第13話 世界の命運を決める15分(6)
・・13・・
「我が名は空狐『アカネ』。集えよ、集え。我が下僕達よ。そなたらが務めを果たすは、祖国の存亡がかかる大戦たる今ぞ」
アカネは神々しさを感じる凛とした声が言霊を紡ぐと、彼女の前方に突如として大勢の
馬に騎乗して大太刀や薙刀を装備し大鎧を身にまとう格の高い武士から、弓や槍などを装備している比較的軽装な武士まで、その数は約三◯◯◯超。全員が狐の耳と尻尾を持っている。彼ら彼女らはアカネの眷属だった。
残り九◯秒。
アカネは眷属達が揃って目を開けた瞬間に号令を出した。
「皆の者、かかれぇ!!」
『うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
雄叫びを上げた猛者達は、推定一五◯◯◯近くまで膨れ上がりなおも増大する化物達へ吶喊していく。
騎馬軍団は襲歩で駆けゴブリン共を轢き殺しオークを叩き切る。
弓兵部隊は風属性を付与した矢を放ちハウンド系やコボルト種を貫いていく。
歩兵達は騎馬軍団が討ち漏らしたモンスターを倒すだけでなく、素早い身のこなしでオーガを討伐するなどの大立ち回りをする者もいた。
押し込まれかけていた形勢はアカネが率いる武士団によって押し返せるかどうかまで戻すことが出来ていた。
アカネが作った好機を、孝弘達は見逃すはずがなかった。誰もかれも残存魔力は乏しかったが面制圧型の法撃を放つ余裕がある者は一発、二発と撃ち込んだし、限界ギリギリまで魔力を消費して一体でも多くのモンスターを倒そうとした。
その最たる例が、水帆と知花だった。
二人はAR画面に映る残存魔力の数値をちらりと見ると、死にはしないが意識を失うかどうかのラインで使える魔法とその発数を決める。
彼女達が選んだのは初級魔法を大量に撃ち込む。であった。
「
「
二人が撃った法撃は計九◯◯発。大量に放たれた火球と光の弾が多数のモンスターに命中し、一時的にだが敵の戦線に穴が開いた。
法撃が思惑通り当たったのを目視した水帆と知花は、全身から力が抜けその場に倒れ込んでしまった。意識こそあるものの、立ち上がるのすら困難だった。
「今が好機ぞ!!
水帆と知花が作り出した戦線の穴へ狐の武士軍団は突撃し食い破っていく。
仲間が倒れようとも、食われようとも彼らは、彼女らは攻撃の手を緩めることはなく、むしろよりいっそう激しさを増していった。
残り三五秒。
いよいよ形勢は逆転し、日本軍側が押し戻すまでになる。
(儂の武士団とて彼奴らの尋常ならざる数の前では長くは持つまい。じゃが、それでも構わん。あとたった、三◯秒。機械仕掛けの羽達はもうすぐ来るじゃろうからな。)
アカネの思っていたとおり、数秒後に孝弘達に無線通信が届いた。
『こちらデリバー1、注文の品を現在速達中! まもなく空域に到達する!』
「SA1よりデリバー1へ。セブンスが交信不可状態で副官が緊急魔力維持を行っているため、私が交信を担当する」
『SA1、了解。ギリギリの状態のようだな……。間に合ってよかった。一発勝負で必ず成功させる』
「頼んだ。正直、次がもう無くてね……」
『なら尚更、失敗は許されないな。やってみせるさ」
「感謝する」
孝弘は手短に無線を終えると、最終局面の際に邪魔になる全身の痛みをごまかすために再び鎮痛術式を付与する。これ以上の重ねがけは後遺症が出かねないが、唯一立っているSランク能力者はもう自分しかいないのだから、そんなことは知ったことではなかった。
待望の味方が現れる。誘導弾型マト弾を抱えた戦闘機二機と護衛の有人戦闘機一個飛行隊に無人戦闘機二個飛行隊が釧路空港の南付近まで侵入し、護衛の戦闘機部隊は露払いとして十分に役割を果たしていた。
(誘導弾型マト弾は間に合わせの兵器だから射程距離も最近のミサイルの中ではかなり短い。万全を期すために彼我の距離が一〇キロを切ってやっと撃てるシロモノ。頼む。上手くいってくれ……!)
