第39話

湊を目掛け繰り出した拳は湊を捉えることなくブランコのチェーンを捉えチェーン同士のぶつかる耳障りな音が響いた。

湊はブルーダが殴りかかるよりも先に前に飛び出しさらにそこから距離を取るように後ろに3歩下がった。


「いい動きですね」


そう言いふたたび拳を構え湊の方を向く。


「お褒めの言葉ありがとう。それよりいきなり殴りかかるなんて中々にヤバイね」

「殴る前に挨拶は済ませていますそれで充分では?」

「なるほどね一理ある」

「では再開と行きますか」

「しょうがないね。こいシダレザクラ!」


薄暗い街頭に照らされ足元に生まれる影に手を伸ばしその名を呼ぶ。

影の中により一層濃い影が生まれそこから引き上げられるようにカタナが姿を現す。


「させません」


大地を蹴り湊との距離を一瞬で詰め引き上げられる最中の刀を左脚で蹴飛ばした。そのまま回転し裏拳を繰り出した。

咄嗟に右手で防いだが強い衝撃と共に吹き飛ばされる。

地面を2転3転し止まる。レイメイに借りたコートは雪のせいで濡れた地面を転がったせいで泥だらけになっていた。


「武器を蹴飛ばすのはずるくない?」


泥だらけのコートをその場に脱ぎ捨てる。ついさっきまではコートを着ていても寒かったが今はむしろ暑いくらいだった。


「私は己の体のみで戦うのですから武器を持つのはずるいのでは?」


そう言うと再びこぶしを前に出し構える。


「能力は使わないの?」

「今のあなたは能力を使うまでもありません。私の能力が知りたいなら引き出してみてください」


言い終えるとブルーダは距離を詰め拳を繰り出してくる。まともに喰らわぬように手で払ったりするが、こぶしを払う手に段々とダメージが蓄積されるのを感じていた。

次々に繰り出される拳を打ち払うのが精一杯で反撃をする隙さえくれない。

ダメ元でブルーダの顔目掛け蹴りを繰り出すも、涼しいかおで交わされ伸びた足を掴まれる。


「うわ」


掴まれた瞬間体は持ち上げられる。公園のジャングルジムのてっぺんと目が合う。そのまま濡れた地面に叩きつけられる。

目の前が真っ白になり、耳はキーンと高い音を響かせた。



「ねぇ、大丈夫?」


どこかつい最近聞いた声で意識を取り戻す。

辺りを見渡すと見覚えのあるどこまでも緑の草原とどこまでも青い空が広がっていた。


「や。こっちこっち」


声のする方を向く。

やはり見覚えのある場違いな岩に紅い目をした金髪の女性が座っていた。


「久しぶりだね。作中の時間だと2日?ぐらいかな?現実時間だと3ヶ月ぶりだね。3ヶ月も経ってるのに何も進歩してない」


アウァリティアははぁとため息をこぼした。


「そんな事よりなんで私はここに居るの?」


落ち込むアウァリティアを無視し質問をする。

前回ここに来た時は眠っていた時だけれど、今は起きているしついさっきまでブルーダと戦っている。何故ここに来たかが分からなかった。


「君が死にそうだからボクがここに呼んだんだよ」

「わたしが死にそう?」

「そう、そとの状況は分からないけど君の体が死にそうなのはわかったからね」

「呼んでどうするの?」


ブルーダに一方的にボコられ負けていたのは事実だしここに来る前の最後の記憶が足を掴まれ地面に叩きつけられたのは覚えている。

それがここに呼んで何かが変わるのだろうか?


