第14話 最後の戦いを終えて
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孝弘が最初に取り戻した五感は視覚で、ぼやけてはっきりと映ってなかったが目を覚ました彼が見たのは、ぼんやりと青い空と白い雲だった。異世界から帰ってきた、あの日と同じ空だった。
(身体が重い。全然動かない。俺は生きて、いるのか……? この青空は、天国じゃないよ、な……?)
続いて彼が取り戻したのは聴覚だった。視覚と同じで非常に頼りない。平常時と比較してとても弱々しかった。
(誰かが何か、喋っている……? 何人か、いる……? ダメだ……。何を言っているのか全然聞き取れない……。まさか、死んだ……? やっぱ天国か……?)
孝弘の思考はまとまっておらず混乱していた。
結論からいうと、孝弘は死んではいない。著しい魔力欠乏で重症と同等の状態になっているが生きていたのだ。
ただ、孝弘の状況はあまり良くなかった。最後の一撃は生命力まで使うかどうかギリギリの状態で魔法射撃を行ったものであったし、身体強化術式や鎮痛術式など多重で行使したから彼の身体は限界を越えていた。
彼が気付くのは少し後になるが、何人かの声の正体は彼を発見した兵士や衛生兵に魔法軍医だった。実は、既に数十分ほど懸命な応急処置が行われていたのである。
次に彼に変化が起きたのは、緊急魔力回復処置――高濃度の魔力回復薬を静脈注射する処置のこと。複数の副作用が生じる可能性はあるが、著しい魔力欠乏状態にある能力者の命を救う唯一の方法――が行われてからだった。
(ちょっと身体が軽くなった……? 視界も少しはっきりしたし、声も聞こえやすくなった、ような……?)
この頃になると孝弘の耳にも誰が何を喋っているのか少し分かるようになっていた。
数値が安定し始めて安堵する軍医の声。もうすぐ搬送できる状態になるから車両をいつでも動かせるようにしろと命令する下士官の声。軍医の指示でもう一本魔力回復薬を静脈注射し、目を覚まして……! と祈るような声音で言う看護兵。
(もしかして、緊急魔力回復措置をされている……? ってことは、生きてる? ……間違いない。死んでない。俺は生きてるんだ。ああでも、ちくしょう。身体のあちこちが痛いなあ……。無茶しまくったから、口もほとんど、動かせないし……)
「聞こえますか米原中佐! 聞こえていたら瞬きをしてください!」
(瞬きくらいなら、なんとか……。)
「聞こえているんですね! 良かった!」
孝弘が瞬きをすると、魔法軍医は険しい顔つきを一瞬ゆるませるが、すぐに次にすべき行動に移っていた。
「緊急医療分遣2より若狭コントロールへ! 米原中佐へ緊急魔力回復措置を二度実施した結果、意識レベル改善! 至急輸送ヘリの手配を要請します! ――はぁ!? やかましいわこちとら患者の命がかかっとんのやぞ!! 四の五の言わずにヘリぐらいよこせやオレの首かけてええからとっとと持ってこいアホンダラのクソだわけが!!」
(何があったんだ……? まあ、いいや。生きてるだけで十分すぎるんだから……。でも、ここがどこかだけは、それに水帆は、みんなは……)
軍医がまくしたてるように何かを言っているが、孝弘にはそれがどんな会話なのかまで思考するような余裕はなく、ただ空を眺めるしか出来なかった。
少しすると軍医と兵士達が話を始めた。
「えらい剣幕でしたね……」
「さっきの爆発で今良くても風向き次第で安全がどうとか抜かしやがるからキレたわ。患者優先やろがってな。ただ、ここは着陸するには土地が不安定やからもう少し平坦なところに移動させてほしいって言っとったわ。搬送を手伝ってくれるか?」
「もちろんです久岐魔法少佐」
「悪いな。――米原中佐。もう大丈夫です。安心してください。これから『若狭』にお送りしますからね。大丈夫ですよ」
「あ……、の……」
「!? 中佐、どうされましたか?」
「こ……、こ……、ぁ……」
「ここ、ですか。釧路空港から北東に数キロ地点です」
「そ……、う……。おれ……、生き、て……」
「はい。中佐は生きています。第一の隊員と共に倒れているのを我々が発見し、今こうしています。ですから、もう大丈夫です。『若狭』までご一緒しますから、もうちょっと頑張りましょう」
「う、ん……」
孝弘は兵士が担ぐ担架で運ばれていく。その間も、魔法軍医は孝弘が意識を失わないよう彼に話しかけながら様々な処置をしていた。ヘリの降下予定地点に着くと、まだ当該の機体はいなかったがすぐに久岐少佐に連絡が入る。
「米原中佐、あと二分かからずにヘリは到着します。あと少しですよ」
