第34話 33.クリスマス団地長屋にケーキ来る

 ワード33は『団地』だ。

 『蒸発』の回で、対句は団地妻と書いた。

 『団地』には思い入れがある。産まれてから、幼稚園に通っている時分、僕は団地長屋に住んでいた。

 団地長屋は木造モルタル平屋建てが五戸程度連なった棟が東西方向に畝のようにならんでおり、その周囲を取り囲むように鉄筋コンクリート五階建ての団地が建っていた。五階建てのほうが断然新しく、所得も高い世帯が住んでおり、当時を思い出してみると、僕はその五階建ての方には一人の友達もいなかったと記憶している。それでも、その五階建ての半外の薄暗い階段をぐるぐると昇って、当時は地の果てとも思われた南の高速道路を眺めたり、夕方の逆光に黒々と横たわる西の河岸段丘を眺めたりしていた記憶は残っている。そういう記憶の中で僕はたいてい一人で、大人に見つからないよう、ビクビクしながら、眼下に、たんなる皺みたいに並んでいる団地長屋を見て、沼底に沈んだ泥炭のようだと思っていた。

 しかし僕はその長屋が好きだった。初めての友達も、初恋の相手も、大けがをしたのも、大量の血が流れるのを見たのも、犬を捨てたのも、逆上がりができたのも、青大将ににらまれたのも、母を恐れたのも、母を守ったのも、みんな、その団地長屋での出来事だったからからだ。その家に、父の記憶はない。そして玄関には十姉妹を買っていた。

 周辺の団地だけで、どれほどの世帯が暮らしていたのか、僕は知らない。その中で僕が知り合うことのできた人間は、多分十数人だけだった。歩いてい行けるところに、楽器屋と玩具やとお好み焼き屋とスーパーと、五階建ての子がたくさんいる公園と、長屋の子がかけまわっていた路地があった。世界の果てはすぐ近くにあって、僕は父の運転する車に乗ったときだけ、別の世界へ連れて行ってもらうことができたのだが、その世界は、団地の世界と地続きではないと感じていた。それと同じ感覚は、東京に出たとき、鉄道の駅の並びと、道路に沿った町の並びとを最後まで整合させることができなかったのに似ている。

 今も、その団地一体はほとんどそのまま残されている。それは、想像よりも南にあって、思い出よりもずっと寂しい。

 さて、俳句か。今は「冬」で作ってみたい。


 豆撒きも小さき声の団地かな

 安々と団地を越ゆる冬の鳥

 寒鯉は団地長屋の如くゐる

 冬影の次々倒る団地かな

 踊り場に枯葉の動く団地かな

 青大将団地長屋を縦断す

 地の果を団地五階の踊り場に

 鳥籠と布団団地のベランダは

 冬曇十姉妹買ふ団地の子

 スカンポや団地長屋に小さき庭

 猟人と団地長屋の路地に会ふ

 干大根団地南の段丘に


やはり僕の団地は少し寂しい。幼稚園の頃をもっと思い出して、四季で作ってみたいワードであり、団地妻にも取り組んでみたい。

そして表題句


クリスマス団地長屋にケーキ来る


今回はこれで。   


 

 

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