第41話
ブルーダから距離をとり呼吸を整える。息を吐き肺いっぱいに空気を吸う。肩での呼吸を終え頭と体の熱が冷めていく。
ブーストと発散。怒りが溜まると身体能力が上がり溜まった怒りを衝撃、斬撃、爆発の3つで発散する。発散すると上がった身体能力は下がる。
「強いな」
素直な感想だった。影を操るとか糸を操るとか特殊な能力よりも身体能力の向上というシンプルな能力の方が強い。
それに怒りの底を着いたブルーダは決して弱い訳では無い。目が慣れていて対処できるだけで対等に渡り合える訳では無い。
怒りが溜まる前に倒す。それが出来たから苦労しない。
怒りを発散した後の身体能力が下がった隙を狙うか。そもそも発散の一撃をかわす必要があり不可能。
逃げる。そもそも迷子になってるからここにいるわけであって公園から出られたとしてもその先をどうするか。
あれ?これ詰んでない?ワンチャンアウァリティアに力を借りる?多分無理。そもそもあの世界に行く方法が分からない。
さて、本当にどうするか。ブルーダは公園の隅の方に向かって歩いている。余裕なのか背中すらも見せている。ワンチャン今なら逃げられるのでは?
逃げるかここに留まるか悩んでいると、ブルーダから何か棒状の物を投げられた。シダレザクラだった。
わざわざ拾いに行ってくれていた様だが、
「なぜこれを?」
渡してくる理由が分からなかった。わざわざ敵に塩を送るのか?
「使わないつもりでいた発散まで使ったお詫びです。私が全力を出すのに湊さんが全力で戦えないのは不公平じゃないですか」
「なるほどね」
「これでお互い全力でやれますね」
どこか嬉しそうに拳を構えじっと湊を見据える。確信する。逃げるという選択肢は今消えたと。
はぁ…ため息をこぼす。恐らくいまブルーダが距離を詰めてこないのは私がまだ戦闘の準備を終えてないからだろう。
構えず逃げる選択をしても後ろに下がったとしても距離を詰められるだろう。
空を見上げる雪がまた降り始めている。覚悟を決めよう。
「それは…どういうつもりですか?」
構えるのを辞め怒りを含んだ声で尋ねられる。
湊は渡されたシダレザクラを構えずに足元の影に沈めていた。その行動がブルーダの怒りに触れていた。
「みたままだよ。私はこれを使わない」
「使わずとも勝てるとそういうことですか?」
首を横に振り答える。
「使ってたら勝てないと判断したんだよ。今は勝つことよりも生きることを選んだんだ」
「そうですか。なら気にせずいきますね」
言い終えるとブルーダは距離を詰めてくる。そのまま右拳が近付いてくる。今の状態のブルーダの速度なら最高速の時に比べれば充分目で追える。追え…目で追っていた右の拳は予測していたよりも速かった。
咄嗟に後ろに1歩下がる。風切り音と共に拳が過ぎ去る。
ついさっき怒りが底を着いたとは思えない程の速度だった。さっきの問答で怒りが貯まってたりするのだろうか。気になる事は多いけれど今は二撃目を躱すことに集中しよう。
二撃目が何処を狙っているか見た時湊には攻撃の到達点は示されていなかったが、湊の足元には示されていた。
ブルーダは左手で地面を勢いよく殴りつけた。
鈍い音がした後に地面は爆発し泥が弾け飛び湊に降りかかる。
「くっ」
咄嗟のことに目を瞑り泥を防ぐ。その隙をブルーダは見逃す男ではなかった。
「うごぁ」
みぞおちに衝撃が走り排水溝のような声を出しながら湊は吹き飛ばされる。
泥だらけの地面を転がり止まった時に顔の泥を拭き取る。
泥を拭き取り視界が開けた時、既にそこにはブルーダの姿があった。
攻撃をなんとか躱し転がり逃げる。
「目潰しなんて…意外とせこいことするんだね」
「全力で戦うと言いましたからね」
「そうだね、私が甘かった」
パジャマに着いた泥を払い拳を構える。これは殺し合いなんだ。なんでもありの殺し合いなんだ。
甘い考えをすてよう。ずるいだせこいだなんて考えすてよう。最後に生きてさえ居ればいいんだ。
生きるために戦うんじゃない。紅葉を守る為に戦うんだ。
今ブルーダと戦ってるのは私だけれど負ければ紅葉も死ぬ。つまりこいつは紅葉を殺そうとしてる。紅葉の敵だ敵なんだ。
乱れていた呼吸が落ち着く。無駄に緊張して強ばっていた筋肉が解れる。
両目を閉じ紅葉の顔を思い浮かべる。
怒ってる顔笑ってる顔泣いてる顔。色々な顔を思い浮かべる。自然に湊にも笑みが浮かぶ。笑っている状況じゃないのにだ。紅葉の笑顔は他人すらも笑顔にする。
湊から笑みが消える。
「湊の怒ってる顔あんまり好きじゃないな。笑ってる湊が1番私は好きだよ」
そう言ってくれていた事を思い出す。あんまり紅葉には怒ってる顔して欲しくないって言われてるけど今は許してくれるよね?
紅葉の前で笑っていられるように今は目の前の敵を殺すよ。
閉じていた左目を開く。
雪がさっきよりも降っていた。
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