第4話 愚かな勇者は踊らされ

 ・・4・・

「..............山岸。要求は何だ?」


 孝弘は銃口を向けたまま山岸を睨む。おおげさならくらい、悔しさを滲ませた様子で。


「あァん? 急に素直になったじゃないか。傲慢ごうまんな英雄様に心境の変化でもあったのかァ?」


「人質を取られてしまっちゃ、俺だって反撃出来ないに決まってるだろ。ましてお前はA+ランクだ。生半可な手段じゃ部下がやられる」


「はははははっ!! 殊勝しゅしょうな心がけじゃんか!! いいねぇ、悪くない選択だ」


 孝弘の演技とその発言に山岸は満足したのか、にちゃりとした笑みを浮かべた。

 要求かぁ、どうしようなぁ。なにがいいだろうなぁ。と随分と余裕を見せている。


(いいぞ。そのままダラダラ喋っててくれ。)


 孝弘は山岸の自尊心を満たすための演技を続けつつも、裏では準備を整え始めていた。声では露見する可能性があるからと、賢者の瞳のAR画面にホログラムフォンにもあるようなテンキーを表示させ、視線誘導式で文字を打っていたのだ。


『SA4、配置についたら光属性光線術式で対象の魔法剣を吹きとばせ。最悪腕を飛ばしても構わない』


『SA8、SA3の法撃後に四肢拘束術式起動。対象の自由を奪え』


 孝弘が文字通信を送った相手は知花と宏光だった。彼が何を意図しているか理解した二人は山岸に悟られないよう、しかしすぐさま動き始めた。

 その間にも孝弘と山岸の会話は続く。


「ああ、そうだ。ここでも言ってみたかった事があんだよ」


「何だ。言ってみろ」


「あぁ?? 態度がでかいなぁ?」


「.......要求は何だ」


「ったく傲慢極まるなあ。.......まぁいいや。米原、高崎。武器を地面に置け。ああそれと周りの連中もだ。すぐに拾える距離に置くんじゃねえぞ」


「分かった。各員、武器を地面に置け」


 孝弘は通信で周りにいる将兵に小銃や魔法杖を地面に置くよう命令を出すと、彼等は渋々武器を手から離した。孝弘は二丁拳銃を。水帆も魔法杖を地面に置いた。


「よぉし。次に全員、両手を頭に」


「各員、両手を頭に」


 孝弘と水帆含め、周りにいた全員が頭を手に置く。山岸はその様を眺めて満足気に頷いた。


「いいねぇいいねぇ。滑稽だなぁ! ――さぁ次だ。囲んでる連中、地上は一〇〇〇メートル以内に近づけさせるな。空域から離れさせろ」


「分かった。各員へ。距離一〇〇〇以上から離れろ。航空部隊は有視界から離脱」


『..............了解です』


「すまない」


 孝弘は航空部隊を有視界から離脱させ、フェアル部隊も着陸させるよう指示を出した。第一戦線総司令部からは『やり取りは聞いたわ。貴方に任せる。頼んだわよ』と美濃部から文字通信が届いていた。孝弘は視線誘導式で『任務完遂します。万が一の際は頼みます』とだけ送る。


『一一〇〇からなら余裕だよ』


『拘束術式準備完了です』


 知花と宏光から届けられた文章を確認すると、孝弘は会話を続けた。


「要求はまだあるか?」


「そうだなァ。元々は米原と高崎、お前ら二人を殺すつもりだったけど、そこの女に邪魔されたしなぁ.......。それ、寄越せよ」


「は.......?」


 山岸はとんでもない事を言い出した。長浜を寄越せというのだ。それはつまり怪我人を人質に取るということ。外道極まりないが、交渉の際として手札にもう一枚加えること自体は悪くは無い選択だった。


「いいから寄越せって。たぶんだけど、セレネはしくじったっぽいしな。彼女にしちゃ遅すぎる。まぁ、彼女でも失敗することはあるんだ。それは仕方ないし、責められない。僕も失敗したようなもんだしな」


