第28話
「ここは…?」
湊は気が付くと草原の緑と何処までも青い空の鮮やかな2色だけの世界に居た。
見渡す限りの緑と青。
はるか遠くの地平線を眺めると空と地上の境目は青と緑のグラデーションで綺麗だった。
ふとその景色を写真に収めようと携帯を取り出そうとするも、ポケットに携帯は入っていなかった。
目線を下げ自分の格好を確認してみる。
学校の制服といういつもの格好をだった。
違うところは昨晩破いたスカートが治っていたり、山を駆け下りた際に所々破けていた箇所が治っている所だった。
「これは…夢?」
夢にしては偉く感覚がしっかりとしている。
頬を撫でるような風を感じられるし、風に揺られた草花が足元をこそばかす。
風が草原を走る音も聞こえる。
空に目をやり地上を照らす太陽を見る、あまりの眩しさに目を細める。
ふと自分の指を噛んでみる。
「いっ!」
するどい痛みと共に口の中に血の味が広がる。
痛覚も味覚も触覚も聴覚もしっかりとしている。
血を流す指を鼻に近付けると血の匂いも感じられる。
「夢…ではなさそう」
てことは誰かの能力を食らった…?
ここに来るまでの経緯を思い出す。
昨日レイメイと共にレイメイの家に帰り、シャワーをサッと浴びそのまま紅葉の眠る部屋に向かった…
紅葉の様子を見ようと椅子に腰掛けたのは覚えている。
その後すやすやと眠る紅葉を見て安心したのか眠たくなって…気が付けばここにいる。
寝落ちし立って考えるのが普通…なのかな?
レイメイの家を誰かが襲撃したとか?
あの二人の結界を破って?
とりあえず、いくら考えてもここがどこなのかが分からない。
足元に目をやると自分の影に目が行く、すこし考えてから、
「枝垂れ桜」
そうなを呼び手を構えるも枝垂れ桜は現れず、直接足元の影に手を入れようとするも、地面までしか手は届かず影の中に手は沈まず足元の草を虚しく握るだけだった。
「レイメイの影も使えないと」
左手の甲に目をやる、円卓の模様は消えておらず、9が抜けた1から11の数字が描かれており、真ん中には11という数字が描かれていた。
「11?確か私が強欲で11席だから、ここには私しか居ないってこと…なのかな?」
ますますここが何処なのかが分からなくなる。
左手から目を離しとりあえず歩き回ろうとした時、突風が吹き反射的に顔を手で覆って防いだ。
「急にびっくりしたぁ」
そう呟き手を下ろし目を開ける。
視線を戻し視界に入ったものを見て湊は一瞬固まった。
先程まではそこに無かった物と居なかった者がいた。
目の前に現れたのは、少し大きめの岩と女性だった。
少し大きめの岩はこの空間には似合わない灰色をしており、まるで空と草原を絵の具で塗った画用紙に筆から灰色が1滴零れ落ちたように現れた。
大きめと言っても1メートルぐらいの大きさで、湊が腰をかけて休憩するには良さそうな大きさだった。
休憩するには良さそうと言っても、既にその岩には先客が座っていた。
岩に腰掛けた女性は、立った時なら膝下まではありそうな金色の長い髪の毛をしていた。
風に流されるとフワッと流され、そこに天の川があるかのように綺麗な髪の毛だった。
顔立ちはどこか幼さを感じるものの整った綺麗な顔をしていた。
両目はルビーでもはめ込んだような綺麗な色をしていた。
純白のワンピースを来ており、服装も相まって人形のようだった。
どこから急に現れたのか等気になる点はあったが、まず気になったのは、
「あなたは誰ですか?」
その言葉を聞くと、目の前の女性はクスッと笑い微笑んだ。
「初めましてだね湊。僕は強欲のアウァリティア。よろしくね」
強欲のアウァリティアと名乗った女性はもう一度微笑んだ。
その微笑みを警戒し、湊は3歩後ろに下がった。
後ろに下がった湊を見てアウァリティアは、
「どこに行くんだい?僕は何もしないよ?」