「変わるよ」


まるで心の内を読んでいるかのような言葉だった。


「この死にそうなの状況を打破する方法があるよ」


アウァリティアは岩から降り湊の前まで歩き近付いた。

目の前にアウァリティアがたつ。吐く息を顔全体で感じそうな距離。

近くで見るアウァリティアの目は本当に宝石のように綺麗だった。


「その打破する方法って…?」


ニコッとアウァリティアは笑う。その瞬間草原を走る風邪が立ち止まり、この世界から音が消える。

ニコリと笑う顔が不気味にさえ見える。いやじっさい不気味だった。目を逸らしたくなるような笑顔だった。そんな笑顔から、


「私と契約しよう」


抑揚のない無機質な声。この笑顔は仮面だと理解するのに情報は十分過ぎた。

宝石のような赤い目も今は血のような美しさから離れた紅い目に見えた。


「断る」


考えるよりも先に言葉が口から出ていた。

口に出した後考えてもここで契約するという選択肢は無かった。

それにここで契約すればブルーダ2は勝てるかもしれないが、レイメイと雪音に殺されるだろう。

アウァリティアは答えを聞くと目を瞑った。


「そっか」


短い返事が帰ってくる。

落胆も悲しみもこもっていない声。風がふたたび辺りを走り始める。

風邪が走り世界に音が戻る。


「じゃ力を貸してあげるよ」

「?」


再び目を開けたアウァリティアの目は宝石のような紅だった。


「力を貸す?」

「そ、僕的にも君にここで死なれたら困るからね。だから君を死なせないために力を貸すよ」


そんなに美味い話しは無いだろう。けれどアウァリティアの目的はわたしの体。その体を守る為なら力を貸してくれるのかもしれない。

無条件という訳にはいかないだろうが。


「チカラの代わりにわたしは何を差し出せばいいの?」

「おっ、話しが早いね」


嬉しそうに手を叩く。

やはり何か対価が居るのだろう。


「私はなにをすればいい?」


そう言うとアウァリティアは湊の右目を左手で覆った。

顔に触れる手は優しかった。


「右目が欲しい」


そう一言呟いた。


「右目?」

「そう、キミの目を借りて今の世界を見てみたいんだ。僕が君の目から世界を見る間チカラを貸してあげる」

「1つ聞いていい?」

「いいよ」

「視力は失われるの?」


アウァリティア右目をを覆ったまま答えた。


「失われないよ。私が目に宿らない間も宿ってる間も視力は消えることは無いよ。欲しいとは言ったけれど君の見る世界を今日ゆうするだけだよ」


聞くだけにはデメリットが無いように聞こえる。

自分自身が失うものが無い。今の話を聞く分には。


「本当にそれだけ?」

「もしかして僕って信用が無い?」

「無い」


肩を落とす素振りをしうつむきため息を吐く。


「デメリットって言う通りデメリットならボクが宿ってる間は君の目は君の目じゃなくなるぐらいかな?」

「?」


私の目が私の目じゃなくなる?わたしの目じゃなくなっても視力は失われない?


「簡単に言うと君の目に宿ってる間君の目は僕赤い目になるって事」


右手で紅い右目を指さす。

覆われている右目暖かさを感じ始める。


「つまり紅くなるって事?」

「簡単に言うとそうだね」


デメリットを聞いても失うものが無いように思える。

宙を扇ぎ見て考える。本当にこれで良いのだろうか。間違っていないだろうか。正しい選択なのだろうか。


「どっちが正しい選択なのかな」


言葉がこぼれる。力を借りないとブルーダには勝てないだろう。けれど本当に力を借りていいものなのか、


「正しいかどうかは辿り着くまで分からないんじゃ無いの?」


咄嗟にアウァリティアの方を向く。

ついさっきブルーダに向けて言った言葉だ。それをなぜアウァリティアが知っている?


「それをなぜ?」

「ん?この言葉かい?僕と最初に契約した人が言ってた言葉なんだよね」


そうか、そうなんだ。そうだよね。

どっちが正しいかなんていまは分からない。借りた方が正解かもしれないし借りない方が正解かもかもしれない。

たとえ今から歩く道が正しくない道だとしても辿り着くまでは分からないんだよね。

考え事が無くなり肩が少し軽くなる。


「アウァリティア君に右目をあげる。だからチカラを貸してほしい」

「いいだろう。君の右目の分だけ僕の力をかそう」


湊の言葉を待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに返事をする。

アウァリティアの右目が赤く燃え灰になって消え去る。

右目は燃え尽き消えたかと思うと今度は湊の視界が紅く燃えた。


「うわっ!」

「大丈夫」


驚く湊をそっとなだめる。右目は確かに燃えてはいるが熱さは全く感じなかった。

視界から炎が消えアウァリティアのほうをみる。アウァリティアの右目が合った場所は写真に落書きするように黒く塗りつぶされていた。


「アウェリティアの右目は?」


そっと右目のあった場所を触る。


「私の右目は君の右目に宿ったんだ」


これは右目をあげると言うより私の方がアウェリティアの右目をを借りてるのでは?そう聞こうとした時世界は崩壊を始めた。


「さ、キミは強くなった。最後まで生き残っておいで」


アウェリティアのその言葉を最後に世界は地平線の彼方から暗闇に包まれ、遂には目の前すら真っ暗になった。


目が覚めた時目の前にはブルーダのこぶしが迫っていた。

痛みで悲鳴をあげる身体に鞭を打ち頭を潰そうとする拳をかわす。


「今のをかわしますか」


咄嗟にブルーダの脚を蹴りはらい体制をくずしその隙に距離をとる。


「さっきの一瞬で何かありましたか?」


崩れた体制を直ぐに立て直し再び拳を構える。


「すこしお話と…」


ねつを持つ右目を軽く覆う。この目を覆う手を離せば戻れない事になる。なぜだかは分からないがそう思えた。


「ブルーダ。私もこれが正しい道かどうか分からないけれど歩いてみるよ」


そう言い右目から手を離しゆっくりと目を開く。

そこには紅い宝石のような目が入っていた。

いつも見ていた世界が酷く新鮮に感じる。まるで初めてこの景色を見るようだった。

湊の紅い目をみてブルーダは驚くような表情を浮かべ、


「湊さんその目…そうですか…」


そう呟くと両手の手袋を脱ぎ捨て、長い髪の毛を後にひとつに束ねた。


「ここからは私も本気で行きましょう」

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