第27話
夜空に飛び散る紅い血とともに、2本の鎌が宙高く舞った。2本の鎌は放物線を描きながら地面に鈍い音と共に叩きつけられた。
「え?」
肩より先を切り落とされたミルカは今自分が見た光景を信じられずにいた。
湊に対して斬りかかった次の瞬間、湊の手には握られていなかったはずの刀が握られており、湊を真っ二つに切り裂こうと手を交差する直前、左下から斜め上に振られた刀により両腕は切りあげられ、2本の鎌は放物線を描きながら宙を舞った。
そんなことはありえない、何かの間違いだとミルカは思いたかったが、両肩先から止まる気配を見せずに流れ続ける血と、焼き付けるような痛みが現実だと言うとことを痛感させた。
「ねぇ?それどこから出したの?」
湊に飛びかかるまでの間で湊から目を離してなどいなかった。なんなら見つめてさえいたはずなのに、刀の存在に気が付かなかった。気が付いていれば違う結果を迎えていたかもしれないのに。
「これ?影からだよ」
「へーそうなんだいいね、でもズルいじゃん事前に言ってよ。私と湊の仲じゃん」
湊は刀をミルカに向けて真っ直ぐに構え、
「私とあんたの仲は殺し合うだけの仲だよ!」
言い終えると同時に踏み込み、ミルカののど元目掛けて突きを放ったが、既にその場所にミルカの姿はなく、5m程後方まで移動していた。
湊が地面を踏み込むよりも先にミルカはエビのように後ろに跳ねそのまま湊に背を向け崖に向かい走り出していた。
背を向け戦いから逃げ出したミルカを追おうと湊も走り出したが、1歩目を出した瞬間ふくらはぎに痛みが走り、足元を確認するとレイメイが塞いだ傷口から血が流れ出ていた。
昨日ミルカに傷つけられた傷は決して浅くはなくむしろ深い傷だった。
こんな足では走れないと悟った湊はある物目掛けて歩み始めた。
湊の突きを躱しそのまま走り出したミルカは頭の片隅で一瞬死を覚悟した。
湊の突きを躱す判断が一瞬遅ければ今頃この命を終わっていた。
だが私は生きてる、無様にも両手を切り落とされたが生きている。
別に今回は不意を食らっただけに過ぎない。
最初から湊が武器も持っていると知っていたのなら馬鹿みたいに突っ込んでなんか行かなかった。
湊に負けたのではない、情報に負けたのだ。
まだ勝ち目はある、今はとりあえずこの場を去り傷を癒すだけでいい、なんなら今のボロボロの湊を他の円卓が殺しても別に私は構わない。
わたしが生きてさえいれば。
後ろから追ってくるような足音は聞こえない、崖まで2メートルを切ったし、このまま逃げ切れる。
そう確信した時何か空気を切るような音が聞こえてきた、何かが迫ってくる、そう感じた時、右脇腹を鎌が引き裂いた。
凄まじい痛みと共に血が飛び散る、脇腹を裂いた鎌はそのまま飛んで行き、ミルカよりも先に崖を下った。
鎌が飛んできた方を向くと、湊が切り落としたミルカの腕を拾いミルカ目掛けて投げる構えを取っていた。
鎌を構えてミルカ目掛けて狙いを定めていた。
ミルカはすぐに前を向き歩みを進めた。右脇腹を切り裂かれ内蔵が切り口から見えながらもゆっくりと1歩ずつ崖に向かい近付いた。
「あと…少し…」
ない右手を崖に向かい伸ばす。
崖の傍には落ちないように安全柵があるが、そんなに本格的なものではなく、大人の腰の高さ程度のものだった。あと1歩足を出して、体を倒せば崖に落ちて逃げられる。
そう思った時、ヒュンヒュンと空気を切る音が背後から近付いて来た、音が近付いて来るにつれ死が近付いて来ているようで仕方が無かった。
2本目は流石にマズいと思い、迫り来る鎌を躱そうとしたが、既に遅く、迫り来る鎌は生きるために出した足を、1歩踏み出した右足を刈り取った。
右足は膝下から刈り取られ、ミルカはバランスを崩しその場に倒れ込んだ、立ち上がろうにも体を支える手がなく、立ち上がったとしても前に歩く足を失った。
あと1歩、あと1歩が間に合っていれば逃げられていたかもしれない。
仰向けに倒れ、視界に映るのは街頭の光のせいで淡くしか光らない星々だった。