「急に目の前に現れて強欲のアワなんとかって名乗られたら警戒のひとつやふたつするでしょ」
アウァリティアは手をポンと叩き、
「なるほどそれもそうだね」
と言い、ウンウンと1人で頷いていた。
「でも、安心して欲しい僕は何も危害は与えないよ。というか与えられないからね」
そういい両手を顔の横に上げヒラヒラと振って見せた。
「どういうことなの?」
「そのまんまの意味だよ、僕は君に何も出来ないって事」
その言葉を聞き少し警戒が緩んだのを察知したのかアウァリティアは再び微笑んだ。そのまま両手を膝の上に起き、
「少しお話しないかい?湊」
と尋ねてきた。
アウァリティアの目をじっと見ると、アウァリティアは目を細めニコッと笑った。
「話をする前にいくつか聞いてもいい?」
ニコニコと笑いながら「いいよボクが答えられるものならね」と答えた。
湊は後ろに下がった3歩分前に歩きアウァリティアの間の前に立った。
「そんな真ん前に立たなくても、この岩にすわればいいじゃないか」
と、アウァリティアは少し横に移動し、移動したおかげで出来たスペースをおいでと言わんばかりに手でぺちぺちと叩いた。
座るように促されたが、それを無視しして話をしようとすると、
「ここ、空いてるよ?」
という声とともに「ぺちぺちぺち」と岩を叩かれる。
多分これは座るまで話が進むことが無いという事を察した湊はアウァリティアに誘われるがまま岩の上に座った。
岩は陽の光で少し暖かかった。
「で、聞きたいことって何なのかな?」
真横にいるアウァリティアは湊の顔を覗き込むようにして尋ねた。
アウァリティアは見上げても見下げても綺麗だった。
「聞きたいことはまず1つ目はここはどこなの?」
「ここ?ここは君の心の中って言うのがわかりやすいかな?」
頭に疑問符が浮かぶ。
心の中って、そもそもこころがどこにあるんだろう。やっぱり心臓?
「んー分かってないって顔だね、んー君の意識の世界?夢の中って感じだね」
「あーなるほどね」
気の抜けた返事をする。何となく分かるような分からないような。結局ここはどこなんだろう。
「ほんとに分かってる?」
「もちろんもちろん」
あんまり分かってはないけど、まぁなんかそーゆーあれな世界?って事ね。
うん、理解した。
「で、2つ目なんだけど、アウァリティア、君は誰?」
その言葉にアウァリティアは少し困ったような表情をした。
「誰って僕は強欲のアウァリティアって言ったじゃん」
「それは分かるんだけど、円卓の11席の強欲は私だよね?だとしたらアウァリティア、君はなんなの?」
驚いたような顔をして、アウァリティアは真っ直ぐ前を向いた。どこか遠くを眺めるように。
アウァリティアの横顔は綺麗だった。
アウァリティアは真っ直ぐ地平線を見たまま答えた。
「僕はルノとヤウから産まれた11人の子供の1人、末の子アウァリティア。円卓の強欲。強欲のアウァリティアだよ」
言い終わると再び湊の方を向きニコッと笑った。
「本来の…強欲?」
「そう、レイメイが言ってたでしょ?僕達は人と契約して肉体を借りないとこの世に居られないって」
「そんな強欲が私になんのようなの?」
少しの沈黙の時間が訪れた。
アウァリティアは目を細め微笑むというよりも、どこか不気味な笑みを浮かべ、
「立花湊。きみの願いはなんだい?それを僕は叶えよう」
そう、アウァリティアは言った。
陽の光に当たり暖かいはずなのに、背筋が凍るような感覚におちる。
さっきまで何も感じなかったのに、今はものすごくアウァリティアから嫌な気配をビンビン感じていた。
「今…願いはないかな」
今願いを言ったら契約を結ぶ事になるのだろうが、それは出来ない。レイメイに強欲と契約するのはゲームオーバーと同義だと。
願いがないと言えば嘘になる、けれど今はないという他なかった。
「そ、なら願いが出来たら教えてね?僕が叶えてあげるから」
