第5話 振りきろうとするエルフィーナ

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 マルトクこと帰還組の一人たる山岸が哀れなことに爆殺の末路を迎えた頃。角田盆地からすぐの山中に、ただ一人走る者がいた。


「なんなの!! なんなのよあの女!! 私の技が一つも通用しなかったッッ!!」


 夜も深まる獣道、小さいが悪態の声が発せられる。思わず口に出してしまったその者の名は『皇帝陛下の一五人衆』が第九席、エルフィーナ。

 彼女の任務は七条家次期筆頭当主候補にして、日本魔法軍の最精鋭達が集まる第一〇一魔法旅団戦闘団旅団長。七条璃佳の暗殺だった。

 洗脳と変装を得意とするエルフィーナは非常に優秀な能力者である。そうでなければ皇帝陛下の一五人衆に一席など置けるはずもない。事実として山岸の洗脳をあっさりと成功させていたし、何より国内後方地帯奥深くである近畿地方まで入り込めていたのだから、その才能は確かなものであった。だからこそある人物から日本魔法軍最重要人物の一人たる七条璃佳の暗殺を任された。

 だが、一五人衆第九席のエルフィーナをもってしても璃佳の相手は分が悪かったのかもしれない。


「七条璃佳は闇属性の類稀なる使い手だから洗脳に対して抵抗レジストされるかもしれないのは分かってた……! だから洗脳はバレない程度に抑えてた。代わりに変装で殺ろうとしたのに、まさか、まさか……!」


 エルフィーナは歯ぎしりをして悔しさを滲ませる。


「奴の副官が小児性愛者ロリコンだったなんて! いや、見た目がちんちくりんなだけで璃佳は立派な成人だけれども! でもあの見た目でしょ! それであのやり取り! ああもう、副官の性癖がひん曲がってるなんて思わないでしょうよ!」


 熊川にとって風評被害極まるものだが、を見せられてしまってはエルフィーナは勘違いせざるを得なかった。勘違いするなという方が酷である。

 七条璃佳に関する情報は敵地潜入任務の際に洗脳によって得られたものであるが、その情報信頼度は悪くなかったはずだった。公私双方の情報――流石にプライベートな情報まではあまり手に入らなかったが――は非常に高いとまでは言えなくとも、決して低くはない。されど、されどである。


「私たちの国に例えるなら大貴族の次期女当主で軍人の七条璃佳とその副官が爛れた関係だなんて、機密中の機密だものね……!」


 爛れた関係など真っ赤な嘘である。璃佳と熊川の関係は真っ白もいいところで、あれは璃佳の演技だ。しかしエルフィーナがそれを知る由もない。


「私がしくじるだなんて……! 万が一の保険身代わり人形まで使う羽目になるなんて……!」


 身代わり人形は希少な宝物で、エルフィーナとて気軽に使える代物ではない。いや、極めて優秀なエルフィーナだからこそ与えられたものなのだが、それにしてもこんな風に使う事になるとは彼女は思っていなかったのである。


「馬鹿な人形なんてもうどうでもいいわ。愚かな勇者サマが最高位能力者をせめて一人でもいいから殺してくれればいいのだけれど……。とにかく……! 一刻も早くこの場を離れないと……!」


 現実は非情である。

 山岸は奇襲にこそ成功して第三大隊大隊長の長浜を負傷に追い込んだものの、孝弘や水帆には戦闘中に傷一つでさえ付けられていない。当然だ。奇襲初期こそ多少の近接戦があったが、それ以降は暴れ回ってすらいない。己の力を過信し、人質を取って一旦満足してしまったからだ。

 もしエルフィーナの望み通りSランクに近いA+ランクの山岸が角田盆地方面軍司令部付近で暴れ回っていたら、損害はあの程度では済まなかっただろう。孝弘や水帆は物資弾薬庫――そう遠くない場所に一五五ミリ弾保管庫や旅団戦闘団物資弾薬一時保管所があり、これらに引火した場合は大惨事になり得た――を庇いながら戦わざるを得なくなったし、璃佳も参戦しなければならなくなっただろう。

 しかし、繰り返すが現実は非情である。そうはならなかったのだ。


「事前に叩き込んだ地図だと、友軍優勢地まではそこまで遠くはないはずよ……。追手に察知されないよう派手に身体強化魔法は使えないから、進める速度はじれったい遅さになるけど、ここは敵地奥深くじゃないもの……。なんとか逃げ切らなければ……!」


 エルフィーナは単独行動が多いゆえに退却時の身の取り方に慣れている。どうせすぐに追討部隊を出しているから、悠長にしている暇はない。けれども、一時間か一時間半程度振り切れば友軍支配地に辿り着けるはず。

 彼女は逃げ切れると信じて、とにかく北へ北へ、時には進路が単調にならないよう微妙に方角を変えながら進んでいた。

 だがしかし。彼女が思うよりずっと早く、二人の追跡者はすぐそこまで迫っていた。

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