第3話 夜襲は一人だけでなく
・・3・・
打ち合わせをしていた孝弘、水帆、長浜にとってそれは突然の出来事だった。
彼等がいたのが山に近い大天幕で、ギリギリまで気配の察知が出来なかった事も大いに影響しただろう。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!!」
憎悪に満ちた叫び声が聞こえた瞬間。三人がいた天幕を突き破って現れたのは、魔法剣を構えて見敵必殺と言わんばかりに顔を歪ませいた青年だった。
視線の先は孝弘。後方にいた事もあってこの時誰も魔法障壁を展開していなかったが、咄嗟に三人は障壁の緊急展開を行使する。しかし、たった一秒に満たぬ時間ではせいぜい二枚の顕現が限界である。
孝弘が狙われているのは水帆と長浜の二人共が気づいていた。ところが、水帆は間に合わない距離にいた。夜で冷えてきたからと暖かい飲み物を作っていて、彼から数メートル離れていたからだ。
対して長浜は孝弘の隣にいた。彼女は孝弘を突き飛ばし、庇う姿勢を取った。魔法障壁二枚では防ぎきれない。長浜は身体を後ろに反らして少しでも剣先がズレるようにした。
確かにそれは幸を奏した結果となる。
魔法障壁は二枚とも割れた。守るのは防刃・防弾仕様の第三種戦闘用軍服。切先は下から振り上げられるが腕部切断には至らず、しかし軍服を破って肉を抉った。
「ぐぅぅぅぅ!!!!」
「お前じゃねえけど、吹っ飛べぇぇぇ!!」
「あがぁぁ?!?!」
青年は致命傷に至らない上に目標と違う相手を斬ることになり怒りを滲ませたが、次の行動が早かった。長浜が仰け反り無防備になった所へ魔法剣の刃先と逆の部分を使って彼女を吹き飛ばした。
青年は長浜が吹き飛んだ姿を確認しながら追いかけるように突き進む。動きが早い。高度な身体強化魔法を付与している証拠だ。
魔法剣の鋒が光る。何らかの法撃を行使しようとしている証拠だ。
「させるかッッ!!」
「させないわよ!!」
孝弘と水帆はすぐさま対処行動に移る。特に庇われた自覚の強い孝弘の反撃が早かった。魔法拳銃を二丁ともホルスターから取り出すと、詠唱を極限まで短縮化出来る無属性弾を青年に向けて連射する。
「邪魔するなぁぁぁ!!」
「ちぃ!! 水帆っ!!」
「分かってるわよっっ!!」
孝弘が青年に送り込んだ数発の弾丸は魔法障壁に阻まれるか、魔法剣で切り伏せられる。いくら射撃速度優先で威力の弱い無属性弾とはいえそれを叩き切るなど、この時点で敵は手練確定だ。孝弘はすぐさま青年を追いかける体勢をとり、背後の水帆に追撃の指示を出す。
水帆は既に極短縮詠唱で炎属性の炎球を展開。青年に向けて発射する。
「うっとおしいなぁ!!」
「何が鬱陶しいって?」
「おいおいマジマジ!?」
水帆の法撃は命中した――これが璃佳が耳にした爆発音の正体だった――が威力が足らず青年の魔法障壁全破壊に留まる。だがそこへ孝弘のさらなる攻撃が加えられた。四発の弾丸が放たれる。しかしこれを青年は魔法剣で防ぎ、あと一発はかわしきれないと見たか避けてみせた。それを見逃さなかった孝弘は青年の胴体目掛けて回転蹴りをしてみせるが、青年は器用なことにバック宙をして避けてみせた。
「BTL3のカバー!! 早く!!」
「は、はっ!!」
孝弘は青年を仕留めきれなかった事に思わず舌打ちするが今は負傷確実の長浜を庇うことが優先だ。近場にいた兵士へ大声で長浜の保護を命じると、長浜が倒れ込んだ直後にすぐそばにいた魔法軍兵が素早い判断で彼女の眼前に立ち、さらに近くにいた数人が囲むようにして壁を作る。もちろん内一人は長浜を仰向けにして上半身を抱きかかえ、怪我の様子を見始めていた。
青年はというと、バック宙の途中から詠唱を始め、みるみるうちに彼の周辺には円陣の形に魔力で作り出された短剣が顕現されてゆく。着地した頃にはそれが三段構えでそれが完成されてしまっていた。
