その7 『あとしまつ』
通報を受けて駆け付けた兵士たちに縄でつながれ、盗賊どもがトボトボと歩いていく。
倫とウェスタはそのさまを眺めていた。
「今度は他の奴がああされるところを見送ることになるとはなぁ」
「ふふっ、チクーニの広場ではリン様もあんな顔されてましたね」
「ウソ、俺、あんな情けない顔してた……?」
「してました!」
ウソォ~……と、ムニムニほっぺたを揉みあげる。
そこへキラキラと煌めく光が近づいてきた。
「これ、そこな凡夫」
「あっ、ユーノさん。お疲れさまッス」
「リン様、こちらの方は?」
「あ、なんつったっけ。ユーノ……えー……」
「アノじゃ」
「アノ?」
「通り名のようなものよ。素性が広まると動きにくいでな。アノ・アクアポルタ――妾のことはそう呼ぶがよい」
出で立ちも態度もどう見ても一般人には見えないのだが……ツッコミたい気持ちを抑えて受け入れる。
「えー……こちら、アノさん。アノさんが盗賊どもを蹴散らしてウェスタを助け出してくれたんだよ」
「そうだったんですか! アノさん、この度は危ないところを本当にありがとうございました」
深々とお辞儀をするウェスタ。
「はっはっは! 謙虚な男よのう。遠慮することはない、言ってやれ。お主が妾を受聖させることに成功したおかげだとな」
「えーーーーっ!! 本当ですか、リン様!? 私が捕まっている間に、こちらの方と聖行為を!?」
(言い方ァ!)
「それよりお主、腹は大丈夫か?」
ズイッと近寄ってきたユーノが無遠慮にウェスタの服をめくる。
「きゃっ! あ、えぇ、大丈夫です。青あざができちゃいましたけど」
「ふむ」
倫はそこから目を背けながら問い返す。
「そっちの方はどうなんです? S・KさんとK・Kさん――でしたっけ? 彼らは?」
「うむ。まだ立てぬようじゃが、意識は取り戻しておる。命の心配はなかろう」
(男に当てるとスゲーダメージ入るんだな、聖弾……)
「アノさん。俺、今回は成功しましたけど……もし失敗してたら、アノさんもあんな感じになっちゃってたんですか?」
「経験はないが、聞くところではあぁなるらしいのう」
「ひぇっ、やべー……それにしちゃ全然恐れる様子もなかったッスね。さすがの丹力というか……」
「はっはっは! 当然じゃ。王たるもの、いざというときの賭けには必ず勝つもの。あそこでハズレを引くなら、妾はその程度の器だったというだけのことよ」
「ははは……」
談笑していると、遠くから兵士の声が飛んでくる。
「お嬢様! 馬車の準備ができました。お乗りください!」
「うむ! しばし待て!」
兵の方を見ると、公爵家のものだろうか。立派な紋章のついた馬車が複数台止まっている。隠す気があるのかないのか……。
「あっちの馬車に乗って行くんです?」
「あぁ。行先はお互いフキシオじゃが、先の馬車に乗り合わせた者には素性を知られてしまっておるでな。妾が乗ると凡夫どもも気がまずかろう。主らとはここでお別れじゃ」
「そうですか……いろいろとありがとうございました」
「フッ」
柔らかく微笑むと、ユーノは踵を返し歩き始めた――と、思い出したように振り返る。
「お主、名は?」
「倫――
「覚えておこう、倫。妾のはじめての男よ」
そう言うと、今度こそユーノは颯爽と去って行った。
「……いいんですか、リン様?」
「え、なにが?」
「だってあの方、リン様のニンフになったんでしょう? 仲間になってくれれば心強いのでは……」
「う、うーん……」
一緒に来てくれればそりゃあこの上なく心強い。いろんな意味で。
(けど、まだ俺はその器じゃない……きっと一緒に来てくれと言ったところで一笑に付されて終わりだろうしな……)
(……上等だ。それでも、いつかは!)
盗賊のアジトで、倫は2つの高揚感を味わった。
――1つは、お頭の寝室での一撃だ。
ケンカすらしたことのない自分が、自分より体格の大きな外人の男をブッ飛ばしたのだ。あれがニンフの力の一つ、秘属性のバフ能力というものらしい。ようは下腹部――丹田から気を巡らせて的なアレなんだろう。
――2つめは、地下牢でユーノを撃ち抜いたときだ。そのとき、彼女の下腹部に天秤のような紋様が浮かび上がった。それは"聖印"という、ニンフになった証らしい。
ユーノは『正義と公正のシンボル。まさに妾に相応しい聖印じゃ』などと喜んでいたが、同時に倫には、まるで彼女を自分のものにした印であるかのように感じられた。その瞬間の言いようのない高揚感は強く胸の奥に焼き付いている。
もう一度、あの高揚感を味わってみたい。
倫の脳内からは、魔王への恐怖などすっかり消え去っていた。
――が。
倫は興奮のあまり、重大な事実を2つ忘れてもいた。
1つは、召喚されたときにウェスタが言った言葉――『数十人の勇者のうち、現存する者は2、3名である』ということ。
そしてもう1つは――
そのうちの1人であるリベンは、既に使命を放棄し、盗賊に堕ちていた――と、いうことである。
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