第47話
姿を表した男は上下不揃いのジャージに寝癖すら治していないだらけ切った大学生。そんな印象を受けた。ただそんなだらけ切った見た目よりも男が手に持つ槍に目が奪われた。
見た目とは異なり手入れをこまめにしているのだろう。月明かりを反射する穂先が綺麗とさえ思えた。
手入れはこまめにしているのだろうが槍の扱いはぞんざいなものだった。穂先を地面に刺し杖代わりに使っている。
「こんばんはぁ。初めましてだね今回の強欲」
あくび混じりの覇気のない声。深夜アニメを夜更かしして見て寝不足で登校して来た時の春華を思い出す。
「こんばんは。挨拶もなしに攻撃してくるなんて随分いい教育を受けて育ったんだね。いきなり襲われたのはこれで何度目か分からないけど」
「君の言う通りだ。挨拶は大事だよね。でもめんどくさいよね?だから君の命を奪う時に教えるよ。冥土の土産ってやつだね」
そう言うと男は槍を湊目掛け放った。
男の手から放たれたそれは男と湊との間を定規で線を引いたかのように真っ直ぐ駆けた。
槍が放たれると同時に湊の右目がより紅く染まり槍の目的地を見据え交わす。
昨日のブルーダとの戦闘後のように不必要な情報が入って来る余地は無く。男と槍だけが鮮明に視界に映る。
よし戦闘に集中出来てる。奴の槍も正面切って交わせたしこれなら今回も勝てる。そう思った瞬間。衝撃が左の脇腹を襲った。脇腹に視線を向けると男の左つま先が脇腹に沈んでいる。
足の見え方から背後にいると察し裏拳を繰り出しながら振り返る。そこに男の姿は無かった。
「いい反応するね」
振り返ると男は槍を放った時と同じ場所に戻っていた。
「速いな」
頭で思い浮かんだ言葉が口から漏れる。
湊と男の距離は15メートル前後その距離から一瞬で背後に回り湊が振り向くよりも早く元いた場所に戻っていた男。蹴りの威力はそこまで驚異では無さそうだが速度だけならブルーダより早いだろう。
「どんどん行こうか」
男はそう言うと再び槍を放った。
湊は放たれ飛んでくる槍よりも男に視線を向けた。槍は最初に到達する場所さえ見えて居れば交わす事は簡単。だか男の方は注意していたにも関わらず背後を取られた。二度と同じ過ちは繰り返さない。そう思い男に視線を向けていたが、槍を交わし槍が体の横を通り過ぎる瞬間男を見失った。男を見失うと同時に背後に衝撃が走る。
蹴飛ばされたのだろう。威力は大した事無いものの不意を疲れ一、二歩前によろめく。追い打ちに備えそのまま1歩前に進んでから振り向く。すでにそこには男の姿は無かった。
「ほんとに良く交わすね。こんなに交わされるの君が初めてだよ」
「目がいいからね。投げつけられるあんたの槍の模様をしっかりと目に焼き付けられる程度には良いよ」
実際はそんな見てる余裕なんてないしなんなら見てすら居ない。投げられる直前どこを狙っているのか、何処に辿り着くのかそれを見た上で最低限の体の動きで交わしているだけ。
自分の力では無くアウェリティアの力で交わしているに過ぎない。
それ故に奴を見失う理由が分からなかった。槍を放った後も視界に捉えなんなら槍よりも見ていた、それなのに見失う。
どうやって背後を取っているかそれが分からない。
男は槍の穂先をつま先でリフティングのようにその場でリズム良く蹴りあげていた。
奴は何故俺の槍を交わせて蹴りは交わせない?槍を交わせるのなら蹴りを交わす事なんて造作もない事だろう。なのに2回とも槍を最低限の動きで完璧に交わした後に蹴りを食らっている。
不意打ちだから交わせないのか。それなら逃げながらなんで槍を交わせた?奴は1度も振り返らなかったのに全て交わしていたはず。金属にでも反応しているのか?奴は磁石なのか?