何度かの無線交信のあと、久岐少佐は孝弘の肩に優しく手を置いて微笑む。
(聞かなきゃ……。水帆が、みんなが……、大丈夫か……。)
「しょ、さ……」
「はい。私です米原中佐」
「み……、たか……、さ……、き……」
「たかさ……。高崎中佐のことですか?」
「…………」
孝弘が小さく頷くと、久岐少佐はすぐに『賢者の瞳』で問い合わせをする。久岐少佐は彼が誰といたかを記録で知っているから、アカネを除くあの場にいた全員を検索していた。
「ご安心ください。高崎中佐、川島中佐、関中佐の三名とも生きてます。七条准将閣下は……、まだ不明となっていますがあの御方です。きっと無事ですよ。私は信じてます」
「そ……、うか……」
水帆と大輝と知花は生きている。孝弘にとってそれは最高の報告だった。四人のうち誰か一人が欠けていてもおかしくない戦いだったから。
璃佳が現時点で生死不明状態なのは残念だが、孝弘も久岐と同じようにあの人なら大丈夫だと思っていた。七条准将が死ぬわけないと。
意識を戻してから聞いた報告に安心したからか、孝弘の意識は少し不安定になる。命を失うかどうかの危険なものではなく、眠りに落ちる前のそれに近いものだった。
「く、きしょう、さ……」
「はい米原中佐」
「かん、しゃする。たすけ、て、くれ、て……」
「お礼は不要です。仕事ですから。中佐が生きている。それだけで十分です」
「う、ん……」
「さあ、ヘリが到着しました。帰りましょう。『若狭』へ。皆が待っていますよ」
孝弘がヘリに搬送されて数分後。彼は再び意識を失った。
目を覚ましたのは、それから五日も後のことだった。
・・Φ・・
孝弘が次に意識を戻した場所は井口市北部にある清秋学院大学附属病院だった。孝弘達四人の母校の大学病院である。国内で屈指の最先端魔法医学に長ける病院であり、軍病院よりずっと最先端の治療が出来るからというのが選ばれた理由だった。もう一つの理由もあるが、それは四人には直接は関係のない話だった。
孝弘達に手配されたのは魔法科病棟の特別個室フロアで、軍の厳重な警備と管理によって著しく立ち入りが制限されていたから、彼等は安心して治療と療養を受けることができた。
以下は四人の経過である。
■米原孝弘中佐
・状況経過
4月29日 意識回復
5月4日 自身で起き上がることが可能になる
5月10日 車椅子での行動が可能になる
・後遺症
①視力の低下(メガネが必要になるが日常生活に支障なし)
②魔力回路に若干の損傷。六ヶ月の作戦に耐えうる法撃使用の禁止。一二ヶ月の全力法撃使用の禁止。
③身体強化系過剰付与による全身衰弱。二ヶ月半のリハビリと最低半年間の療養。
■高崎水帆
・状況経過
4月30日 意識回復
5月6日 自身で起き上がることが可能になる
5月11日 車椅子での行動が可能になる
・後遺症
①聴力の一時的低下。(暫くは補聴器が必要だが回復は可能)
②魔力回路に低度の損傷。九ヶ月の作戦に耐えうる法撃使用の禁止。一五ヶ月の全力法撃使用の禁止。
③限界を超える魔法使用による全身衰弱。二ヶ月半のリハビリと最低七ヶ月の療養。
■川島大輝
・状況経過
4月27日 意識回復
5月4日 自身で起き上がることが可能になる
5月9日 車椅子での行動が可能になる
・後遺症
①視力の一時的低下。(後に日常生活に支障は無くなる)
②魔力回路に若干の損傷。五ヶ月の作戦に耐えうる法撃使用の禁止。一一ヶ月の全力法撃使用の禁止。
③限界を超える魔法使用による全身衰弱。二ヶ月のリハビリと最低五ヶ月半の療養。
■関知花
・状況経過
5月1日 意識回復
5月8日 自身で起き上がることが可能になる
5月13日 車椅子での行動が可能になる
・後遺症
①運動能力の低下。(日常生活に軽度の支障。リハビリで治療可能)
②魔力回路に若干の損傷。一〇ヶ月の作戦に耐えうる法撃使用の禁止。一八ヶ月の全力法撃使用の禁止。
③限界を超える魔法使用による全身衰弱。三ヶ月のリハビリと最低八ヶ月の療養。
このように四人は控えめにいっても重体で、ありのまま伝えるのであれば負傷退役もやむを得ない程の怪我を負っていたから互いに再開した時に抱きしめ合うような感動的なものにはならなかった。否、身体が不自由であったから出来なかった。
ただそれでも、涙を流して生き延びたことを喜び合い、愛する人とこれからも共に生きていける幸せを噛み締めていた。
約束していた結婚式も、今は無理でもいつかは開ける、と。
忘れてはいけない人がもう一人いる。
自身の魔力のほぼ全てを捧げ、孝弘達と共に最後まで戦かった彼らの上官。七条璃佳の特別個室に、孝弘達は車椅子で訪れていた。
