第11話

茂みから現れたイノシシは鼻息荒く周りを見渡すようにキョロキョロとし、ウロウロと歩き始めた。


イノシシを見つけた湊は背中に冷や汗が流れるのを感じていた。

イノシシは単純にやばいという事を理解していたからだ。

時速50キロものスピードで走り耐久性もかなりやばい。車とぶつかろうもんなら車の方が大破する程度の耐久力。

こっちに向かって走って来ようものなら紅葉が危ない。


「なにか居た?」


まだイノシシに気付いていない紅葉が尋ねる。

目線をイノシシから紅葉の方に向ける。紅葉はさっきよりもしんどくなっているのか、目を瞑り肩で呼吸をしていた。熱もあるのか頬が少し前の赤らんでいた。


「イノシシがね、ちょっとデカいイノシシが居るのよ、なんかずっとウロウロしてるけど。それより紅葉大丈夫?」


紅葉は目を瞑ったまま頷いた。大丈夫?の方の返事だろう。

紅葉のデコを触る明らかに熱くなっている。

紅葉は深呼吸をし少し呼吸を落ち着かせ呟いた。


「そのイノシシって、本当にイノシシ?」


そう言うとまた肩で呼吸を再開した。


「紅葉それってどうゆう意味?」


聞き返すも紅葉からの返事はない。恐らく気を失っているのだろう。早く病院に連れて行かねばならない。

全速力で走れば例え紅葉を抱えたままでもイノシシはなんとか振り切れるはず。

だけどこっちがトップスピードに乗る前に追いつかれると振り切るのも難しくなる。

イノシシがウロウロして遠くの方に行った時に走り去ろうと考え、イノシシの動向を確認する。


イノシシは地面に鼻を近付けその場をウロウロしていたが、湊の視線に気が付いたのか顔をふと上げた。最悪な事に目があってしまった。


イノシシは突進してくる事はなかったが、ゆっくりと湊達がいる方向に歩みを進めていた。


このままでは距離が空くどころかどんどん距離が短くなってしまう。

このまま後手を取ってしまうならここで駆け出した方が勝機がある。そう考えた湊は紅葉を抱き抱えたが、意識のない人間は意識のある状態の時よりも断然抱えにくく、何時もより時間がかかってしまっていた。紅葉を抱っこし走る準備をする頃にはイノシシはかなり近付いて居た。


呼吸を落ち着け大地をけろうとした時、


「どこに行かれるんですか?」


突然何者かに声をかけられた。

周りには誰も居なかったはず、居たのはイノシシのみ。


湊の心臓は走る前なのにバクバク音を立て、鼓動は早くなり落ち着かせた呼吸すらも乱れる。

まさか、そんなはずはない。

なんとか呼吸を落ち着かせようとするも落ち着かずにいたが、恐る恐る振り返る。


そこにはイノシシしかいない。

イノシシとの距離およそ5m。

周りを一瞬見渡すもやはりイノシシしかいない。

幻聴を疑ったが、それは直ぐに幻聴では無いと現実を突きつけられる。


「どこに行かれるんですか?」


その言葉はイノシシから出た言葉だった。

目の前のイノシシの口が開いたと思えば、さっきとおなじ声、同じ台詞をイノシシは吐いた。


「なんで、イノシシが人語を話す…」


湊はパニくる中1番の疑問を投げかけた。

恐らくこのイノシシの正体はあいつだろうと予測は着いているが、その現実を受け入れたくなかった。


イノシシは右前脚を自分の顔の前に出し、


「あぁ、まだこの姿のままだったね」


そう言うと、イノシシは2足歩行になり、首をコキコキと鳴らした。

湊はパニクってはいたが驚きはしなかった。


「意外とイノシシの姿って暖かかったんだけどね」


その言葉を最後にイノシシは足の先から人間の姿に変わっていった。

その様子をただ湊は眺める事しか出来なかった。

イノシシの姿は消え代わりに春華の姿がそこにはあった。


「化け物…」


湊の口から言葉がこぼれる。それを聞き少しムスッとした顔を春華の姿をした奴はした。


「化け物って、イノシシが走るよりも早く山をかけおりるやつの方が化け物だと思うけどね。君こそ本当に人間?」


その言葉が湊の過去の地雷を踏み抜いた。

そのおかげでパニクっていた脳内も体も落ち着きを取り戻すことに成功した。

湊は深呼吸をすると。フフっと笑った。


「私は人間だよ」


春華の化け物は「そっ」とだけ返す。


「あなたこそなんなの?何があって私達に危害を加えるの?」


「え?あいつから何も聞いてないの?」


「あいつ?」


あいつから聞くも何も、あいつが誰かすら分からない。

湊の反応をみて何も知らないという事を理解した春華の姿をした化け物は、


「私は、罪と感情の十一円卓第9席嫉妬のミルカ、ミルカ・ユリンよ」


と、その場で1回転しながら自己紹介をした。

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