その6 『聖少女ニンフ』
泡を吹きながら倒れ、ビクンビクンと痙攣するS・K。
「S・Kっ!」
K・Kが駆け寄る。
「……貴様……勇者か」
「元・勇者です、お嬢様。リベン・G・P・ルノー……どうぞリベンと、お呼びください」
「はっはっは! 滑稽よのう。魔王の強大さに恐れをなし、戦いを前に逃げ出した臆病者が、堕ちるところまで堕ちてこのザマか。なるほど、盗賊の頭領……お似合いじゃのう、臆病者」
「ふふふ……」
次の一発が、背後からK・Kを襲い――K・Kは音もなく崩れ落ちた。
その様を横目に一瞬グッと目を瞑ったユーノ嬢は、すぐに力強くリベンを睨む。
「おぉ怖い怖い。そんな目で見ないでくれませんか、お嬢様。臆病な私は怖くて怖くて……あなたを撃ってしまいそうです」
「試してみるか? 臆病者」
「ふふふ……」
リベンはユーノ嬢に指先を向けたまま、ニヤニヤと薄笑いを浮かべにじり寄る。
そしてついにゼロ距離になると、指先で胸をつつき、次いでベロリと首筋を舐めあげた。
「いいねその目……ゾクゾクするよ。ホントぉ~にいい女だ……たっぷり時間をかけて調教してやろう」
「後悔するぞ」
「クク、明日の今頃も同じ口がきけるかな」
「おうテメーら! さっさと荷物と女をアジトに運び込め!」
リベンが命じると、盗賊たちはいそいそとそれらを運び出す。
(また、なにも……できなかった……)
馬車の中で伏せていた倫。S・KやK・Kが撃たれた瞬間、もし馬車から飛び出して相手を撃っていれば形勢逆転できていたかもしれないのに。己の不甲斐なさに唇を噛む。
「男共はどうします?」
「放っておけ」
「ち……ちょっと待ってくだせェ、お頭っ!」
「あん?」
馬車の奥から、倫に撃たれてもがいていた男が足を引きずりながら出てきた。
「こいつ……勇者ですぜ!」
「…………あ~~~~~~ん……?」
(ひっ……!)
それは敵意か、悪意か、害意か、殺意か、その全てか。いいようのない寒気を覚える視線を向けられた。
「その男は関係ない。貴様にも少しは良心が残っているのなら、馬車の中の凡夫どもは逃がしてやれ」
「ククク……や~~~~だね」
ユーノ嬢の全てを叩き折りたいのだろう。リベンは逡巡することもなく否定した。
→ * → * → * → * → * → * →
松明の炎だけが暗闇を照らす。
通路を挟んで2部屋ずつ、合計4部屋ある牢に皆は捕らわれていた。
「……ごめんなさい、ユーノさん」
膝を抱えて座る倫が、向かいの部屋にいるユーノに謝罪を口にする。
が、ユーノの反応は――
「ぬ? なぜお主が謝る」
「え? だって、あのとき俺が動けていれば状況を変えられたかもしれないのに……」
「はっはっは! これは滑稽。うぬぼれるなよ凡夫。素人が場をかき乱したところで状況など良くなりはせぬ。むしろよく妾の言いつけを守って馬車から出なかったと褒めて遣わそう」
(意外だ)
敵に対してはとても苛烈な態度をとるが、思ったより雰囲気が柔らかい人のようだ。
釣り上がった目は、その気の強さを如実に表している。が、女神とでも言えばよいのか――形容する言葉が見当たらないほどの美貌が、絶妙に威圧感を中和していた。
(美人度がインフレしてるな……)
「ところで、ユーノさんはセルプレ公爵のご令嬢……でしたっけ? どうしてあんな乗り合いの幌馬車に?」
「うむ。ノブレス・オブリージュというやつじゃ」
「の、ノブ……?」
「無辜の民を守るは高貴なる者の務め。こうして領地を回るのが妾の趣味よ」
趣味と言ったぞ、このお嬢様。
「馬車というのは往々にしてかような盗賊どもに狙われるもの。しかしまさか元勇者が出てくるとはのう」
「そうだ……どうしましょう。このままじゃ、あなたたちは……」
リベンは『メインディッシュの前に、まずは前菜をいただくとするぜ』と、ウェスタを連れて行ってしまった。ウェスタの身が危ない。
「…………ふむ…………仕方あるまい」
ユーノはため息をつくと、ドレスを脱ぎ始めた。
暗いとはいえ、少しは見えてしまう。
「わっわっわっ、何してるんですか、ユーノさん!」
「この際、お主で我慢してやるとしよう」
やがて、目が潰れんばかりの神々しき肢体が露わになった。
(うっ……だめだ、直視できない!)
「これ凡夫、目を逸らすでない」
「で、で、でも……なんで? なんですか!?」
「当然、やることはひとつ――妾を、受聖させよ」
(……………………!?!?)