別段綺麗と言うわけでもないが、死ぬ前に見た景色がこの夜空ならまだマシかな。
などと生きることをミルカは諦めていた。
死を覚悟し空を眺めていると、足音が段々と近付いて来た。
足音のする方に目を向けると刀を構えた湊が歩いて迫ってきていた。
死ぬ前にあんなやつの顔を見るぐらいならこのまま夜空を見ていよう。
そう思い視線を空へと戻す。
このまま手を伸ばしたら星に手が届くだろうか、そんな事を考えるも、伸ばす手はもう無かった。
視界がふと暗くなり、夜空の変わりに何の感情も抱いてないような湊の顔が覗き込んだ。
「ねぇ?今どんな気持ち?」
自分を見下ろす形で湊が尋ねてくる。実に不愉快だった。
「最低の気分だね。靴の中のナメクジを踏んだぐらい最低だね」
その言葉を聞くと湊はニコッと笑い、刀をミルカの首筋に近付けた。
「何か言い残す事はない?」
「あんたは誰までなら切れるの?」
その言葉に湊は首を傾げた。
「どうゆう意味?」
「今の私の顔はあなたの友達の顔をしてるけど、躊躇いなく蹴ったりできるから、敵なら誰でも切れるのかなって」
「私は紅葉を危険に晒す者は誰だって切る。それが友達だろうがなんだろうが。紅葉を守る為なら私は人を止める」
そう言い、 刀を振り上げミルカの首元目掛けて振り下ろした。
が、刀が首を刎ねる事は無かった。
刀はミルカの首から1センチ真横で止まっていた。
「どうしたの?切りなよ私は今敵だよ?」
トドメを刺さない湊に対し言葉を投げかける。早く殺せと煽らんばかりに。
「何やってるの?切るだけだよ?今更どうしたの?」
首の横にある方が小刻みに震える。
さっきまでに比べて怒りが混ざった声で、
「なら!その顔をやめろよ!」
ミルカを指差し怒りを漏らす。
そう指摘した、ミルカの顔は先程までの春華の顔ではなく、紅葉の顔に変わっていた。
この紅葉は紅葉ではなく、紅葉の顔をしているミルカだということは理解は出来ている。
けれども、体は紅葉を斬ることを許さなかった。
頭では理解しても行動に移せずにいた。
「早く、私は敵だよ」
顔を紅葉に変えただけで、トドメをさせなくなる湊を見て、これならもっと早くに紅葉の顔にしていれば良かったな、などとミルカは考えた。
それと同時にここを乗り切りさえすれば勝機がある。
紅葉の顔で戦えば一方的に攻撃ができる。これなら勝てる。
後の問題はどうやってここから生き延びるか。それだけが問題だった。
違う!こいつは紅葉じゃない!紅葉の顔をしたミルカだ!敵だ!こいつは倒さないと行けないだ。
ひたすらに目を瞑り1人で悩む。紅葉の顔をした別人を切るだけ。たったそれだけの行動が湊は出来ずにいた。
そうだ、世界には同じ顔の人が3人いるらしいからそのうちの1人がここにいるだけだ。ただのそっくりさんだ。そう思い目を開ける。
目の前にいるのはやはり紅葉だった。
「ほら?切れないの?」
紅葉の顔をしている限り安全だと理解したミルカは湊を煽った。シンプルに煽った。
その言葉を聞き、湊は目を強く瞑った。
もう目は開けない、開けずに殺す。
ミルカが死ねば目を開ける頃には能力は消え、足元で死んでいるのはミルカだから、紅葉ではないから。震える手で刀を振り上げる。
「ああああああああぁぁぁ!」
情けない叫び声を上げながら刀を振り下ろす。何も見ずにカタナを振り下ろすから、もしかしたら狙いを外すかもしれない。けれど首を切れずとも満身創痍なミルカのトドメを指すには十分だろう。
振り下ろした刀が何かを斬る感覚はなく、ただ空気を斬るのみだった。
おかしいと思い目を開ける。
目を開け見た先にはあるはずのミルカの体が消えていた。
体があったはずの場所にはミルカの血溜まりのみだった。
周りを見渡すもミルカの姿はなく、もう1度ミルカのいた場所を見下ろす。
血溜まりは崖の方に筆でなぞったような形になっていた。
私が目を瞑り刀を振り下ろすまでの短い時間でどうやって移動した?そもそもあの体で移動ができるか?
