第66話 65.坂の上にて父の日を言はれをり

ワード65.は「坂の上」だ。

いつの間にか梅雨だという。雨は嫌いだ。「坂」といえば、「病院坂」を思い出すのは、金田一耕助シリーズが好きだからである。次点では「D坂」、というのは少々、真剣味に欠けるだろうか。だが探偵とは所詮、犯罪の解説者に過ぎない。因みに、「デコロボー坂」が三位だ。


初夏の港小さき坂の上

頭から立夏現る坂の上

坂の上薄暑に揺らぐ甍かな

坂の上みな傘を突く梅雨入かな


今一つ、情景が広がらない。坂と言えば、尾道。神戸。横浜。とりわけ、海へ向かって下る坂が好みであり、瀬戸内海はやはりいい。


短夜を仁王立ちする坂の上

夜半の夏宿の灯しは坂の上

坂の上眼下に虹のかかる町

雷に身を低くして坂の上

坂の上エメグリの川垣間見る


坂の上 とはどういう状況なのか今一つピンとこない。峠であれば、通過するにしても休憩するしても絵になる。それは山間であろうし、杉林の隙間から集落が見えたり、これまでに超えてきた山稜を一望できたりという想像が容易なのだが、「坂の上」となるとあまりに漠然としており、まずそれがどんな坂なのかを描写しないことには、漠然としすぎている。


坂の上通り過ぎたる滝の音

五月闇草履の裏は坂の上

夕焼の離れ小島の坂の上

日盛りの影失ひし坂の上

坂の上真正面より大西日

片蔭の途切れる坂の上に待つ

青田風見てゐるのみの坂の上

坂の上いづくや滴りの割れ目は


軒の低い土産物屋や宿場の連なる坂の記憶はおそらく映画やテレビからのものだろう。そういえば知り合いの女性のマンションは市街地の坂の上にあって、その屋上へは非常階段から誰でも上ることができたので、その町へ行った折には屋上で、彼女と待ち合わせをしたものだ。恋人というわけではないが、近況報告をし合うのがなんとなく決まりみたいになっていた。


暑中見舞い胸ポケットに坂の上

坂の上五階の窓にある風鈴

浴衣着て浴衣迎ふる坂の上

坂の上から水着きて浮き輪して

サングラスずらして坂の上の空

冷奴振る舞ふ茶屋や坂の上

坂の上手に梅干しの匂ふ人


久しぶりに句を読んでいる。時間はあったがワード集を確認できなかったせいだ。それで「坂の上」に苦戦している。


白抜きのどぜうの文字や坂の上

夏館坂の上より風見鶏

坂の上誘蛾灯のみせわしなく

坂の上目を閉じて行く金魚売

手花火の突き出す門や坂の上

ナイターを余すことなく坂の上

水虫の男が踏みし坂の上


そして表題句

坂の上にて父の日を言われをり


では。





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