第15話 シュレイダーの置き土産

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 孝弘達が閉じ込められた黒いとばり。それは最悪の事態を想定したエイトールが考案し、高位能力者でもあるシュレイダーが自身の命を引き換えにして繰り出される切り札であった。彼らは驚くべきことに、可能性は著しく低いとながらも日本軍が精鋭部隊を送り自分達を奇襲する際の対策まで練っていたのである。

 常識的な観点から結界魔法は複数の魔法能力者が力を合わせ行う術式だが、高位能力者であれば相応の魔力を注げば単独発動が可能である。皇居前で一度孝弘や大輝達が閉じ込められた結界がこれにあたる。

 なおこの術式は他の魔法と同様に注ぐ魔力で威力――結界魔法の場合は強度――が変わり、魔力と威力は比例する。シュレイダーが注いだ魔力は自身の生命力をも変換したもので、単純比較が難しいものの皇居前のそれを上回る強度を誇っており、並大抵の能力者だと内側からの破壊は不可能で、外側にしても同様である。

 孝弘達は最精鋭の部類ではあるが黒い帳の強度が皇居の時以上と知る訳もなく、彼等が結界魔法によってレーダーロストした事をキャッチした璃佳達もまた同じであった。

 それだけではない。シュレイダーの置き土産の一つが彼女達に迫りつつあった。


 ・・Φ・・

「古川市西部郊外作戦区域に結界魔法が出現!! 結界範囲は直径四キロ!! SA小隊オールレーダーロスト!! 通信途絶!!」


「ちくしょうやられた!! あいつら奥の手を隠してたなんて!!」


 突然の事態に璃佳は拳を握ってテーブルを強く叩く。奇襲に対して敵が切り札を持っていると想定出来なかった自分が恨めしい。こんな情報が無かったのだから己を責めても仕方ないのだが、それでも孝弘達を封じられたのは旅団戦闘団だけでなく日本軍全体にとって痛手となってしまっていた。


「結界魔法の強度判明!! 皇居前に出現した同タイプと比較して約二倍から三倍です」


「ってことは.......」


「魔法であれば戦術級を叩き込む必要がありますが、それで破壊できるかは不明です。なお威力が過剰だった場合、結界は壊せても中にいる米原中佐達SAの生存は保証できません.......」


「クソっ.......! すぐに救出部隊を編成し――」


「准将閣下!! 当該地域周辺にCT出現です!! 数は一個大隊規模!! エンザリアCTも少数ながら確認!!」


「帝国のクソ野郎共が.......! 救出部隊を一個中隊規模で即時編成。小隊単位でピックアップ! 今! すぐに!」


「この状況でですか!?」


「抜けた分の穴埋めは私が上級司令部に掛け合うから!」


「りょ、了解!!」


 いつもは冷静沈着な璃佳達が極度に焦るのも仕方ないことだった。

 万が一Sランク四人以外にもA+ランクやAランクで構成されている特務小隊全員が戦死して喪失となった場合、その損害は日本軍にとって計り知れないものになる。是が非でも最悪の事態は防がねばならなかった。


「一○一魔法旅団戦闘団長より方面軍HQへ。美濃部閣下へ繋いで」


『了解しました。すぐ繋ぎます』


『美濃部よ』


「美濃部閣下、一○一から選抜してのSA小隊救出部隊編成を具申します。許可を頂きたく」


『一○一から選抜しての救出部隊編成は許可出来ないわ。仙台の戦線から皇居以上の強度を持つ結界魔法を破壊可能な人員を引き抜いた場合、すぐに代替の人員を手配出来ない。こちらで問い合わせるから待ちなさい』


「し、しかし.......!!」


『いいから。落ち着きなさいな、七条准将』


「..............イエッサー」


 今すぐにでも助け出したい。叶うならば自分が出撃したい気持ちを抑え、璃佳は美濃部からの通信を待った。たったの一分、二分がずっと長く感じられた。


『七条准将、志願した部隊があったわ。無線を繋ぐわよ』


「は、はっ?」


『ウェストウィザードよりセブンスへ。SA小隊の救出作戦はわたし達が担当します』


「ウェストウィザード.......、今川大佐?! 石巻方面は大丈夫なの?!」


『向かうのは私を含め二五人で、穴埋めは海軍がしてくれるようです。それに、あそこにはわたし達の命の恩人がいます。見捨てるなんて到底出来ません』


「ありがとう.......!! 感謝する、ウェストウィザード!!」


『今こそ恩返しの時ですから』


「分かった。彼等を頼んだよ.......!」


『了解』


『というわけよ、七条准将。部下達が心配なのは分かるけど、水を飲んで深呼吸したら、貴官が今成すべきこと成してちょうだい』


『はっ。閣下とウェストウィザードに最大限の感謝を』


『いいのよ。今川大佐のように思う人は、ここには沢山いるもの』


 今川の動きは早かった。三分も経たない内に救出部隊は編成され、彼女達は古川方面へと向かっていった。

 これでようやく冷静な思考を取り戻せる。

 璃佳はそう思っていた。

 しかし一難去ってまた一難とはよくいったもので、このタイミングでシュレイダーの置き土産が彼女等に襲いかかる。


『第一機動艦隊より戦域全体へ緊急通報!! 北方よりドラゴンが出現!! 繰り返す!! 北方よりドラゴン出現!! 数は、約五○○!!』

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