そういうと目の前をぐるぐると歩き始めた。
湊はアウァリティアが思いのほか簡単に引き下がった事に驚いた。もっとこう、無理やりにでも「今すぐ願いを決めろー」とか「なんでもいいんだよ?プリンが食べたいとかでもさ?」などと言うものだと思っていた。
「あっさり引き下がるんだね」
気が付けば思っていた事が口から出ていた。ぐるぐると歩いていたアウァリティアは足を止めこちらに視線をやる。
さっきの言葉を訂正しようと一瞬考えたが、別に聞きたいことでもあったため、アウァリティアの返事を待った。
「願いは絶望の淵にいる時の方が強いものなんだよ。今強引に願わせるより、君が本当にボクを求めた時に契約する方がより強い力が得られるんだよ」
「なるほど」
アウァリティアは再び岩の上に、湊の隣に座った。
「他に聞きたいことはない?」
少し空を見て考える。
いつの間にか空には雲が流れており、最初は緑と青の2色の世界は空の青、草原の緑、岩の灰色、雲の白色と4色に増えていた。
ふと頭に浮かんだ疑問を聞いてみる。
「ねぇ、アウァリティア。円卓が名前を名乗る時ってどっちの名前を名乗ってるの?器?それとも魂?」
アウァリティアは「んー」といい少し考えている。
そして眉間に少しの間シワを寄せたまま。
「基本器の名前を語ることが多いね、中には魂を語る円卓もいるけどね。あ、私は名乗る時は基本魂の方だよ」
そう言ってニコッと笑う。
てことは、ミルカやレイメイ、雪音達は器の方を名乗ってるってことなのだろうか。
「円卓の他の魂の名前はなんて言うの?」
「知りたいの?」
その言葉に静かに頷く。
「あんまり聞く意味も覚える意味もないと思うけど」
そう言うとアウァリティアは岩の上に上半身を寝かせた。
空に向かい仰向けになったまま、
「1席喜のウフル、2席怒のラージュ、3席哀のトリスト、4席楽のジュイサンス、5席傲慢のスペルピア、6席色欲のルクスリア、7席怠惰のアケディア、8席暴食のグラ、9席嫉妬のインウィディア、10席憤怒のイーラ」
円卓の名前を読んだ。
名前を呼び終えるとアウァリティアはガバッと起き上がり、
「そして11席強欲のアウァリティア。これが本来の円卓の名前だよ」
「へー」と短く返す。カタカナの名前が多くて正直全く覚えられなかった。それに覚えたところであまり意味はなさそうだった。彼らは名乗る時器の方の名を使う。
「ねぇ、アウァリティア」
「ん?なんだい?」
「ここから帰るにはどうすればいい?」
「いつでも帰られるよ」
そういいアウァリティアは指をパチンと鳴らす。
すると何も無かった場所に木製の扉が現れた。
現れた扉はひとりでにドアノブが周り気の軋む音ともに開かれた。
「出口はあちら」
扉の開いた先には何も無く、黒というより無のような、ぽっかりと空間に穴が空いている様に見えた。
「あれは入っても大丈夫なやつ?」
「大丈夫だよ。それにあれから帰るのが嫌なら起こされるのを待てばいい」
「起こされる?」
「そのまんまの意味さ、現実世界の誰かが君を起こせば君は目をさめる。誰も起こしてくれなければあのドアから出る他ないんだ」
言葉と共に扉を指さす。
相変わらず扉の奥はぽっかりと穴が空いているようだった。
誰かに起こされるのを待とうにも、恐らく私の体があるのは紅葉の部屋だろうし、最悪私が部屋から出てこなくても寝落ちをしたぐらいに思われていたら誰も起こさないだろう。
となると帰り道はあの扉のみになる訳だが、嫌にあれは通りたく無かった。
別段何かが怒るわけでは無さそうだが、通過を躊躇う何かがあった。
今の状況で現実の体を起こしてくれる誰かは現れなさそうだと思い、扉を通る覚悟を決める。
岩から降り扉に近づく。近くで見ても扉の奥にはなにも見えなかった。
扉に足を入れようとした時、急に空にはヒビと同時に穴が空いた。