 孝弘はつい感心してしまった。どうやら自身が置かれている状態を理解する程度の頭だけは残っているらしい。その後どうするつもりなのかまでは分からないが。

 だが、この条件だけは易々と飲む訳にはいかなかった。飲めるはずがなかった。


「なぁーんですぐ寄越せねえんだって。手負いだけど死にゃしねえだろ。感覚で分かるって」


「長浜中佐を引き渡してどうするつもりだ」


「んなこと、どーでもいいだろ! いいから寄越せっつてんの!!」


 山岸が苛立ちの声を上げると、無線通信の先から殺気立った声が聞こえてきた。長浜率いる第三大隊の隊員達だった。

 山岸が長浜を人質にしようとしているのだ。当然の反応だろう。


「長浜中佐は怪我人だ。早急に治療をする必要がある」


「はぁぁぁ!? 要求が飲めねぇっていうのか!?!?」


「ああ。だが、代わりに俺はどうだ。殺害目標だったんだろう?」


「ちょっと孝弘?!」


「はぁ? お前がぁ?」


 水帆が驚愕するが演技である。対して山岸は突然の提案にきょとんとした。


「そう、俺だ。自分で言うのはおこがましいが、破格の条件じゃないか?」


『セブンスからSA1。許可するけど、無線を取る際にインカムを一回叩け。了解と解釈する。SA3、8への命令は私が出す』


 璃佳から文字通信が届いた。孝弘はインカムを一回叩くと、璃佳から瞬時に『あとは任せなさい』と返信があった。

 孝弘はインカムを外して地面に捨てる。


「インカムは取った。どうだ?」


「お、おお。そうだな.......。っと待った。魔法障壁は全部解除しろよ。あと、軍のシステムだっか。そいつを切れ。今すぐ、ここで」


「.......分かった。『賢者の瞳』、システムオフ」


『システムオフ。即時待機モードへ移行』


 軍に深く関わっていない山岸が知らない事だが、賢者の瞳にはオールオフとシステムオフの二つのオフが存在している。孝弘が選択したのはシステムオフ。即起動が可能なモードだった。


「これでいいだろう」


「ああ、いいぞぉ。それでいい。たまんねぇなぁ。傲慢な英雄様が自ら人質になってくれるなんてよぉ」


 山岸の表情が愉悦へと変わっていく。至福の時のような様子に孝弘はつい腹が立ち舌打ちをしそうになったが、表面では冷静を装い続けた。


「米原中佐、申し訳ないっす.......」


「いえ。元はと言えば俺のせいです。自身でケツを拭きますから」


「..............ごめん」


 山岸の攻撃を受けて賢者の瞳が故障したからなのか。やや深手の怪我で余裕が無いからか。長浜は孝弘に謝罪をするが孝弘がウィンクをしながら言い、彼女のそばにいる兵士が小声の一言で状況を伝えると、長浜は納得したのかごめんと言いつつ顔を歪めながらも口角だけ曲げて微笑んだ。


「お別れの挨拶はいいかぁ? そいつのお陰で英雄様は助かってんだ。感謝しとけよォ?」


「もう大丈夫だ。そちらへ向かう」


「ゆっくり歩いて来いよ? 変な気、起こすんじゃねえぞ? まとめて吹っ飛ばしてやるからな?」


 孝弘は頷くと一歩、また一歩と山岸の方へと近づく。彼我の距離は三〇メートル。

 二八メートル、二五メートル。徐々に、徐々に歩を進める孝弘。周りからは山岸に対して罵声が送られるが、山岸は微塵も気にした様子はなく、むしろ益々愉悦心を満たしていっていた。

 二〇メートルを切った、その時だった。


『撃て』


 大きな罵声で聞こえなかったのが幸いしたか、知花の法撃は突然のようにみえた。

 璃佳の命令が発せられた直後に彼女が行使したのは、射程延長・威力集中・射速向上と複数の術式が織り込まれた光属性光線術式。法撃は距離一一〇〇から凄まじい速さで山岸に迫り、彼の魔法障壁を全破壊すると、山岸の右手諸共魔法剣を吹き飛ばした。当然展開されていた魔法短剣は消失する。