「ミルカならムラキが崖下に引きずり下ろしたよ」
囁くような少女の声が聞こえ視線を上げる。
視線を上げた先には、月の光に照らされて赤く煌めく髪を腰まで伸ばした少女が柵の上にしゃがんでいた。
前髪は目は見えないが視線を上げた時何となく目があった気がした。
「あなたは?」
今この状況で急に現れ、ミルカの名を呼んだ時点で湊は何となく察していた。
少女はニコッと笑う。八重歯が可愛らしく見える。少女は柵からぴょんと飛び降りる。
見た目は髪を赤く染めた小学生にしか見えない。
少女は湊のすぐそばまで近付き、湊の真下まで近付いた。
クスッと笑いながら真下から湊を見上げ、
「私は、罪と感情の十一円卓第8席暴食のクウカ。よろしくねお姉ちゃん」
と可愛らしく挨拶をした。
クウカの挨拶を聞き終えるとすぐに後ろに下がりクウカとの距離を置いた。
後ろに下がった湊を見て、クスクスと笑いながら。
「そんなに後ろにさがっちゃって。お姉ちゃんってもしかして恥ずかしがり屋さん?」
クスクスと笑う顔が幼さを残しひたすらに可愛く見える。
「そうだね、急に可愛い女の子に話しかけられたら誰だってびっくりするよね」
距離を取り刀を構える。刀を構えては戦えるかと聞かれれば正直無理だと答えそうな状況だった。
手はまだなんとも無いが、脚が踏ん張った時に傷口が破れ今もなも血を流している。なんならさっきのバックステップの時も痛みを我慢したレベルだった。
「そんな警戒しなくても大丈夫だよ?別に取って食おうって訳じゃないし、私はムラキに言われて遊びに来ただけだから」
「さっきも出たけどムラキって誰?」
「ん?ムラキは円卓の第4席楽のムラキだよ」
背中に冷や汗が流れる。ミルカも倒せてない状態でここに来て円卓が2人も現れるなんて。
絶対絶命では?
「なるほどね、で、なんの用で来たの?」
「ん?さっきも言ったじゃん遊びに来たって」
クウカはゆっくりと歩いて近付いてくる。それに合わせて湊も後ろに下がる。
体が小さく歩幅も狭いため、傷を負った湊よりも遅く距離が開き始める。
「遊ぶってなにで?おままごととか?それとも何かのゲーム?」
クウカは立ち止まり首を左右に振る。
「殺し合いだよ?」
そう笑顔で答えると、地面を蹴って湊に近付いた。ミルカの溜め込んだジャンプより遅く、近付くクウカの体目掛けて刀を振るう。
パッと見武器は持っているようには見えないし、交わすだろうと思いながら振った刀は、金属のぶつかるような音とともに跳ね返った。
刀が何かにぶつかった際の衝撃で後ろに数歩よろける。
対するクウカは宙を新体操の選手のようにクルクルと回りながら華麗に地面に着地した。
「ねぇ、武器か何か持ってる?」
飛び込んでくる際クウカは何も持ってはいなかった。が、クウカの体を切るその時何かに弾かれた。
尋ねられたクウカは両手を広げ頭の上に上げる。手には何も持ってはいなかった。
「武器は持ってないよ」
笑顔で答える。
「でもね」
ニコッと笑いクウカが両手を握る。街灯に照らされた両手は肌色から光沢のある黒に変色した。
変色した拳を目の前で合わせる。金属と金属のぶつかるような音がする。
「これが私の武器かな、それじゃお姉ちゃん遊ぼうか」
そう言うと湊との距離を一気に詰め近付いてくる。
それを迎撃しようと湊は刀を横に振り切る。がクウカは体を深く沈め、湊の間合いの内側に忍び込んだ。
そしてがら空きの体に右の拳を繰り出す。
何とか威力を下げようと湊は、拳が体を捉えると同じぐらいに後ろに向けて跳ねた。
なんとか直撃は避けれたもののダメージはゼロではなかった。
後ろに跳んだ先で膝を着く羽目になってしまった。
「その硬化があなたの能力?」
立ち上がりながらクウカに尋ねる。
「そうだよ。でもこれはおまけみたいなものだけどね」
「もうひとつ能力があるの?」
笑顔でクウカは頷く。
「お姉ちゃんにお披露目したいけどムラキに使うなって言われてるから使わずに遊ぶね」
ふたたびクウカは地面を蹴り湊に向かって一直線に飛びかかってくる。
今回は潜り込まれないように、さっきよりも下目を斬るようにカタナを振るう。
が、クウカは今回は深く潜らず、刀に当たる寸前地面を蹴り高く飛び跳ねた。
すぐにうえを向き、降ってくるクウカに合わせてカタナを振るう。
振るった刀はミルカの踵とぶつかり、衝撃に任せるままクウカは後ろに飛んで距離を置いた。
「足も硬化できるだね」
