第23話

「私は生まれつき身体能力が異常にありました。小学校では体育の授業で誰かに遅れを取ったことはありませんでした」


雪音に言われた通り湊は1から話し始めた。


「中学校に上がった時でした、部活動に全員参加だったため私は運動部、紅葉は文化部に入りました。私は部活動の中で3年生の先輩よりもいい記録を出してしまい先輩方より嫌がらせを受けるようになりました」


雪音は黙って湊の話を聞いていた。今の所紅葉の処女が奪われる様な事は起こっていなかった。


「部活動の先輩は大会前に私に怪我をさせようと男子の先輩数人を使い私を襲わせました。けれど私はその先輩達返り討ちにしてしまいました」


今の所武勇伝だなと思いながら雪音は聞いていた。


「暴力では私に勝てないと悟った先輩は標的を私から紅葉に変えました」


何かを鮮明に思い出したのか湊は自分の手を、傷が開く程度の力で握っていた。

湊の行動と標的を紅葉に変えた時点で嫌な気しかしなかった。できるならもうここで話を聞くのを辞めたいたさえ思った。


「標的を紅葉に変えた奴らは紅葉を、部活動で立花が怪我をしたから励ましに来て欲しいって誘い出しました」


雪音はただ黙って話を聞いていた。

怒りに身を震わせる湊を今すぐ抱きしめてやりたい気持ちをひたすらに我慢していた。まだその時ではないと思いながら。


「誘い出した紅葉を奴らは車でさらいました。私はその時何も知らずに部活動に励んでいました」


段々と雲行きが怪しくなっていく話を雪音はただ黙って聞いていた。


「紅葉を連れ去った奴らは──」


湊の目から大粒の涙が零れる。1つまた1つと。

我慢できずに雪音は湊を包み込むように抱きしめた。

湊は話すのを中断し雪音の胸元で声にならない声を上げ涙を流した。雪音は何も言わずにただ湊の背中をさするだけだった。

どれだけの時間泣いたのだろう。

湊が落ち着く頃には雪音の服は水でも零したかのように濡れ、湊の目は何かのアレルギー反応かと思うぐらい赤く腫れていた。


「大丈夫?落ち着いた?」


泣き止んだ湊は目元を服で擦る。それでなお目元が赤くなった。


「大丈夫です。落ち着きました」


「何となくわかったから無理はしなくていいよ」


湊から出された情報で雪音は何となく察していた。紅葉の幸せを湊が奪ったと言う意味を。

恐らく連れ去られた先で…考えただけで連れ去った奴らをこの世に存在しないようにしたいと言う気持ちを雪音は何とか我慢していた。

湊は深く息を吸い少し貯めてから全て吐き出し、頬を両手で叩いて目を覚ましていた。


「大丈夫?何となく察したから無理に話さなくても良いよ」


湊は紅く染まった目で優しく雪音を見つめた。


「大丈夫です。涙は枯れましたしここまで話したので最後まで話しますね」


そう言い、続きを話し始めた。


「紅葉を連れ去った奴らを知り合いの不良や大人を呼んで紅葉に暴行を加えました。殴ったり蹴ったり犯したり」


さっきまで話が進むにつれ感情を暴れさせていた湊はたんたんと言葉を続けた。まるで感情が無くなったみたいだった。


「中学1年生の身体にしても小さい身体です。それを何十人もの大人が玩具の様に扱ったそうです。気を失えば目を覚ますまでお腹を殴り、また気を失うまでまわす…そんな風には何時間も扱われたそうです」


胸糞悪い所ではない話をたんたんと湊は話す。

やる気のない町内放送のような抑揚のない声でただ怒起こった出来事を話していた。

その様に雪音は恐怖すら感じていた。それに加え紅葉のされた行為に対し哀しみが溢れそうだった。


「夕方遅くまで部活動をしていた私は帰り際先輩に声をかけられました。いま紅葉はどこにいると思う?って、私は先に帰ったんじゃないですか?と答えました。すると先輩からの答えは言葉ではなく写真でした。携帯の画面に写った1枚の写真。私をそれが何なのか理解した時、気が付けば先輩の胸元を掴んでいました。そしてその場所は何処だ!?と」


「先輩が慌てて答えた場所に向かい私は全力で駆け出しました。今思えば何故教師や警察に先に言わなかった分かりませんが、冷静ではなかったんでしょうね」


まるで他人事のように自分の事を湊は話す。


「道は走らずにその場所に向かって一直線に走りました。他人の家の敷地の中、雑木林等地図上を本当に真っ直ぐに走りました。そして目的に辿り着いて見た光景は今でも忘れません。忘れようがありません」


湊の話を聞く雪音の表情は厳しく怒りと哀しみの入り交じる顔になっていた。それに対し湊は授業を受ける時のような無の何も感じず何も表に出さないような顔をしていた。紅く腫れた目元は段々と元の姿を取り戻そうとしていた。


