第40話

「湊さん人の原動力の源はなんだと思いますか?」


髪を結び首周りをほぐしながら尋ねる。


「…やる気?」


少し考えたから答える。

その答えにブルーダは静かに首を振る。どうやら求められていた答えではなかったようだ。


「感情の方です。人の原動力はどの感情だと思いますか?」


やる気とかそういう事ではなかったようだ。

原動力になる感情。自分自身がどんな時にやる気を出すか考える。出て来た答えはひとつだった。


「愛?」


その答えを聞きブルーダはため息を吐いた。


「違います。人の原動力それは──」


言い終える前にブルーダの姿はその場から消え、次の瞬間目の前に現れた。


「怒りですよ湊さん」


顔面目掛け放たれた拳は湊の右耳付近をものすごい風切り音と共に通り過ぎた。


咄嗟に後ろに下がりブルーダとの距離を取る。


危なかった。拳が何処を狙っているか、何処に辿り着くかが見えていなかったら交わせなかった。

ついさっき目覚めた時も見えていたから避けられただけで見えていなかったら終わっていた。

この右眼アウァリティアの眼の力だろうか。


「やはり見えてますね湊さん」

「見えてるって何が?」

「とぼけないでください。その右眼見えているんでしょう?」

「景色はバッチリ写ってるよ」

「それゃそうでしょう。そうじゃなくて私が何処を狙っているか。私の拳の射程。最終到達点。その辺は見えてそうですね」

「……」

「沈黙は正解という事で良さそうですね」


返す言葉が見つからない。こういうのって相手に知られてないから強いんじゃないの?相手に知られてたら、攻撃が何処を狙ってるかとかを考慮した上で行動するようになるのでは?


「湊さんの能力を暴いてしまったお詫びです。私の能力を教えてあげます」


そう言いブルーダは距離を詰め次々と拳を繰り出してきた。

素早い攻撃が次々と繰り出される。拳自体は見ずに、何処を狙っているか、何処に辿り着くかだけを見て攻撃を躱す。

躱すのが精一杯で反撃をする隙が一切ない。


「私の能力はブーストです」

「ブースト?」


次々と拳を繰り出しながら呟く。


「さっき人の原動力は怒りと言いましたね。私は怒りが貯まればその分強くなるという単純な能力です」


段々と拳が早くなる。躱す事に専念しても躱し切れずところどころかすり始める。

躱せないと判断した時は両手で防ぎ躱せる時は躱すように行動する。

ブルーダの拳は速く重く手で防いだ時腕がこの世を去ったんじゃ無いかと思うぐらい痛かった。

防ぐのは現実的ではない。躱すことだけに集中する。防ぐのは本当に躱せないと判断した時のみにする。


「防ぐのは諦めますか」

「重すぎて…受け止められないからね」


気軽に話しかけてくるが正直返す余裕なんてない。

段々と拳は加速し重くなる。目がなれる頃には又早くなる。

前にばかり気が取られそうになるが後ろもやばい。段々と押されていき公園のフェンスに近くなる。いずれ逃げ場を失う。

と言ったものの避けるだけで精一杯でこの位置から逃るのは難しそうだ。それに動き続けてるせいで体が熱い。モコモコのパジャマなんて着てくるんじゃなかった。

多少どうでもいい事を考えられる程度には又目が慣れていた。

だが、目が慣れたということは又ブルーダも加速する。そう思ったがこれまでのようにブーストはされず少し早くなる程度の事だった。

ブルーダの顔を見る。動き続けいるのだから当たり前だが顔は少し赤みを含み多少息が上がっていた。

たとえブーストする能力だとしても人間の器には限界がある。これ以上は肉体が持たないのかもしれない。


「息が上がってるけど大丈夫?少し休む?」

「そうですね、そろそろクールダウンしたいですね」


そう言ったものの拳が止むことはない。

だが今の速度に目が慣れている湊には躱す事は容易かった。


「次の一撃で少し休みますか」


そう言い一瞬拳を溜める。

溜めた拳が何処を狙っているか、何処を穿つかは見えていた。

今のブルーダの速度にも目が慣れていた。

が、飼わせないないと判断しとっさに両手で防ぐ。

拳は防いだが強い衝撃によって湊はフェンスに打ち付けられていた。

拳は防いだ筈なのに訳の分からない衝撃が体を貫いた。

みぞおちを衝撃が通ったおかげで息が吸えない。むしろ吐き気が止まらない。酸素が足りず視界がぼやける。立位が上手く取れず背面にある凹んだフェンスにもたれ掛かる。

頭の中で何が起こったのかを整理し様にも何も理解できない。

なんとか視界に捉えているブルーダはゆっくりと近付いて来る。


「やりますねぇ今の一撃を耐えますか」


返事をする事が出来ない。


「苦しそうですねこれで終わりにしてあげます」


拳を引き。溜める。何処を穿つかは見えている。ブルーダの左側に倒れるように移動し躱す。

金網のフェンスに拳がぶつかり耳障りな弟が響く。次の瞬間フェンスは切り裂かれていた。


「はぁ…何を…した…」


肩で息をしながら尋ねる。


「発散しただけですよ」


ブルーダは湊の方を振り向く。


「私の能力は怒りでの身体強化。そして溜まった怒りを、衝撃、斬撃、爆笑のどれか1つを拳に乗せることでできる能力です」

「衝撃と斬撃と爆発…」

「ええ、フェンスまで吹き飛ばしたのが衝撃。フェンスを切り裂いたのが斬撃。そしてこれが爆発」


ブルーダは距離を詰め湊の顔面を殴った。次の瞬間湊の顔は爆発に飲まれた。

爆発によって生まれ顔を覆っていた煙が風に流される。


「そこまで痛くないね」


煙が晴れそう呟く。顔面を殴られたのは痛かったが爆発はそこまでダメージにはなっていなかった。


「怒りのゲージが殆どそこを着いていましたからね」

「怒りがそこを着いたら身体能力はどうなるの?」

「元に戻りますよ」


そう言いながら繰り出される拳は十分早かったが、先程までの拳に比べれば遅く、ボロボロの状態の湊でも充分躱せる速度だった。

拳を躱し再び距離をとり、地面に血の混じった痰を吐く。


「充分強い能力だけど。完璧って訳じゃないんだね」

「人は完璧にはなれませんからね」

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