孝弘と水帆、近くにいた数人の兵士は杖や銃を構えるが攻撃できない。魔力生成短剣が放たれればどうなるか分かりきっていたからだ。
「くはははは!! ははははははっっ!! そうだよなぁ!? 攻撃なんて出来るわけないよなあ!?」
「くっ.......!!」
孝弘は銃口を向けたまま、銃弾を青年へ送れない。送ったが最後で、魔法短剣が全周に発射されるからだ。自分や水帆はともかく、彼から見て十時方向から二時方向にいる兵士達は発射されれば即死だろう。人質を取られた格好になってしまったのである。
『こちらセブンス!! 何があった!! 応答しろ!!』
「こちらSA1。申し訳ありません。奇襲を受けました。エネミーはマルトク。山岸です」
『ああもう!! クソ勇者のあいつもおでましかよ?!』
「魔法短剣を全周三段展開され、放たれたら即死確定の数人が人質に取られたような状態です。私をとっさに庇ったBTL3は負傷。トリアージカラーイエロー。即時保護及び離脱を兵士に命じようとしましたが、私の後ろから動かせません」
『.......分かった。こっちはネズミ捕りを始めた。極めて高度な変装者が身代わり人形を使いやがってね。相手に逃げの切り札を出された.......。茜を向かわせたけど、念の為に川島中佐を借りるよ』
「分かりました。知花は打開に必要なので助かります」
『私もしてやられたよ。すまないね……』
「ペラペラペラペラと、なぁに話してんだァ? 米原ァ。無線の先は誰だァ? 上級司令部か? 無駄無駄ァ。何せ――」
『分かってると思うけど』
「要求は飲みません。無視します」
『うん。特務をフル活用して対処して。Sに近いA+はA以下じゃ分が悪すぎる』
「無視かよぉ!! これだから権力に塗れた英雄は嫌いなんだよなぁ!?」
「……対処に移ります」
『分かった。出来れば捕縛してほしいけど、この際奴の生死は問わない。私の責任で何とかする』
「了解しました」
孝弘は無線を終えると、繋ぎっぱなしにして視線を山岸へと向ける。山岸の表情は人を不快にさせる笑みで、勝ち誇ったかのような様子もあった。
「米原ァ。それに高崎ィ。お前らほんっっと腹立つなあ。この状況で顔色一つ変えないなんてよォ。それともあれか? 僕が雑兵共を人質に取った程度じゃ、心も痛まないってか?」
「勝手に言ってろ」
「ハッ!! そんな余裕でいられるのも今のうちだぞ? 何せお前らに誅罰を与えに来たのは僕一人だけじゃあない。セレネも一緒なんだよォ!! 僕を貶めたチビクソ権力者をぶっ殺してくれるらしいからな!! じきに終わらせてくれるさ!! ざまぁみろ!!」
(…………ん? セレネ? 僕を貶めた権力者? ぶっ殺す? もしかして、それって七条閣下が言っていた逃げたヤツのことか? だとすると.......、うわぁ.......。可哀想なやつ.......)
山岸がペラペラと自身の作戦を喋ってくれたお陰で孝弘は今何がどうなっていて、彼がこれからどうするつもりなのかその答えに行き着いた。
どうやら山岸は、味方のセレネとやらが璃佳の襲撃に失敗して逃げたことに気づいていないらしい。
つまり彼は今、兵士数人を人質に取ったとはいえ孤立無援の状態。
となれば、やりようはいくらでもある。水帆も孝弘同様の解答に行き着いたようだ。小さい声で無線を送ってきた。
『哀れな人ね』
「ああ。なぁ、水帆。ちょっと俺の演技に付き合ってくれるか?」
『おっけ。二人で主演男優賞と女優賞にノミネートされましょ』
孝弘と水帆は芝居をすることに決めた。
もちろん理由は、時間稼ぎと包囲強化。山岸を捕縛または殺害するためである。
奇襲から一転、孝弘達の反撃が始まろうとしていた。
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