「信じられますか?大事な幼なじみであり親友である紅葉が、周りの子よりもだいぶ小さい紅葉が大の大人達に囲まれて遊ばれてるんですよ。何十人もの大人に、すると1人の男が私に気が付き、メインターゲットだと理解したんですかね?いきなり金属バットで首裏を殴られました。そこから先はよく覚えていないのですけれど、ふと気がつけば大人達は全員血に海に沈んでいました」


「近くを通った方が何事かと見に来た際に腰を抜かしながら通報したそうです。不良どもが喧嘩を起こしてる。女の子が巻き込まれてるって。直ぐに数台の救急車とパトカーが駆けつけ私達は搬送されました」


湊は話をする際雪音の目を見て話していたが、雪音は目線を逸らし静かに眠る紅葉に視線を移していた。

過去に言葉では表せられないような酷いことをされた上に、円卓のゴタゴタに巻き込まれる紅葉が不憫で仕方がなかった。これまでの強欲の妹の生まれ変わりでもここまで酷い事になる事はなかった。


「搬送先の病院で私は数箇所骨折していることが分かりました。紅葉はそこらじゅう傷だらけでした。その上子供を宿せない体になっていました」


その言葉を聞き雪音は、紅葉の幸せを奪ったと言う言葉の意味を真に理解した。もう既にどうしようも無い傷を追ってはいる上に、紅葉の未来の選択肢を1つ消してしまった事。そしてその原因が湊が部活動で目立ってしまったという事。

そんな業を湊は背負っている。円卓に巻き込まれる以前に既に背負っていたんだ。


「紅葉が目を覚ましたのは入院してから2週間が経った頃でした。私と2人の病室で私が見守る中目を覚ましました。もうずっと目を瞑ったまま目覚めないと心のどこかで思っていたので、目を覚ました瞬間嬉しさと悲しさで涙が止まりませんでした」


「紅葉が目を覚ましてから数日5私は紅葉に別れを告げようとしました。私といれば不幸になるからと」


この言葉を発した時は無表情だった湊もすこしどこか悲しそうな顔になっていた。


「すると紅葉は嫌だって言うんですよ。私は化け物だから一緒にいると紅葉をまた巻き込むかもしれないと伝えました。すると紅葉は泣きながら、湊は化け物じゃないよって、私の友達だよって。友達のために涙を流せる優しい人だよって言うんですよ。今はもう流す涙も枯れましたが」


流す涙は枯れた。その言葉通り湊は悲しそうな顔はするものの目から零れる雫はひとつもなかった。さっき泣いた際に全てを流し尽くしたのだろう。


「その後退院した私と紅葉は地元にいるのに耐えられず2人で紅葉の祖父母の所、この地に来ました。先生には嘘の事を伝えてあったので雪音には真実を話そうかなと」


「なるほどそれでレイメイには聞かれたくないわけなのね」


正直こんな話を赴任してきたばかりの教師に隠すのは当たり前だとおもう。そもそもこんな話思い出したくもない記憶でしかない。それを湊は出会ったばかりの私に話した意図が見えなかった。


「レイメイに嘘の事を話してあるから私には真実を話してくれたみたいだけど、別に私にも嘘の方でも良かったのよ」


湊は視線を紅葉に移し、


「少し聞きたい事がありました。過去の強欲の生まれ変わりにも逃げないために妹が生まれ変わっているそうですけど、過去の生まれ変わり全て何かひどい仕打ちを受けているのですか?」


湊の考えはほとんど正解だった。

生まれ変わった強欲が逃げれないようにするために、強欲の大事にしたい人が妹の生まれ変わりになるようにはなっている。そしてかならずひどい仕打ちを食らう。がここまでひどいのは過去には1度もなかった。

なんなら、契約する前の生まれ変わりの肉体がここまで狂っている事もなかった。

雪音はひとつの仮説を湊に話した。


「正直ここまで肉体のスペックが高い生まれ変わりは見たことないし、ここまで酷い事になる生まれ変わりも見たことがない。もしかしたらだけど、肉体の──」


「肉体の強さで妹の生まれ変わりの味わう仕打ちも決まるって事ですね」


「多分…そう」


「ということは今回は円卓を終わらせる可能性が高いという事ですよね」


「高いのは事実だね。事実過去の生まれ変わりも肉体のスペックが高いほど多くの円卓を倒していたからね」


湊は紅葉の手を強く握った。


「紅葉絶対に救ってみせる。そしてもう一度君に謝るよ。円卓を終わらせて化け物をやめて君のそばにいる」


紅葉の手を離し、湊はその場に立ち上がった。

未だ椅子に座る雪音を見下ろす形にはなっていたが、


「雪音、私は勝つよ。勝って勝って生き残ってこんなクソみたいな連鎖を断ち切る」


今まで見たことの無い顔を湊はしていた。覚悟の決まった顔を、その顔をみて雪音はどこか安心し立ち上がった。


「期待してるよ湊、君がどこまで行けるかどんな結末であれかならず見届ける。だいぶ長いこと話したしそろそろレイメイの所に行こっか」


そう言い眠る紅葉にしばしの別れを告げ2人は部屋を出た。

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