第14話

車から降りてきた男は、今日湊達のいる学校に赴任してきた新任教師だった。

メリドは周りを見渡し紅葉の方を見、続いて目の前の2人に目を移し状況を把握したのか、


「退きなさいミルカ」


と一言呟いた。そう言われたミルカは男の方を向き、両手を開き頭を傾け、気色の悪い笑みを浮かべ


「嫌だと言ったらどうなる?レイメイ」


と、煽るようにミルカが返した。表情は煽っていても、動揺していることは足を通じ湊には伝わっていた。


「退かなかった場合…ですか。そうですねぇ」


その場で考えるように少し俯き顎に手を当て、うーん。と唸った後ゆっくりと顔を上げ、


「とりあえずあなたが明日の朝刊の折込みチラシを見る事は叶いませんね」


と返した。そう返したメリドの瞳には光はなく、全てを吸い付く闇がその目には宿っていた。


「それは困るね、明日の朝刊の折込みチラシは私の気になる商品なんだ。だけどわたしに攻撃していいの?私を攻撃したのならレイメイ、あなたの目的が果たされる可能性は限りなく低くなる筈では?」


「目的が果たされる可能性が低くなったとしても、今この場で2人の命が奪われる事は無くなりますよね?2人が生きてくれてさえ居れば私の目的は叶う可能性が0になることはありません」


そう言い、メリドは2人に近づき始めた。


「どうします?ミルカ?今この場で退場しますか?それとも明日以降退場しますか?」


質問の答えを迫られたミルカは両手を頭上にあげ、首を横に振った。


「今この場では撤退するよ」


そう言い、湊に掴まれている足を細くし湊の手から逃れた。

逃れた足はすぐに元の大きさに戻り地面と接地した時に血溜まりの血が跳ね、湊の顔に降りかかった。

顔に血がつき血に伏している湊を見下ろし、


「退くのは良いが、ここまで追い込み、あと一手で2人の命を奪える状態から退けと言うんだ。それなりの対価がないとおかしくないか?」


メリドは黙って話を聞いていた。

ミルカは気付かぬ間に両手両足とも人間の物に変わっていた。


「私がこの2人の命をお前に譲るとしてお前は何を差し出す?」


メリドはメガネをクイッとあげ、


「今この場であなたの命が尽きる事は無くなる。それだけは約束します」


メリドはそう提案した。


「私の命の保証?」


「ええそうです、今あなたが退いてくれるなら、あなたは死なずに明日を迎えられます」


ミルカからは返事がなく間髪入れずに、


「どうしますか?」


と、メリド歩き近付きながら尋ねた。ミルカは1歩引き下がり、


「分かった。この場は退こう。」


その言葉を聞きメリドは歩みを止め笑顔を浮かべ、


「ありがとうございます」


と会釈をした。


「ただし、こいつの次の相手はわたしだ、他のやつに横取りされるのは困る。明日こいつと再戦をする。それが条件だ」


「いいでしょう」


メリドはその要求を快く飲んだ。


「本当だな?」


「ええ、なんなら誓約書でも書きましょうか?」


「レイメイ、お前を信じるよ」


ミルカはそう言うと、両手を鳥の羽に、足をバッタに変え深く足を折り込み空高く飛び上がった。

飛んだ先で羽をばたつかせ鳥のように飛んでみせた。


「レイメイ約束の事忘れるなよ!」


そう言い残すとミルカは夜の空へと消えていった。


闇夜に消えていくミルカを見送り終えると、メリドは湊の元に歩み寄り、足に目をやり、次に血の海に浮かぶ手に目をやった。怪我の具合を理解するなり、


「大丈夫ですか?手も足も酷い怪我ですね」


そう言うと、出血する足の傷口にハンカチを巻き止血をし、血で赤く染った手をカバンから取り出した天然水で洗い血を落とした。


「とりあえず、バイ菌が入らないよう洗いますね」


「ありがとうございます」


急に現れ、ミルカと話今度は応急手当をしてくれるメリドに湊はどう接すれば良いか分からなかった。

ミルカと話している様子を見る限り知り合いのようだし、もし同じ円卓の仲間ならここで命を助ける理由が見当たらない。

さっきの会話の中で目的が叶うためやらなんやらとあったが、メリドは何を目的として動いているのだろう。

そんな考えをしながら、洗われる左手を見ていた時、ある変化に気が付いた。


左手の甲に現れた謎の模様の数字が変わっていた。

先程までは9が刻まれていたのに今は6に変わっていた。

何故手の甲の数字は変わったのだ?

思い当たる可能性を湊は考えた。先程までの9がミルカの第9席の9だとしたらこの6はメリド先生の数字?

メリド先生が円卓の一員だとするなら、ミルカと話していてもなんら不思議ではないが、円卓の一員だとするなら何故今私達を助ける?

頭で考えているうちに考えるのが嫌になった湊は気が付けば、メリドに言葉を投げかけていた。


「先生…あなたは何者なんですか?」


メリドは洗う手を止め、水だけが湊の手を流れていた。

そのまま水は流れ続け空になったペットボトルを地面に置き、メリドは立ち上がった。


「私は、罪と感情の十一円卓第6席色欲のレイメイ・メリド。色欲のレイメイです」


そう自己紹介をしたレイメイは2本目の天然水を開け再び手を洗い始めた。

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