第2話 1.変電所の鍵持ち帰る霜夜かな

 ワード1.『変電所』ですね。

 この変電所は、毎朝毎晩通勤途中に必ず通る新興住宅地の激坂の頂上にそびえる送電線が目印の、規模の小さな『変電所』を思って提出しました。

 実はもう二個、休みのたびに出かけるショッピングモール(アピタ系とイオン系)の両方も、そのすぐ近くに変電所があってそれぞれはとても似通っていて、そうした印象も手伝って、ワードとしてすぐに出てきたのかもしれません。

 変電所って色味はないし、建物は四角くて地味。植栽がある場所は少なくて、たいていは砂利敷きで、せいぜい雑草が生えてくるくらいですが、むき出しになっている巨大カタツムリのツノみたいなものがニョキニョキあるところや、なんといっても電線のすさまじい密集具合が、その景色に多大なる特異性を付与していますね。

 僕はいつも、むき出しの内臓、もしくは外装前のプラモデルみたいだなと思ってみています。むき出しというのは、周囲がよくあるいかにも安そうな緑色のフェンスで囲まれているだけで、それでいて、門扉だけはコンクリートとかでかためた重々しい車輪つきの鉄のヤツ。そして、その門扉のコンクリートには無機質な郵便受けみたいな口がついていたりします。電気使用量のお知らせとかが、配達されるのでしょうか。

 と、このように、僕はわりと変電所については親しみをもっているわけですが、あくまでもフェンスの外から眺めた印象だけです。

 冒頭に紹介した坂の上の変電所は、隣が電柱などの資材置場になっていて、ここは猛烈に夏草が生い茂り、秋は薄野原になって「廃墟」さ満点なので、俳句の季語としては「ススキ」がよいかなと思っていたのですが、「ススキ」は使い勝手がよいので、一発目から使ってしまうのは勿体無いと思うと同時に、「全部『ススキ』でいけるかも」とチラリと考えたこともありました。が無論それはまた別のチャレンジになってしまいますから、却下したわけです。


 部外者は立ち入りできない変電所


 これがテーマになりました。つまりは鍵です。立ち入るには鍵が必要です。

 無論、変電所の鍵は厳重に管理されているはずです。事故の危険もあるし、区域を停電させることだってできてしまうという意味では、テロが行われる可能性だって否定できません。

 その鍵を「拾う」つまり、ある朝、変電所の前に「鍵束」が落ちていたという情景を俳句にすれば……


 ずっしりと重い鍵束の冷たい


 それは「朝露」にまみれているか、「霜」に覆われているか、「夕立」後に濡れそぼっているか、ともかく、何かその前に、緊急事態があってその収束後、ホッとした職員が落としていったのではないか。

「雷」「台風」「秋出水」または「春泥」ここで三時間ほど悩みました。まとまりません。


 秋雨に鍵束濡るゝ変電所

 変電所前朝露に霜の鍵

 霜の朝鍵束拾ふ変電所

 変電所前朝露の鍵束拾ふ

 鍵束は露けし朝の変電所


 まとまりません。みんな、説明です。


 で、諦めたところで浮かんで、これでいい。と思ったのがタイトルの句です。


 変電所の鍵持ち帰る霜夜かな


 かな、でいいのか、頭五の字余りはいいのか、鍵持ち帰るは説明的ではないか、なんだか短歌っぽい、などいろいろ問題はあるでしょうが、なんとなく不穏で気に入っています。


 ところで、このように考えているうちに、僕は七年前、変電所の鍵束を拾ったことがあることを思い出しました。変電所の管轄の中部電力の支社にその場で電話をして、僕は仕事があったのでその場で待つわけにはいかないからと、職場まで職員のかたがとりに見えたことがあったのです。

 落とした職員のかたは、たぶん大目玉を食らったことでしょう。

それでは今回はこれで。

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