第48話 47.天才の滝に打たれし日の終わる

ワード47は『天才』か……。

 僕はかつて、和室の床下に天才を埋めた。天才は、週三回、フィールドワークを兼ねた短大生の訪問介護を受けていた。彼女は小柄だがラクロスの同好会に入っており、きりっとした眉を持っていた。

 僕は天才が試作した一種の計測機器のようなもの(曖昧で申し分けないが詳細は書けないのだ)を手に入れなければならなかった。弱った天才一人の住まいだ。二階建てとはいえ、家財道具は極端に少なく、家捜しは二時間もあれば終わると踏んでいた。問題点は、探すべき機器の事前情報が皆無だった点と、週三回の契約のはずの短大生が、契約外の日時にも頻繁に天才宅を訪れる点だった。

 彼女は当然、家の鍵を所持している。天才は一人でであることはできないし、出歩く用事もない。だから鍵を開けるのも閉めるのも彼女一人だけなのである。鍵をこじ開けるのは容易だったし、天才には大声を上げる体力も残っていなかったので、どこかの窓を破っても、仕事をする間は布団ごと縛っておけば済むのだが、その間に、短大生が訪れるとなると、穏便には済まないだろう。

 彼女は一度来ると、ほぼ6時間は滞在する。午前でも午後でも夜でも、6時間だ。彼女には、天才の家で6時間かけてするルーチンがあったのだ。

 結局、そのルーチンと、僕が持ち帰らねばならないある種の計測機器とは関連していた。

 女子大生が天才の家に向かうのを確認して、天才の家に先回りして忍び込み、空っぽの仏間の戸袋に潜んで女子大生が来て、帰るまで待った。炊事選択掃除を一通り進ませた短大生は、僕のいる場所から襖一枚隔てた和室で、天才が聞き取りにくい声で話している内容をキーボードに打ち込んでいた。その話に耳をそばだてていて、僕は、その記録も奪取しなければならなくなったことに気づいた。穏便に済ませることはできなさそうだった。

 結局、天才は畳をめくって床下へ埋め、枕元に置いてあった例のブツと、短大生が知っているかもしれない情報とをクライアントに引き渡した。

 それから、その計測機器がどこでどんな風に用いられているのか僕は知らない。また、短大生がその後どうなったのかも詮索したりしない。

 平凡な仕事というのはそういうものだと思う。天才は凡人に消費される。


 さて、俳句だ。


 天才の白ブリーフや夏の川

 母一人天才の子一人の初夏

 蝉しぐれ天才少年口ポカン

 天才の滝に打たれし日の終わる

 天才のヨーヨー吊りの夜店なり

 天才は晩成せずと衣被

 ありぢごく後の天才とは知らず

 朴一葉天才の眉機敏なり

 遠雷は西七キロといふ天才

 天才の前髪垂るゝ冬田道

 天才は天才を知る浮いて来い

 天才の白シャツオリーブオイル染む

 かなかなや天才書を読むこと迅し

 天才の家の首振る扇風機

 天才の消尽したる障子かな


そして、表題区


天才の滝に打たれし日の終わる



天才は、小学校の時の、僕の同級生だった。

今回はこれで。 

 

  

 

 

 

 


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