奴が何故槍を交わせるのかそれが分からない以上この勝負はすぐに終わりそうにないな。
『やーだいぶ苦戦してるねぇ』
さっきまで静かだったアウェリティアが話しかけてきた。
いきなりなにさ。あいつが姿見せた途端急に黙りこくって。
アウェリティアの声で集中が切れる。幸いにも奴も槍で遊んでいる様子ですぐに攻撃が再会される様子は無い。
『なんで蹴りに反応出来ないかおしえてあげようか?』
アウェリティアを頼るのは気が引けるがアウェリティアの目を使っている以上今更だ。
奴はどうやってわたしの背後に回っているの?
『そうだねぇ、それよりもまずその答えを教える代わりに君はボクに何をくれるの?』
え?
『僕は君に目を貸す代わりにキミの目を貰った。何かを得るには何かを失うもんだよ』
逃げてる時は何も求めなかったよね?
『あの時は警告しないと死ぬ可能性があったからね』
今は答えを聞かずとも死ぬ可能性は低いと?
『そんなことはないね、奴の能力を知らないととキミは八割の確率で殺される』
2割の可能性で生きられるんだね
『そうだね』
なら2割にかけてみようかな
『答えを教えると生存確率はうんと上がるよ?いいのかい?』
2割あれば十分。ソシャゲのガチャなんて1割も無いんだから
『そうか、そうだねせいぜい死なないでおくれよ。それじゃあ僕は傍観に戻るよ』
さてどうしたものか。背後に回られる理由がまったく分からない。目にも止まらぬ速さとか?奴はどうやって槍よりも早く動けるのか?それなのにあの蹴りの威力?一瞬で距離を詰められる足をしている蹴りの威力ではない、とすると奴の能力?とりあえず次は槍を放たれたら後ろを振り返ろう。
コン…コン…コン
一定のテンポで槍とつま先が音を奏でている。
奴は自分の命を危険に晒す物を察知して交わしているのだとしたら槍を交わして俺の蹴りを交わせない理由にはなる。
奴が本当に目が良くて目に見えている物に反応出来ているのなら能力で移動する時に見失って不意を疲れるのも理由になる。けれど目で見えてる範囲の物を交わせるのなら背後から飛んでくる槍を交わせる理由に説明が出来なくなる。
ひとつあるなあいつが槍を交わした時と蹴りを交わせなかった時の違い。この考えが正しいのならこの次でやつを殺せるな。
コンコンコンコーン
一定のテンポで奏でられていた音が長く響くのを最後に男は槍を構え湊目掛けて放った。
体を捻り槍を交わすと同時に振り向く、男はまだ槍を放った場所から動く様子はない。
振り向いた湊の視界には槍を構えた男が映る。心臓を狙っていると察知しすぐ身体を捻るも男の方が早く槍が湊を襲う。
咄嗟に動いた事もあり槍は目的地を外れ胸元にかすり傷を付ける程度にすみ、射程内の男に対し拳を繰り出した。がその拳が男を捉える事は無く空を虚しく切るだけだった。
振り返ると男は槍を放った場所に戻ってまた槍をリフティングしている。
「罪と感情の十一円卓第十席怠惰担当アケディア」
男は唐突に名を名乗った。
「僕の名前だよ冥土の土産に知るといい。そして君は名乗らなくていい今から死ぬやつの名前になんて興味はない」
「さっき名前は?命を奪える時に教えるって言ってたけど奪う算段が着いたってこと?」
「そういうことだね」
「はったりが上手なんだね」
アケディアは何も答えずにリフティングをやめ槍を杖のようにし一休みし始めた。
「君を殺す前に僕の能力を教えてあげるよ」
アケディアの能力は何となく察しは着いていた。
「瞬間移動でしょ?」
「あたってるね」
アケディアの背後の取り方地面を蹴ってるようじゃ到底間に合わないとなると瞬間移動でも出来ないと無理。
「まぁ瞬間移動って言ってもどこでも好きなとこに飛べる程便利じゃ無いけどね、僕の瞬間移動は槍の所へ飛べるのと槍が僕の手元に飛べるぐらいだね」
能力の説明を聞き何故攻撃を交わせなかったか理解する。あくまでアウェリティアの目は視界に捉えている物に対して効果があるわけで、瞬間移動やらなんやらで捉えられなくなると効果を発揮しないのだろう。だから瞬間移動を使うアケディアの蹴りに反応しなかったのだろう。
『残念だが君はここで死ぬ』
いきなりに脳内で死の宣告を受ける。えどういう、
『アケディアの槍で傷を付けられた時点で勝てる見込みはほぼ無くなった』
脳内にいるアウェリティアは湊の考えを読み聞く前に答えを述べた。
あいつの能力は槍の元へ自分を自分の元へ槍を飛ばす能力でしょ?毒でもない限り傷を付けられたから勝てないって、
『アケディアは槍も体も君の後ろにある状態で元いた場所に何故飛べるの?』
そうだアケディアの言った能力の説明だと元いた場所に戻る方法がない。
「槍を飛ばせる場所がもうひとつあるそれは」
視界に捉えていたはずの槍を見失う。胸に穴が空いたような痛みと熱いものが体を伝うの感じる。
痛みを感じる胸元に目をやるとアケディアの槍が心臓を貫いていた。アケディアが槍を放つ素振りは無かった。そうかこれが奴の槍を飛ばせるもうひとつの方法。
「槍の穂先で傷を付けた場所にならこの槍は自由に飛ばせるこれが僕の能力」
体を貫通した槍はすでにアケディアの元へ帰っている。傷口を手で覆っても血は止まる気配なく流れ出る。立つこともままならずその場に膝から崩れ落ちる。膝が地面を打つ痛みすら分からない。こんなことになるんならアウェリティアの交渉受けるべきだったな。
「今回の強欲もしんだしまたダラダラ過ごそうかな」
アケディアはポケットから手ぬぐいを出し血にまみれた槍を拭った。拭っている最中背筋に悪寒が足る。
怖い映像を見た後の夜の散歩道ふと背後で物音がなった時に振り向く速度で振り返った。
湊の心臓を貫き命を奪った場所に湊の亡骸は無く変わりに長い金髪の白いワンピースを着た女が立っていた。
その女を見るのは初めてだった。
「…アウェリティア」
無意識の内に名を呼んでいた。名を口にしてもなお女が何者なのか分からなかったが先手を打って奴を殺さねばと全身の細胞が警告を放っている。
槍を構え突っ立っている女に狙いを定め槍を放つ。
アケディアの方に目もくれず夜空を眺めるアウェリティアはそれをものともせずに掴んだ。
「幾年ぶりに見た夜空だろう。手を伸ばせば星に手が届きそうだ。風が葉を揺らす音、金属の錆びた匂い、肌を撫でる冬の風全てが美しい。この場に円卓さえ居なければもっと美しく感じるのに」
夜空に伸ばした手を降ろしたアウェリティアはアケディアの方を向いた。アウェリティアの顔を見たアケディアはおかしな点に気が付いた。
目の色が左右で違うのだ。左目は紅いのに右目は黒いのだ。
「僕の顔に何かついてるかい?」
「なぜ左右で目の色が違う?」
「ああこれの事か右目は湊の眼だからだよ」
「湊?ああさっきの女の名前ねところでお前は誰なんだ?」
「名を呼んだだろ?」
「違うそうじゃない」
アケディアが何を聞きたいか分からなかったが少し考えてから理解をした。
「僕は罪と感情の十一円卓第十一席強欲担当アウェリティア強欲のアウェリティア本人さ」
そう言い放つと辺りを吹く風がいっそう強くなった気がした。
「死ぬ間際に湊が契約したってことだな」
キョトンとした顔でないないと言わんばかりに手を振り否定する。
「契約なんてしてないよ勝手に僕が器の外に出てきただけだよ」
「は?」
器の外に出てきた?そんな事は出来ないはずだ、円卓は器と契約するとこで器に入れるはず、そうすることでこの世に存在している。それを器の外に出てきた?どうやって?
