第43話

力を出し切ったブルーダはその場に佇んでいた。力の全てを出し切る技「怒りの日」 ただそこに立っている事が精一杯だった。

両の手は爆発に耐えられず黒い炭と化していた。それほどまでに強力な技。


「これで終わりましたね」


いくら攻撃の到達点が見えていようと回避は出来ないだろう。本来なら火炎放射器のように真っ直ぐ爆発をぶつけるのだが逃げ場を無くすために左右にも広く上方向にも高く放出したのだ。

この状況で咄嗟に逃げられるのは「怠惰のアケディア」ぐらいだろう。


「初めて全力で戦う事が出来ました。ありがとう立花湊」


このときブルーダは勝利を確信していた。「怒りの日」の火力をそしてこれまで1度も負けたことが無いが故の油断。湊の生死を確認する前に既に勝った気で、戦いが終わった気でいた。


黒い墨と化した手に何か冷たい物が触れた。何かと思えば白い雪だった。戦いの中雪は熱を持つ体に近付くやいなや溶けていた。それが今は溶けずに手に舞い降りていた。ふと手を空に伸ばしてみた黒い手と白い雪が対照的でより黒くより白く美しく見えた。


「いつかこの雪の事を話せる日が来る事を私は信じています」


そう言ったブルーダは警戒を解いていた。

これまで1度も負けた事のないブルーダは知らない事が1つあった。本来なら知らされずとも強欲と戦えば知るはずだった事を知らずにいた。

円卓同士の戦いでは勝者は敗者によって傷付けられた箇所は治るという事を。

ブルーダの両手は湊によって傷付けられた物ではないが湊との戦闘により生まれた傷という事になり湊が死んでいるのなら既に治っているのだ。

これまでブルーダは力も殆ど使わずに無傷で勝っていた故に知らなくても無理はなかった。

だがこの知識の有無が勝敗を分けることになった。


煙が風に少しづつ流されて薄くなり煙の奥が見えるか見えないかの濃さになった時、煙を切り分け中から刀を構えた湊が飛び出してきた。

ほんの一瞬の出来事だった。警戒を解いていたブルーダは何も動けないまま体を貫かれた。


「今油断してたでしょ勝ったって」


ブルーダの顔は驚きに溢れた。心臓を貫かれたことよりも湊が生きていたこと。


「どうやってあの一撃を?」

「ダメもとで影を左手に展開して影の中に爆発を閉じ込めた。なんとか成功したけどね」


そう言う湊の左腕は今にも崩れ落ちそうな炭になっており、顔の左側も酷い火傷に襲われていた。


あの攻撃の時逃げ場はどこにもなかった。横にも後ろにもあの時の最速で動いても逃げ切る前に死んでた。だから1つあることを思い付いてどうせ死ぬなら試してやろうと思った。

自分の足元の影からシダレザクラをいつも出し入れしていた。自分の影からね。なら自分の影さえあれば自分の体でも黎明の影は開けるんじゃないかって。咄嗟に左手に影を重ねてシダレザクラを呼び出しそのまま左手に生まれた影の中に爆発を入れたってわけ。まぁ腕は耐えられなかったけど命は助かった。


「一か八かの賭けだったけどね」


そう良い苦しそうに笑う湊を見てブルーダは初めての負けを噛み締めた。


「わたしの負けです。初めてのことですよ」


ブルーダのその言葉を聞いた瞬間謎の記憶が再生された。


「何故泣いているんですか?」


ブルーダにそう声をかけられ我に戻った湊は刀から手を離し目を拭った。確かに左目から涙が流れていた。

ブルーダの顔を見ると優しく微笑んでいた。


「ブルーダ…あなたは…」

「湊さんわたしの過去を見たのですね」


ブルーダの言葉に静かに頷く。あの一瞬の間に流れてきた記憶はブルーダの記憶なのだろう。

優しかったブルーダが憤怒と何故契約したのかその一連の流れが頭の中に入ってきた。

別にブルーダに同情なんかはしないただ悲しいその一言だった。


「湊さんあなたは本当に優しいのですね。他人の悲しみに涙を流せるだなんて」


涙が止まらなかった。怒りと悲しみが入り交じり頭がどうにかなりそうだった。


「湊さん1つ聞いてもいいですか?」


なんとか泣くのを我慢し赤く染まった目で真っ直ぐブルーダの方を向き頷いた。


「わたしの過去の選択は正しかったと言えますか?」

「それは分からない。あの時どちらの選択をしても後悔すると思う。だから私は答えられない」

「そうですかでは湊さんあなたの選択は間違っていたと思いますか?」

「わからない。でも間違っては居ないと思ってる。紅葉を守る為の選択を間違ってたなんて言いたくない」


ブルーダは微笑み消滅を始めていた。


「後悔しないように進んでください。湊さんありがとうございました」


そう言い残すと欠片も残すこと無く消え去ってしまった。

炭と化した左腕も火傷をおった顔を身体中の打撲も全て癒えたが、悲しみに汚された心だけは癒えずにいた。

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