「裸足で岩場も走れるよ、それよりもお姉ちゃんさっきから守ってばっかりだけど攻めて来ないの?」
「ん?普段は攻めるけど今日は受けの気分なんだ」
脚がもう言うことを聞かずたっているのが精一杯の状況で攻めるのは殆ど不可能だった。
別段クウカは段違いに強いという訳ではなく、傷さえ治れば何とかなりそうだった。
「なら、わたしが攻めだね!」
ふたたびクウカが迫ってくる、目では終える、傷さえ治れば、その時両手と足の痛みが消えた。
飛び込んでくるクウカの拳をカタナで弾き、その衝撃で後ろに跳ぶクウカを地面を蹴って追いかけた。
強く踏み込んでも痛みはなく、身体が軽くなったような気がした。
そのままクウカに斬り掛かる。
咄嗟にクウカは両手を上げ防ごうとするも、力負けし、防御は崩れ、切っ先がクウカの左顔を切り裂いた。
そのまま後ろに飛び、地面を1度転がってから立ち上がった。
左手で左顔を抑えているようだったが、指の隙間から血が流れ出ていた。
「お姉ちゃん急に攻めてきたね、どうしたの?しかも女の子の顔を斬りつけるなんて…」
刀を握る湊の左手の甲を見てクウカは何故急に攻めてきたかを理解した。
「そうか、ミルカ死んだんだね」
左手の甲に目をやると、数字の9が消えていた。
ミルカが死んだことによってミルカに付けられた傷が治ったということを湊は理解した。
ただ、何故死んだかが分からなかった。わざわざ殺されるところを助けておいて殺したのか?ムラキはどんなやつなんだ?
「ねぇ、ムラキってどんなやつなの?」
「急に何?」
さっきまでの笑顔は消え、笑っていない目が湊の方を向く。
声からは怒りも感じ取れた。
「ミルカをわざわざ助けといて死なすなんて。自殺したの?それとも殺されたの?」
「それを今から死ぬ奴に離す意味はあるの?」
左手を顔から離す。クウカの可愛らしい顔の左半分が血に染っている。左眉の上から左頬を一直線に定規で線でも引いたかのように切れていた。
「許さないよ…能力は使うなって言われたけど、左目の代償位は貰わなきゃだよね」
そう言うとクウカは硬化を解いた状態で近付いて来た。
さっきまでのように一気に近付いてくる様な事はなくわ1歩また1歩とゆっくりと確実に近付いてきていた。
硬化はしておらず無防備なはずなのにさっきよりも身体が近著する。
湊とクウカの距離が段々と縮まる。腕を伸ばせば届く距離まで近付いた時、不意にクウカは手を湊に伸ばした。
その手を刀で切り払おうと一瞬考えたが、何か嫌な予感がした為、何もせず後ろに跳び逃げた。
逃げた湊を追おうとはせずにクウカはその場に立っていた。
「よく逃げる判断をしたね。さっきのは逃げて正解だよ」
「さっきのは一体何?」
「んー秘密次にあったら教えてあげる」
「次って今はどうするの?」
「ムラキから撤退しろって来たから今日は帰るね。次会ったら殺すね」
そう言い残すとクウカは崖の方へと歩いて行き、そのまま崖から飛び降り闇夜に消えた。
しばらくクウカの飛んだ場所を見つめていると、背後から手をパチパチパチと叩く音が聞こえた。
「なんとか一勝ですね」
手を叩いていたのはレイメイだった。
戦闘中たまに視界に入っては来ていたがレイメイは戦闘中ずっと車に持たれて夜空を眺めていた。
「ねぇ、レイメイひとつ聞いていい?」
「なんですか?クウカの能力ですか?」
首を横に振る。クウカの能力は気になるが今はそれよりも気になることがあった。
「クウカみたいな子供も円卓にはなれるの?」
レイメイは頷き答えた。
「なれますよ。円卓は誰かの願いを叶えて契約しますから、クウカのような子供でも円卓に願いを契約を結べば円卓の一員ですよ」
「円卓にクウカの他に子供はいるの?」
レイメイは首を横に振る。
「クウカが円卓の最年少で唯一の子供です」
それを聞いてどこか安心した自分がいるのが情けなかった。紅葉に害なすものは誰であろうと殺す覚悟はあるつもりだったが、クウカの顔を切った時謝りそうな自分がいたのが情けなかった。
ミルカに堂々と宣言しておいて子供を斬るのが辛いだなんて口が裂けても言えない。
クウカをこれ以上傷付けるのは可哀想だから今度戦う時は一撃で殺してあげよう。そうしよう。
「とりあえず家に帰りますか?」
レイメイのその言葉を聞き白虎丸に乗り2人は帰路に着いた。
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