「ああああぁぁ!?!? だぁぁがぁぁぁぁ!?!?」


 右手首の真ん中から先を法撃で失った山岸を猛烈な痛覚が襲い、叫び声を上げる。だが、これだけでは終わらない。


『呪いの箱は、自由を奪う。『呪箱カースボックス四肢施錠リムロック』』


 山岸の眼前に現れたのは漆黒の箱が四つ。それは彼の四肢を拘束し、見た目以上の質量が彼にかかりその場に転倒させる。もう山岸は身動きを取ることも出来なかった。


「ああああああああぁぁぁ!!!! いだい!! いだぁいぃぃぃぃ!!!!」


 転げ回ることも出来ず泣き叫ぶ山岸を孝弘が、水帆が、この場にいる誰もが冷ややかな視線を送っていた。山岸にそれらを気にする余裕はなく、ただひたすらに情けない声を上げ続けることしか出来なかった。

 山岸を無力化したことで周りからは安堵の息が伝わってくる。ある兵士が孝弘に駆け寄り、二丁の魔法拳銃とインカムを持ってきた。さらに水帆もすぐ彼のもとにやってきた。


「お疲れ様、孝弘」


「水帆もお疲れ様。アレはいい演技だったよ」


「自然な驚きっぷりだったでしょう? さてさて、流石にもう終わりかしらね」


「ああ、たぶんな。一件落着だろう。ただ前線では夜なのに攻勢が始まりしかも強まってるらしい。この件に呼応してだろう。そっちの対処もしなきゃな.......」


 山岸をどうにかする為に集中していたが孝弘や水帆は前線で何が起きていたかを知らないわけがなかった。璃佳や孝弘達への奇襲に合わせて、角田盆地方面の最前線では夜にも関わらず神聖帝国軍が攻撃を始めたのである。

 孝弘と水帆は互いを労い合うと、一秒でも早く攻勢への対処に移りたいこともあって視線を山岸の方へ向けた。


「ひぎぃいぃ、いだ、いだ、いだぃい.......。ぢぐじょぉ.......」


「コレ、とても意思疎通出来なさそうね」


「さっささと引き渡そう。昏睡術式をかけて黙らせた方がいい」


「賛成。――そ」


 そうしましょう。水帆が言いかけた時だった。


「だず、だずげで.......、たずげてセレネェェェ.......!」


 涙と鼻水と涎を垂らし、股間を濡らしながら、懇願するような声音で山岸が喚く。

 水帆が汚らしい。と見下した目線を送るのと、山岸のコートのポケットが光るのは同じタイミングだった。


「せれ、セレネの、おまもり.......?」


「はぁ? おまもりですって?」


「お守りって、この期に及んで.......。いや待てマズイッッ!! 爆ぜるぞ!!」


『警告。高密度魔力暴走反応。爆発まで推定五秒』


 起動状態に戻した賢者の瞳が警告を発する。魔力暴走による爆発。それは手榴弾と同サイズの魔石だとすると手榴弾を遥かに上回る威力を生じさせる。ポケットの光り方からして、大きさは大したことは無い。しかし賢者の瞳が高密度というのだから数メートルまで近付いている現状で緊急回避行動を取らなければ死は避けられない。


「総員緊急回避!! 魔法障壁最大展開!!」


「ばくはづ!? なんで!! セレネ!! セレネ!! ぜれねぇぇぇ!!!!」


 身体強化魔法を継続したままで良かったと孝弘は心底思いながら、孝弘は全力でバックステップを行う。魔法障壁は四、五枚張れればいい方だろうか。山岸に解除しろと言われたのがここに来て裏目に出るとは思わなかったな。彼の思考はどこか冷静だったが、反面焦りも伴っていた。

 この様子じゃ重傷まではいかなくとも軽傷は避けられないかもな.......。孝弘は心中で思う。

 賢者の瞳が無情にもカウントを続け二、一と聞こえる。


「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 水帆が孝弘の傍らに来るのと、山岸が断末魔を上げた瞬間、彼を爆心地として大爆発が巻き起こった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る