彼はレーダーに映る友軍機の位置をちらりと見つつ、呼吸を整える。狐の武士団が押し込んでいるから、幸い孝弘の近くに敵はいない。何かあってもすぐに対処出来そうではあった。
彼の祈りは届いたのか、無人戦闘機がドラゴンによって三機ほど落とされたが護衛の有人戦闘機部隊がミサイルを一斉に発射する。それらは数少なく残っていたドラゴンを落とし、阿寒空域に一瞬ながら隙が生まれた。
いよいよ誘導弾型マト弾を搭載した戦闘機のうちの一機が阿寒空域へ入った。
(デリバー2、ゲートロックオン! FOX1!!)
誘導弾マト弾が戦闘機から放たれた。大規模建造物に匹敵する幅と高さを持つ転移門だから外すことは滅多にない。ほぼ確実に当たる。
破壊されなければ。だが。
ミサイルが転移門まであと三五〇〇メートルまで迫った時であった。突然、孝弘の『賢者の瞳』が警告を発した。
『警告。光属性光線系。射出、今』
「なっっっっ!?!?」
日本軍部隊将兵の願いも虚しく、誘導弾型マト弾は一筋の太い光線によって蒸発した。希望の槍を消し飛ばした正体は、孝弘の立つ場所から四一五◯メートル先にいる、多少の非魔法攻撃では魔法障壁で防ぐか法撃で迎撃してしまう虚ろ目のエンザリアだった。
『クソッッッタレが!!!! どうしてこんな時に虚ろ目の野郎が!!!!』
デリバー2の悲鳴に近い罵声が響く。
『デリバー1、発射態勢へ移る。全機カバーしてくれ」
デリバー1の震える声が耳に入る。導弾型マト弾は一発しかない。
孝弘は神に祈るような気持ちで空を見つめ、『二二式対物魔法ライフル』の残弾数を確認する。
残弾表示に出されている数字はあと一発だった。
(対物ライフルが壊れても構わない出力で、やるしか、ないよな。)
孝弘は『賢者の瞳』と対物魔法ライフルの大型電子スコープをリンクさせて、伏せ撃ちの体勢を取った。四一五◯メートルは立った姿勢で当てられるような距離ではないからだ。
射撃姿勢に気付いたアカネは敵を一匹たりとも近づけさせまいと孝弘の周囲に十数人の護衛をつけたことも、彼は感じていない。一点のみの集中。全てを目標である虚ろ目のエンザリアに向ける。
悪い事態はさらに続く。『賢者の瞳』が残酷な現実を突きつけた。
『警告。虚ろ目のエンザリア、法撃準備。光属性光線系。射出まで一〇秒』
たった一〇秒。残された弾丸はわずかに一発。
無人戦闘機が自爆攻撃を仕掛けようとするが、距離と速度からして間に合いそうにない。
護衛の有人戦闘機部隊は、光線系術式の前では無意味に等しいと分かっていてもデリバー1がミサイルを発射できるよう決死のカバーに入る。
デリバー1のパイロットは神に祈った。どうか、この誘導弾が転移門に届きますようにと。任務を果たし、世界を救えますようにと。
世界の命運が決まるまであと一〇秒。
孝弘は無音の世界にいた。
(全てを眼前の敵に注げ。針に糸を通すように。確実にヤツを射殺せ。)
『射撃対象の一次ロックを完了。続けて、二次ロックフェーズへ移行』
(俺は空気だ。全てを見渡せる。必ず射抜ける。俺ならやれる。絶対、やる。)
『気候、重力、自転等の要素を計算中。弾丸に風属性貫通型・加速型付与を確認』
(一度は世界を救ったんだ。二度目だって出来る。)
『二次ロックを完了。対象、ロックオン』
(そうだ。一度救ったんだ。だから今度は故郷を、この世界を、救ってみせる!)