「君を殺せば湊の傷は治り死ななくなるだろう?だからボクが出てきて君を殺すことにした」
「え」
理解する前に腹部に衝撃が走る「速い」一瞬で距離を詰められ膝を入れられた。速いだけでは無く一撃が重い。見た目とパワーが一致しない。
後ろに飛ばされる生えている木に当たっても気が衝撃に耐えられず折れるだけで止まることは無くかなりの距離を蹴飛ばされ少し太い木に当たり止まった。
口から夕食に食べた物が吐き出される、息が上手く吸えない酸素が頭に回らない。こいつ相当強い。能力の有無関係なしに肉体のスペックが違いすぎる。どうする?思考がまとまり切る前に女が走って近付いてくる。槍は女が握ったままだ。そのまま元いた場所に飛ばしてやる。
そう考えた瞬間アウェリティアは槍を手放し槍のみが元いた場所に飛んだ。
アケディアの顔めがけ蹴りを放ったが蹴りが当たる瞬間アケディアの姿は消えもたれていた木が倒れるだけだった。
飛んだ先で木が倒れる音を聞いた。めちゃくちゃ過ぎる能力を使っているそぶりはないブルーダですら能力を使わないとあんなにパワーとスピードは出ないはず。いや奴はブルーダを倒しているはずならあのパワーとスピードは憤怒の能力のはず。勝ち目がないここは逃げる。
あいつがこの場所にたどり着く前に槍を放ちひたすらに飛んで逃げてやる。槍を空に構え放つ。最高到達点で飛んでさらにそこから槍を構え飛ばす。それまでに奴が来たら飛んで逃げる。
謎の一撃がアケディアの心臓を貫いた。
「え」
傷口を触るも血が出ていない。変わりに黒い何かが手に着く。口から血が流れ出る。槍の元へ飛ばずその場に崩れる。空に飛んだ槍はそのまま重力に引っ張られるように地面に落ち突き刺さる。
「一体何を…」
アウェリティアはアケディアが飛んだ場所で2人が元いた場所に手を向けていた。
走って近づいても気付かれて逃げられるだろう。逃げに徹するアケディアを追うのは時間の無駄にしかならない。ならば追わずにここから仕留めればいい。手を合わせ見えないアケディアに標準を合わせる。あの辺一帯を焼き払えれば楽だろうが奴に到達する前に逃げられるだろう。ならば威力を圧縮し小さくし速度を上げる。全体攻撃から単体攻撃に切り替えるだけ。
元いた座標は把握している。見えなくてもいる場所が分かれば問題ない。
「怒りの
放たれた怒りは木々を焼くも倒す事は無く異変を起こす前にアケディアの心臓を貫いた。
背後からぱちぱちと燃える音と共に足音が近付いてくるのが聞こえた。
「一体何を…」
「ブルーダの能力だよ。溜まった怒りを相手に放出する能力さ」
初耳だった。そんな事が出来るのは知らなかった。
「最後に一つだけ聞いていいか?」
「なんだい」
「どうやって魂を器の外に出しているんだ?」
「その事か」
数秒無の時間が過ぎる。
「君に教える理由があるかい?死にゆく君に語る事はないさよならだ」
その言葉を聞くとアケディアは瞳を閉じ消滅を始めた。
「さて殺る事はやったしこれで湊の体は元に戻るかな名残惜しいけど僕はまた器に囚われるとしますか」
その言葉を最後にアウェリティアの姿は消え傷の治った湊が変わりに姿を現した。
アケディアに貫かれた傷跡を触るも何も無い。本当にあの時アウェリティアの言った通りになった。
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