・・Φ・・
2037年5月18日
岐阜県井口市北部
清秋学院大学附属病院・七条璃佳の特別個室
「久しぶり、だね。その様子だと、無傷とはいかなかったけど、生き延びたんだね。良かった。うん、本当に、良かっ、た」
「七条准将閣下も、生きておられた聞いたときは安堵しました。助けられた直後は、不明と聞いておりましたので。その、痛々しいご様子ではありますが、こうやってまた会えたのは、とても嬉しく思います」
孝弘が少し辛そうな表情をして言うと、璃佳は左目の上に覆われているものを触りながら苦笑いする。
璃佳の負傷は孝弘達以上のものだった。目を覚ましたのは一〇日前で、自分で起き上がることは出来るが、未だ車椅子で動くことができなかった。二の鍵を開けた代償はそれだけではない。
左目には眼帯がされているがこれは眼球が完全に機能を喪失し摘出する必要があったからで、後日義眼を装着することが決定している。右目の視力もかなり落ちていて片眼鏡がいるようになるとのことだった。魔力回路の損傷は中度で、以前の五割しか実力を出せなくなってしまっている。身体機能の低下も激しく、今の時点では確定していないが半年のリハビリと一年半の療養が必須になるのではないかと言われていた。だがそれでも、璃佳の顔つきは決して暗くはなかった。
「私も、てっきり死んだもの、かと思ってたよ。でもあの時、貴官達もそうだったと、思うけど、高富達が決死の覚悟で、助けに来て、くれたじゃない? あれで私も貴官達も、救われた。絶対、死んでたのが、生きているんだから、片目、くらい安いもん、だよ」
「高富中佐達は命の恩人です。爆風の衝撃で不時着するときも私達をかばってくれたのですから」
「本当、にね。ま、何にせよ、私達は生き残った。それで十分。ああ、でも、アイツがすごい勢いで、やってきたのだけは、大変だったけどね」
肩をすくめる璃佳と、誰が来たのかを察して孝弘達は笑った。
「あー。当然だと思いますよ。死ぬ覚悟で告白してきた相手が生きていたんです。誰だって、なあ」
「私だってそうします。どんな姿だったとしても、生きていたんですから」
「オレもっすね。扉をバーン! ってやりますよ」
「駆け寄って抱きしめるくらいは普通ですね」
「ったく四人とも」
「結婚式、楽しみにしてますからね」
「米原中佐、言うように、なったなぁ? しばらく、待っててよ。君らだって当面は無理でしょ? 戦争が終わったとしても、まずはリハビリなんだから」
「あはは……。ぐうの音も出ませんね」
和やかな話がその後も少し続いたが、ドアがノックされると三〇代半ばくらいの女性医師が入ってきた。
「皆様、にぎやかにお話をされていて我々も微笑ましく思いますが、まもなく面会終了時間となります。七条様はもちろん、米原様方も病人ですので」
「うん。仕方ないね。じゃあ、また、今度」
「はい。また今度に」
彼等はあえてあの後どうなったかを話すことはなかった。お互いあの後初めて対面するから、今日くらいは明るい話だけしておきたかったのだ。どうせ近いうちにこれからのことを話すことになるだろうというのもあったが。
なので最後に、彼等が転移門を破壊してから今まで日本や世界がどうなったのかを記しておこう。
■4月25日
日本を含む全転移門の破壊に成功。これは後日判明したことだがアフリカのポート・エリザベス転移門のみ消失せず残存している。ただし機能は完全に喪失し、ただの大きなオブジェクトとなっている。
■4月26日
世界各地で反転攻勢作戦が開始。日本においては東北地方戦線が五月上旬までに概ね奪還を達成し一五日時点では掃討作戦に移行している。北海道地方の戦線は一五日時点で道北地方南部まで奪還。制圧地域では掃討作戦に移行し、残る道北地方中部以北については作戦は最終局面へ移行している。
■5月19日
東北地方の九九パーセントを奪還。東北方面作戦の勝利宣言が出される。
■5月21日
稚内奪還。
■5月25日
北海道地方の九九パーセントを奪還。北海道方面作戦の勝利宣言が出される。
■5月27日
日本戦線終戦。翌年からこの日が終戦記念日になり祝日となる。
こうして世界は、日本は異世界からの侵略者に勝利した。
異世界を救った英雄達は故郷も救い、二度も世界を救う偉大な英雄となったのである。
物語はもう少しだけ、続く。
■作者追記
この物語もあと残すところエピローグのみとなりました。
エピローグは1月6日(土)に更新予定です。
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