「当たれええええええぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェ!!!!!!」
世界の命運を決める一発が銃口から放たれた。
距離にして四一五◯メートル先にいた虚ろ目のエンザリアは、まさか自分が四キロ以上向こうから攻撃されると思っていなかったのだろう。反応が遅れた。それが致命傷だった。
孝弘が撃った渾身の魔弾は魔法障壁を容易く破壊し、コンマ数秒の後には堕ちた天使の額を貫通。虚ろ目のエンザリアは脳漿と肉片と血液を撒き散らして吹き飛んだ。即死だった。
『虚ろ目のエンザリア撃破』
『デリバー1、FOX1!!』
二発目の誘導弾型マト弾が発射された。今度は誰も邪魔するものはいなかった。亜音速のミサイルは転移門のド真ん中に命中し、転移門の異空間はミサイルを飲み込んだ。
数秒後。転移門に異変が起きた。転移門の上部構造物が吹き飛び、扉の先の空間が歪み始めたのだ。それは、ミサイルが異世界で現界して起爆し転移門の装置を破壊した何よりの証拠だった。
作戦は成功したのだ。
(や、った……。上手く、いった……。)
孝弘はそれを自らの目で確認すると、その場に倒れる。魔力をほぼ使い果たしたから、もう一歩も動けそうになかった。
転移門はまもなく崩壊する。彼等は世界を救ったのだ。
だがしかし。『賢者の瞳』は新たな、残酷なカウントダウンを告げる。
『転移門消失による大爆発まで、あと九〇秒』
銚子転移門が消失したときに大爆発を起こしたように、釧路転移門も同様の末路をたどろうとしていた。
残り九〇秒は、本来なら楽々と離脱可能な残余時間だった。だが、今地上で倒れている者達は満身創痍で、もうフェアルで空を飛ぶことは出来なかった。
残っていたのは孝弘達四人と、璃佳とアカネの六人だけ。熊川は璃佳からの厳命で全部隊の指揮を彼女から委任されていたからこの場にはいなかった。
残りの隊員達はフェアルでかろうじて飛べるものは飛べないものを運んで急速離脱するか、地上からの安全域への脱出に時間がかかる者はアカネの武士団がせめて山が背になる地点まではと大急ぎで運んでいった。
「すまんの。璃佳。あれだけの人数を運び、残った化物共がお主の部下達を襲わんため手勢を残そうとすると、こうするほかなかった……」
「…………」
璃佳は首を動かせず、だが瞳の揺れで返事をした。
「聞こえてはいても、答えられぬか。まあ、そうよな。止むを得まい。璃佳も、異世界を救い、地球を救った英雄達も」
アカネが言ったように、六人には最早立ち上がる力すら、這いずる力すらも無かった。
「ならば、最期のときまで共にあろう。さあ、皆の衆。英雄達を見送るぞ」
アカネとキツネの武士団達は、命が散るその瞬間まで彼らを、彼女らを守ろうと未だ残るモンスター達へ立ち向かう。
『大爆発まで、あと七○秒』
(ダメだ……。全然動けない……。これは、詰みだな……。せめて、せめて、大輝や知花の、なにより、結婚式が叶わないから水帆の隣で死にたかったのに……)
孝弘は僅かに視線を動かす。その先には水帆がいるが、視界がぼやけていてよく見えない。けれども、孝弘は水帆が微笑んでいると感じた。だから彼もほんの少しだけ動いた表情筋で笑みをつくる。
『大爆発まであと五五秒』
手を伸ばしたいが指先しか動かない。
脚を動かしたいが、鉛みたいに重くとても動かせそうにない。
意識すらも途切れそうになっていた。
世界は救えた。救えたはずだ。転移門が爆ぜるのだから。
だけど。だけれども。
水帆と。大切な人と、もっと過したかった。結婚式を挙げて、いつかは子供が産まれて、幸せな家庭を作りたかった。
二度も世界を救った英雄とかそんなのはどうでも良くて、ただ普通の夫婦で、普通の親子として暮らしたかった。
遠くからいくつかのフェアルの音が聞こえたような気がする。死ぬ間際に聞こえるお迎えの音がフェアルだなんて、少し戦争に浸かりすぎたかもしれないな。
ああ、まずい。そろそろ意識を失いそうだ。まあ痛みを感じずに死ねるならまだマシか。
けど。やっぱり。
「あ、あ……。ちく、しょう。まだ、生きて、いたかっ、た、なぁ……」
孝弘が意識を失う直前、何かに抱かれてふわりと身体が浮いた気がした。
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