ」
「サンキュ……ゴク、ゴク……プハ~……」
一息入れると、ようやく話す余力が湧いてきた。
「えっと……俺、どうして……ウッ」
全身ひどい筋肉痛だ。声を発するだけで胸回りや首元の筋肉が攣りそうになる。
「昨夜、なんかベチョ~ッとして目が覚めたんです。そしたら隣でリン様が滝のように汗を流しながら気を失っているではありませんか!」
「何やら魔物も寄ってきていたようで、兵士さんたちが慌てて飛び出て来て大騒ぎだったんですよ~?」
そんな失態を犯していたのか。恥ずかしさで耳まで真っ赤になる。
「でも最後はアノさんが出てきて魔物はきれいさっぱりお掃除してくださったのでご安心ください!」
「そう……それは、世話かけたね……ごめん、アノさんに謝っといて……」
「はい。でも、どうしてこんなことに?」
「あぁ、それは……」
事情を話すと、ウェスタは仰天した。
「え……えぇぇ~~~!!?? 24発……!?」
「まぁね」
「ほ、ホントですかぁ? 1日に24回も射聖できる勇者様なんて、聞いたことありません……! 王都で活躍中の現役最強の勇者様でもたしか1桁だったはず……歴代最強の伝説の勇者様でもどうだったか……」
「ふはは、そうじゃろ、そうじゃろ。恐れ敬うがいい。このチート能力持ちウルトラ最強勇者様を……ゲフ、ゲフン」
キラキラと目を輝かせ、向けられる畏敬のまなざしが心地良い。
倫の鼻はまたみょーーんと伸びるのであった。
→ * → * → * → * → * → * →
早朝に宿を発ち、日が高く登るころ、目的地・フキシオの町へと到着した一行。
商人たちの幌馬車を護衛してくれていた公爵家の馬車群とは、盗賊たちを収監するため町の入り口で別れることになった。
『誠にありがとうございました』と平伏する商人たちに、車中から手をかざしながら去ってゆくユーノ達。
倫はまだ体が動かず、馬車の中で寝ながらその様子を見送った。
馬車も停泊所に着き、倫はウェスタに介助されながら降りることに。
「いちち……あーつら……悪いなウェスタ。重くない?」
「重いですが……がんばりますっ!」
「すまないねぇ、ばぁさんや」
「誰がばぁさんですかっ!」
ビシッと脳天にチョップを受ける。
こういうギャグは通じるんだな、と少しホッコリする。
「……で、これからどうすんの? 領主さまに勇者の召喚成功を届け出るって言ってたっけ。領主さまのお屋敷にでも行くの?」
「いえ、さすがに直接は……。とりあえず町の役場に行ってみますね」
(ユーノさんに言っておけば早かったかもな)
今さらながら思うがまぁいいだろう。
可愛い女の子に介助されながら町を散策するというのも悪くない。
(ふむ……チクーニの町は赤い屋根の家が多かったけど、この町は青い屋根の家が多いんだな。これは自分が今どこの町にいるかわかりやすくていいな)
と考えていると、そういえば、と思いいたる。
「あれ? 町の役場? 領主さまに何かを訴え出られるような場所が町にあるってこと? じゃあ、わざわざこんなところまで来なくても、チクーニで役場探せばよかったんじゃ……」
「んん~……」
少し困った顔をするウェスタ。
「それは、そうなんですけど。でもあそこの役場はちょっと動きが悪くて……何か月も待たされそうなので、自分で来ちゃいました!」
「ふ~ん……地方役人の怠慢ってことか。この世界にもそういうのあるんだねぇ」
→ * → * → * → * → * → * →
一緒に古い建物を眺めたり、昼食をとったり、公園を散歩したり。のんびりと町をめぐりながら役場を探していると、ようやく倫も介助なしで歩けるくらいには回復してきた。
(……が、そのことはまだ黙っておこう)
ウェスタに体を支えてもらいつつ、自分は彼女の肩に手を回して歩く。
(うはははは、役得、役得)
「リン様……」
「ん?」
「聖翼、出てます」
「え!?」
バレた。
体を離され、至福の一日が終わってしまう。
しょぼくれながら歩いていると。
「あっ! ありました、リン様! あれがこの町の役場ですよ!」
「お~……」
なかなか大きな建物が見えてきた。
→ * → * → * → * → * → * →
建物に入ると受付窓口があり、女性が立っていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「はい。私、クリオナの村から来ましたウェスタといいます。聖役免除の申請に来ました!」
「聖役免除。どのような事由でしょうか」
「ハイ。私、勇者様の召喚に成功したんです! こちらの方が勇者様ですっ!」
受付の女性がまじまじと倫の姿を見る。
……くたびれた村人Aにしか見えない。
少し怪訝な顔をされたものの、女性はごく淡々と話を続ける。
「ではあなたは巫女になられたということですね。確認のため、こちらの教会に行ってください」
「教会ですか?」
「はい。勇者様や巫女の事実確認は教会の管轄となっております」
「わかりました。ありがとうございました」
地図を渡され、役場を後にした。
「教会なんてあるんだねー。何ていう宗教? 何を信仰してるの?」
「クリストリス教――唯一神HHHHという神様を信じる宗教です」
「唯一神……なんだって? なんて発音したの、今?」
「HHHHです」
「わ、わからん! なんて?」
「そう何度も聞かないでください! 神の名をみだりに唱えるなど畏れ多いですっ」
「サーセン……」
釈然としないが、怒られたので引き下がる。
地図を見ながら教会へ向かうウェスタの後を、少し下がって歩きつつ。
「まぁ神様はいいとして……誰がどんな教えを広めたの? ウェスタや村のみんなもその信者なの?」
「はい、もちろん私も村のみんなも信者ですよ。その教えは救世主オー・イエス・クリストリス様によって広められました」
(なぜ感嘆詞をつける……)
少々ひっかかる部分はあるものの、救世主の名前は倫のもといた世界と少し似ている気がした。
「隣人に優しくしなさいとか、感謝の気持ちを忘れてはいけませんとか、尊い教えがたくさんあるんですよ。世界中のみんながクリストリス教信者になれば、きっと世界は平和になるのに……そうは思いませんか? リン様」
「そうかもねぇ」
宗教に詳しいわけではないが、教えの内容も似ている気がする。
そんなことを考えながら歩いていると、荘厳な雰囲気の建物が見えてきた。
「おー、あれが教会か。いかにもそれっぽい」
「いよいよ来ましたね、リン様っ! さぁ行きましょう、私の明るい未来のためにっ!」
テンション高く教会の門を開け放つウェスタの後ろを、倫はアンニュイな感じでついていった。
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