急な出来事に出した足を引く。
「誰かが君を起こそうとしているね。それならこの扉は用無しだね」
アウァリティアは冷静に何が起こったかを湊に伝え、指を再び鳴らすと扉はシャボン玉の泡のように消えた。
そうしてる間にも空はひび割れ、大地も端の方から溶けるようにして崩れ始めていた。
気が付けば自分の体も段々と薄くなり、輪郭がぼやけていた。
「アウァリ…」
これで本当に現実に戻られるのか聞こうとした湊だったが、名前を呼ぶ途中で言葉はどこかに言ってしまった。
崩壊を始める世界でアウァリティアは青から黒に変わった空を、どこか懐かしく恋焦がれるように眺めていた。
その表情に邪魔をしたくない気持ちが現れた。
世界は崩壊を続け、空は黒一色になり、何処までも続いていた緑の草原も灰色の岩の周りを覗き崩れ去っていた。
崩壊する大地は遂に湊の足元までやってくると、足元は呆気なく崩れ、湊の体はそのまま暗闇に落下した。
重力にしたがい落下する中、暗い空にアウァリティアが見えた。
アウァリティアは落下する湊を見下ろしただ、微笑んでいた。
次第にアウァリティアも見えなくなり周りは暗闇に包まれた。
そのまま意識が朦朧としていき、最後は落ちながら眠りについた。
「──────なと。────みなと」
名前を誰かに呼ばれる声と、肩を叩かれる衝撃で見ては目を覚ました。
寝ぼけ眼で辺りを見渡す。
目の前にはねむるくれはと、すぐ隣に肩を叩きながら声をかける雪音の姿があり、その横にはレイメイの姿があった。
「あれ2人ともなにして…」
「朝になっても起きてこないから気になって起こしに来ても、中々起きなくて焦ったよ。そんなに疲れてた?」
朝と言われても実感はわかなかったが、雪音の慌てた姿から中々起きなかったと言うことは分かった。あの場所であまり長い時間過ごしたつもりはなかったけれど、だいぶ長い時間いたらしい。
「疲れてる訳ではないんだけど。少し話し込んじゃってて」
「話し込むって誰と?」
キョトンとした顔で雪音が尋ねる。
「アウァリティアと少し話してたんだ」
その言葉を聞くと、雪音はなるほどといった様な顔をし、レイメイはすこし険しい顔になった。
「湊さん。アウァリティアはどんな姿でした?」
「長い綺麗な金色の髪に真っ赤な目をしていて真っ白なワンピースを着てたよ。それがどうかした?」
レイメイは俯き「ミレア…」と小さく呟いた。
「え?なんか言った…?」
レイメイの声は小さく、寝起きということもあり湊の耳には届かなかった。
レイメイは顔を上げると微笑みを浮かべ、
「いえ、なんでもないですよ。それよりもご飯にしましょう。待ってるので準備が出来たら来てくださいね」
そう言い残しレイメイは部屋を後にした。
指をも立ち上がり軽く伸びをすると、
「無事に起きたしわたしも先に行って待ってるね、ご飯が冷める前に来てね〜」
そういい雪音も部屋を後にした。
部屋に残された湊はベッドで眠る紅葉を見つめた。
あいも変わらず紅葉はスヤスヤと眠っていた。
「必ず助けて見せる。だから待ってて」
そう、眠る紅葉に言い湊も部屋を出た。
崩壊した世界。
あるのは黒一色の大地と空。そんな暗闇に覆われた世界にポツンと灰色の岩が立たずんでいた。
その岩の上にアウァリティアは座り、何も移さない空を見ていた。
時間が進んでいるのか止まっているのかすら分からない世界。
空を見たところでアウァリティアの黄色い目にはなにも映らなかった。
そんな自分以外何もない世界にいるアウァリティアだったが、ふと誰かに名を呼ばれた様な気がした。
何度も名を呼ばれその度に聞いた声。
「レイメイ…」
暗闇にアウァリティアは何度も自分が呼んだ名を呟いた。
口から出た言葉は誰にも届かず暗闇に消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます