第30話

ムラキは左手に持ったモニターを眺めながら気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「そっかぁ大事な人の顔をすると切れないのかぁ」


モニターの中ではトドメを刺される瞬間にミルカが紅葉の顔に変わりそのせいでトドメをさせない湊が写っていた。

その光景を見ながらムラキは舌なめずりをする。

まるで獲物を、新しいおもちゃを見つけたみたいに。


「それにしても何を話してるんだろう。気になるなぁ」


モニターの中の2人は何か言い合いをしているようだったが、話している声までは聞こえなかった。


「まぁ本人に聞けばいいよね」


再びモニターに目をやる、言い合いは終わっていたのか湊が刀を振り上げる。湊が紅葉の顔をしていても切れるのかどうか気になったが、さすがにこのまま放っておくとミルカが殺されてしまう。

そう判断し右手を後ろに勢いよく引く、すると糸に引っ張られたミルカは崖下に引きずり降ろされた。


「んー流石にこのままだと死ぬかなぁ」


そう言うと右手を広げ、親指中指薬指小指からも糸を射出し、ミルカの切り裂かれた傷を縫合し始めた。

射出された4本の糸はそれぞれが意志を持つかのように落下するミルカの体の傷口を塗って塞いだ。

まろびでた内蔵は体内に詰め込み塞ぎ、両手と片足すらも出血を止め止血した。


左手には持っていたモニターを地面に置き、左手をミルカの落下する位置に構え、5本の指全てから糸を出しネットを編んだ。

ミルカの体を引きずり下ろした時や、縫合した時の糸とは違い毛糸のようなフワフワとした糸を射出していた。

編まれたネットは落下してくるミルカを優しく受け止め、何度か跳ねたあとゆっくりとネットに沈み込むようにミルカの身体は着地した。

ミルカを包み込んだネットはそのままムラキの元まで地面を引きずられ進んだ。


「お疲れ様ですミルカ」


目の前に連れてきたボロ雑巾のようなミルカを見下ろしながら声をかけた。


「ムラキ…か。助けてくれるのか?」

「ええ」


ボロ雑巾の言葉に対しムラキは返事をする。

その返事を聞きミルカは安心したように深く息を吐き「助かった」と呟いた。


「いくつか尋ねてもいいかい?」

「助けてもらえるんなら何でも答えるよ」

「僕が引きずり下ろす前何を話してたの?」


ミルカは深呼吸をしてから答えた。


「誰までなら切れる?って話をしてたの」

「ほお、詳しく聞きたいね」

「そんなの聞いてどうするの?」

「戦いに置いて情報は命だよ。どんな情報でも知るに越したことはないんだよ」


その言葉を聞きミルカは話を始めた。

誰までなら切れると尋ねたら、紅葉に危害を与える者は全員切ると言ったこと。これまでの戦闘で友人の顔をしていても敵だと分かっていれば躊躇い無く攻撃をしてくること。そんな湊でも紅葉の顔をすれば敵だと分かっていても躊躇う事。目を瞑りながら刀を振り下ろした事をムラキに話した。

ミルカの話を聞いていたムラキは不敵な気色の悪い笑みを浮かべていた。


「ぐらいかな、私が湊と話したのは。さっきから気色の悪い笑みを浮かべて…どうしたの?」

「ん?なんでもないさ気にしないでくれ、それよりも話してくれてありがとうミルカ。とても役に立ちそうだよ」


ムラキは口元を手で抑え浮かぶ笑みを隠した。

それでも笑みが隠れ切れないと感じたムラキはミルカに背を向け笑みが収まるのを待っていた。


「なぁ、ムラキ提案があるんだけど」

「なに?」

「手を組まないか?」


ミルカの言葉を聞きムラキの顔から笑みが消える。


「なぜ?」


先程までの明るい声では無く、どこか怒りを感じるような暗く低い声で尋ねる。ミルカはそんな事気にしない様に、


「さっき話しただろ?紅葉の顔をすれば湊は攻撃出来ないって、だから私が紅葉の顔に変化する。ムラキは私に人形の手足をくれるだけでいい。絶対に勝てる」


ミルカの提案を聞き口角が下がる。ムラキの顔から一切の笑みが消える。緑色の目すらどこか深淵を覗かせるような光のない暗い目をしていた。ミルカにはムラキの背中すら見えず、笑みが浮かんでいない事は伝わっていなかった。


「そうだね。いい案だと思うよ」

「でしょ!」


口角を上げ光の消えた目を細く笑っているようにして振り返る。

薄目でもミルカが希望に満ちた顔をしている事は分かった。


「作戦自体は良いけど、別にそれにミルカ。君が生きている必要はないよね?君の能力さえあれば良いんだから」


話しながら段々と口角は下がり光の消えた目は開かれる。

その顔を見たミルカの背に汗が湧き出る。


「私は要るでしょ!?私が死んだらだれが──」

「僕が君を殺して能力を引き継ぐよ」


そう言いミルカに指を指す。指の先には先程までの余裕は消え再び死に直面するミルカの姿があった。


「じゃあ死んじゃいなよ」

「まっ─────」

「バンッ」


地べたを這うミルカに向けて糸を発射する。糸をミルカの眉間を狙って放たれたが、ミルカの眉間を穿つ事はなくミルカの背後の気を撃ち抜いた。

ミルカは咄嗟に上半身をくねらせ糸の弾丸をすんでのところで回避した。

そのまま左足をタコのように変化させ、ムラキの背後にあるかまに変化した、自分の切り落とされた片手を広い、


「お前が死んじゃえ!」


そう叫びながら背後からムラキを切り裂いた。

上半身と下半身を真っ二つにされたムラキに対して、


「死にかけだと舐めるからこうなるんだよ!あんたの能力でわたしが湊を殺してやる!今度こそあいつの体で生け花を作ってるんだ!」


ムラキの能力を使いムラキの手足を自分に縫合して直ぐに湊に復讐してやる。そう思いながらムラキの能力が引き継がれるのを待っていたが、いくら待ってもムラキの能力はミルカの体に引き継がれなかった。


「どうしてムラキの能力が来ない?」


考えられるのはまだムラキが死んでいないという事だが…。足でムラキの首元を触るが脈はない。そもそも上半身と下半身を切断したんだ、多量出血で死ぬ筈だ。死ぬ筈…

ミルカは自分の目の前のムラキの死体の違和感に気が付いた。


「なぜ一滴たりとも出血ていない…」


その疑問を口にした時、目の前でタコに変えた自分の足に線が走ったと思った同時に細切れになって崩れ落ちた。


「なぜ…」


達磨状態になったミルカは 顔を上げ当たりを見渡す。攻撃が見えなかった、一体どこから──

パン…パン…パンとゆっくりのテンポで手を叩く音が、ムラキの死体の背後より近付いてきた。


「いやぁまさかまだそんな元気があるとは思わなかったよ」


聞き覚えのある声と共に見覚えのない成年が現れた。

薄めの緑色の髪の毛を短くカットしていたが、後ろ側は首元まで伸ばしていた。前髪の1部だけ長く灰色に変わっていた。

服装はあまり変わらなかったが、さっきまでのムラキよりも目が細く二重になっていた。


「何で生きている?」

「何でって…死んでないから生きてるんだよ」

「今殺したのは…」

「あーこれ?僕の前の器を人形にしたやつだよ」


ムラキからの回答を聞き今日何度目かの絶望に堕ちる。

そんなミルカを慰めるように。


「そんな顔しないでよ。楽に殺してあげるからさ」


と、ミルカの元まで近付き肩をぽんと叩く。ミルカは俯いたまま顔をあげなかった。


「本当はさ、もっと苦しめて殺してやりたいんだけど、もう其の姿以上に惨めなのは中々思いつかないんだ」


話しながら、指から出す糸でギロチン台を生成して行く。


「だから一瞬で楽にしてあげる」


そう言い糸で作られた半透明のギロチン台にミルカの体をセットする。

ミルカはもう既に全てを諦めており抵抗も何もしなかった。というよりも抵抗の使用が無かった。


ギロチン台にセットされたミルカを見下ろし優しく声を掛ける。


「何か言い残す事は無い?」


ムラキの言葉を聞き顔をあげる。目には怒りから来るものなのか悲しみから来るものなのか分からないが、泪が溜まっていた。

そんな潤った目で見下ろすムラキを睨みつけ、


「無様に死に──────────」


ミルカの言葉を遮るように刃がミルカの首を跳ねた。

首は地面を転がり、刃が落ちたギロチン台から血が流れ出す。

辺りには血の匂いと静寂のみが広がっていた。

ミルカの体は心臓から遠い部分から淡い光を放ち消滅を初めた。

足元に転がるミルカかの首を髪の毛を掴み持ち上げる。

先程までは紅葉の顔だったが死んだことに能力が解除されミルカの本来の顔に戻っていた。

その顔をを見つめ、


「辛かったんだね、今度は良い環境に産まれるといい。絶望をしない所に」


言い終えるとミルカの顔は跡形もなく消滅をした。

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