「なんじゃ、経験がないのか? 馬車でお主の連れ合いと話しておったではないか」
「い、いや、まさにその説明を受けていた最中だったので……」
「ふむ、なるほどな」
倫が手をクロスさせて視界を塞いでいるのとは対照的に、ユーノは堂々たる出で立ちのまま話し始めた。
「ニンフという存在を知っておるか」
「ニ、ニンフ……? いえ、初耳です」
「勇者から聖力を受け取り、彼の剣、彼の盾となって戦う女のことよ」
「ニンフは5つの属性を持っておる。上から、口、胸、手、秘、足」
(……それ、どーいう属性だ?)
「女は受聖することでニンフとなる。しかし、必ずなれるわけではないのじゃ」
「……というと?」
「条件はいくつかある。まず、男の聖子が強くなければ話にならん。しかしお主は勇者じゃ。これについては問題なかろう」
「次に受聖する場所の問題。5つ属性があると言ったな? 妾の属性を当ててみよ」
「えっ……? いや、知らないですけど……」
「クク、それを当てねば妾らはおしまいよ。扉を開くチャンスは最初の一度だけ……お主が誤った部位に射聖すれば、妾はもう二度と受聖できぬ」
「いっ!? そ、そんな……そんなの、責任重大すぎます……お、俺にはとても……」
ビビる倫。
「しようのない男じゃのう……いいのか、お主の連れ合いがどうなっても?」
「!!」
「想像してみるがいい。気色悪くも、妾の首筋をねっとりと舐めおったあの臆病者がお主の連れ合いに今、どのような行為をしておるかを」
「あ……あ…………あぁぁあああああああ!!!!」
(脳が、壊れる!!!!!!!!)
ドバッ、と、大きな翼が躍り出た。
「ふーむ……お主、なかなか業の深い性癖をしておるのぉ……」
倫が射撃体勢に入る。ユーノは大きく両腕を開き、受け入れ体勢をとった。
「さぁ、どこじゃ? どこに撃つ?」
(……いうても同じくらいの歳のくせに、生意気なことばかり言うその口……!)
(いや……大きすぎず、さりとて小さすぎもしない、年相応に膨らんだその胸……!!)
(はたまた、俺の頭を押さえつけた、柔らかなその指……!!!)
(…………)
「…………秘って、どこですか?」
ユーノは挑発的な笑みを浮かべ、そこを指さす。
「ここじゃ、ここ」
(…………!!!!!!!!)
「そこ…………だぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
ドウン、と、特大の光がユーノの体を貫いた。
→ * → * → * → * → * → * →
お頭の部屋では、縛られたウェスタが天井から吊るされていた。
「うぅ……い、痛い……お、降ろしてください……」
「クックック、心配しなさんな。コトが済んだら降ろしてやっからよォ」
棒のような器具をぬるりと舐めあげるリベン。
「ひっ……ダメです、ダメダメ! 私、巫女なんです! 私が純潔を失ったら、勇者様が……!!」
「バァーカ。だからこそやってやるってんだよォ!!」
「ダ……ダメエェェーーーーーッ!!」
リベンが棒を振りかざした、その時。
「汝、蝋の如く溶け崩れよ――レッド・キャンドル!!」
ゴウ、と炎が床を走り、リベンの体を包んだ。
「!? ぎゃあああああっ!!」
床を転がり、ベッドを転がり、最後にはバケツの水を被り、ようやく火が消し止められる。
「グッ……ハァ、ハァ……だ、誰だっ!!」
リベンが入り口に目をやると。
コツ……コツ……と、足音が響きだす。
「ひとーつ。人の世の生き血をすすり」
「ふたーつ。不埒な悪行三昧」
「みっつ。醜い浮世の鬼を――」
焼け落ちた扉の向こうに影が伸び――
「退治してくれよう、このニンフが」
ユーノが、その姿を現した。
「てっ……てめェ……まさか、当てやがったのか!?」
「クックック。本当に救いがない……"当ててしまうかもしれない"と自分では撃たず。"やったとしても外すだろう"と他人に撃たせる」
「だ……黙れっ!!」
「その結果がこれじゃ。"臆病者"」
「黙れェェェェェェッ!!!!!!」
ユーノに向かって指を構えるリベン。
「ユーノさん!」
後ろに続いていた倫が叫ぶ。
ドウン、と、リベンの射聖がユーノに放たれた――が。
その光は彼女の目前で弾かれ霧散する。
「無駄じゃ。妾はすでに倫の聖子で受聖しておる」
「グッ……!!」
唇を噛むリベン。
「だったら……力づくでやってやんよォ!!」
壁に立てかけていた剣を掴み、ユーノに向かってまっすぐ突き進む。
「レッド・キャンドル――火炎魔法だな! 口属性のテメェなら、物理攻撃は防げねェだろォ!!」
「残念」
――リベンの突き出した剣は、ユーノの指先一つで止められていた。
「妾は秘属性――気によってあらゆるものを強化できる。このようにな」
ハッ、と、リベンが気づいたときにはもう手遅れだった。
バキィ、と、床が割れる。倫の強烈な踏み込み。
「ウェスタに何してくれてんだ、このド変態がぁぁぁっ!!」
回避不能の弾丸アッパーが、リベンの顎を粉々に砕いた。
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