第35話 34.車中泊新年の歯をせゝりけり

ワード34.『車中泊』。これは、『子規忌』のときに使った記憶があるし、『道の駅』とも親和性が高いワードだ。

 ところで、前回の『団地』については、粘りが足りなかったと反省している。もっと鋭い句ができるワードだったと思われるだけに、まことにだらしないことである。急遽、ヘルプの要請が入ってしまい、俳句を熟慮する時間を失したことは、この際いいわけにはならない。機会をみて追記してみたい。

 さて、『車中泊』である。

 これはなんといっても、初詣の思い出だ。なぜか車で二時間以上かかる神社へ出かけていた。二時間というのは通常の場合で、大晦日の午後10時出発の場合、道は大渋滞で暴走族なども出て、到着は午前2時3時ということがザラである。車に布団を詰め込んで、当時ハッチバックだった自動車の後部座席を倒したところに、妹と雑魚寝しての道程は、毎年の楽しみだった。到着しても、神社に近い駐車場は満車なので、そこから30分以上歩いていくのだが、途中の夜店や、さまざまな施しを求める人たちなどがいて、まるで異世界だった。いつ果てるとも知れぬ行列に身体を預け、賽銭を投げて鐘を鳴らしてお参りを済ませる。当時は振袖の女性も多く、よく着物に硫酸をかけたり、切り裂いたりする事件が起こっていた。

 甘酒を飲んだり、団子を買ったりして、家にたどり着くのは午前7時頃。正月は夕方から本家に集まることになっていたので、それまではコタツでウツラウツラして過ごすのである。

 思えば、車中に布団を持ち込むのは、この日をおいて他になく、それが何より楽しかった。運転していた父と、帰宅後、本家の手伝いに借り出される母にとっては、ハードな行事だったと思うのだが、かたくなにその神社へ通い続けるからには、両親にもきっと楽しさがあったのだと思う。

 現在、車中に布団はおろか、家財道具、といってもトランクに納まる程度のもののだが、を持ち込むことを常とする暮らしをしてみると、時折、当時のことはフラッシュバックして、あの神社へ初詣に行こうかという気分にもなる。

 だから、今回は、「新年」そしてその反対の「夏」で作ってみたい。

さて、はじめよう。


 去年今年そのまますごす車中泊

 一月にすべきことなき車中泊

 雑煮食ひ糞して戻る車中泊

 短夜の警察無線車中泊

 翌日も香水こもる車中泊

 夕霧のNシステムや車中泊

 車中泊川霧へ捨つべきものも

 虎杖の花踏みつけて車中泊

 サングラス越しの夜空や車中泊

 汗拭い何度も洗ふ車中泊

 時間まで露台に潜む車中泊

 ハンモック試してみたし車中泊

 紫陽花の大きな株や車中泊

 パリ祭とラジオの告げし車中泊

 目高みてゆつくり帰る車中泊

 年賀状送るばかりや車中泊

 お飾りはバックミラーの車中泊

 かそけさや車中泊にも淑気満つ

 読初はロードマップの車中泊

 車中泊吾はでく回しのでくか

(傀儡われ箱に納まるごとく臥す 渡辺鳴水)


そして、表題句


車中泊新年の歯をせゝりけり


今回はこれで。


  

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