第11話 角田盆地の戦い(2)

 ・・11・・

 キラービー。キラービークイーン。

 キラービーは体長数十センチで一般的な蜂のサイズを大きく上回り、キラービークイーンに至っては人間並みのサイズと規格外の大きさだ。

 いずれもこれまで日本では未確認の召喚生命体だ。初確認がされたのは知花からの報告のようにスペインである。三ヶ月前のことだ。

 この時に蜂型召喚生命体と接敵したのはスペイン陸軍と魔法軍の合同部隊一個大隊。対して神聖帝国軍召喚士部隊が召喚したのはキラービー約五〇〇とキラービークイーンが二。数の上では互角だったが、スペイン陸軍と魔法軍は大損害を被っていた。初めて確認された召喚生命体だった事も大きかったが、大損害を受けた一番の原因は奇襲をくらったからである。

 当然だがキラービーとキラービークイーンのデータは全世界に共有された。しかし、以降蜂型召喚生命体は出現する事はなかった。

 そのキラービーとキラービークイーンが出現した。当時に比べて友軍の数は比較するまでも無いが、敵の数も比較にならないほど多い。その上、レーダーが回復したとはいえ今回も奇襲に近い形で遭遇することになってしまった。

 一度しか現れていないゆえに限られたデータしか得られていない中で、孝弘達は蜂型召喚生命体と対峙する事になる。



 ・・Φ・・

『SA4より各員へ。キラービー及びキラービークイーンは時速六〇から七〇で接近。キラービークイーンについては距離が近い順からクイーン1、2、3と呼称。マップにマーク完了』


『SA1よりSA各員。これより迎撃戦闘に移行する。賢者の瞳の魔導対空管制をフル稼働させて対処しろ。加えてSAより付近にいる各部隊へ。我々は対空迎撃戦闘に移るため地上が手薄になる。穴埋めをお願いしたい』


『BTR3了解! 地上は任せて!』


『BTR2よりSA1へ。我々も加勢する。ただし数が多い上にキラービークイーンは集団管制型であるゆえに要注意個体だ。こちらの対処を優先するから雑兵の撃ち漏らしをお願いしたい』


『SA1よりBTR2了解。後方は未だ着陸作業の最中です。一匹たりとも通しません』


『ウチに来てる方は任せるっす』


『頼んだSA1、BTR3』


 彼らは無線交信をしながら既に行動に移していた。


 既に多数のCTと戦闘中であったものの知花は的確に情報を伝えていき、特務小隊の面々はいち早く対処に動き出そうとしていた。


『SA4より各員。キラービー及びクイーンの弱点は火属性魔法系統。我々からしたら必然というべきかゲームやマンガでよく聞く弱点です。迎撃の際には火属性魔法中心に行使を』


(ゲームどころか異世界(アルストルム)でも虫型は火属性が弱点だったけどな)


 孝弘は知花からの無線を聞きながらアルストルムでの戦闘を思い出していた。ならば対処はまだしやすいとも。

 無線が飛び交う中で、迎撃戦闘はとっくに行われていた。孝弘達や特務大隊の一部が対処にあたることから戦線が薄くなるから璃佳は早々に本部中隊から一個小隊を孝弘達に向け、攻撃ヘリ部隊は目標地点を変更して速度を上げて向かってきていた。

 孝弘達がいる場所から最も近いキラービーの集団は距離約四〇〇〇まで接近していた。

 孝弘は部隊への指揮を手早く済ませると対物ライフルの銃口を目標へと向けた。


「術式変更。火属性拡散爆発術式発動。距離延長術式付与」


『目標、最大効力地点にロック』


「ショット」


 賢者の瞳の無機質な音声が孝弘の耳に届いた直後、彼は対物ライフルの銃弾を放った。

 撃ち出された12.7ミリ弾は飛来するキラービーに命中すると、周りに爆発を拡散させてキラービーやキラービークイーンを焼き殺すか叩き落としていく。


「ちっ。データ通りただの蜂じゃないな」


 しかし、いかんせん数が多い上にキラービーは耐久力が高い。身体の表面に薄い魔法障壁が存在するからだ。それゆえに見た目より防御力が高くなり、小銃弾程度では一発で落とすのが難しいのである。孝弘が放った銃弾一発で倒したキラービーは五体。速度を落とさせたのが六体。手元に残っているマガジンでは到底足りなかった。

 しかし、今ここにいるのは孝弘だけではない。特務小隊がいるし、一〇一旅団戦闘団の将兵もいる。だから孝弘は慌てる程ではなかった。


「SA2からSA8、協調法撃ぶちかますわよ!」


『SA8了解!』


 孝弘が二発目の銃弾を放った直後に法撃を発動したのは水帆と宏光だった。

 二人は賢者の瞳の法撃管制を活用して術式を同時に詠唱。同時に解き放った。

 発動した術式は火属性中級魔法の拡散爆発術式。直径数十メートルの範囲に一個数センチ程度の火球が高密度でキラービーに向かっていく。

 キラービーはキラービークイーンの指揮に従い退避行動を取った。統制の取れた見事な回避機動はまるで熟練者によって操作されたドローンのようだったし、これがスペイン軍を苦しめたのだが相手が悪かった。ある程度距離が離れていたキラービーはともかく、効果直径内にあった蜂達が逃れられるはずもなく拡散爆発系魔法の餌食になっていった。


『SA4よりSA2、8お見事だよ! けど、地上のCTが一個中隊規模接近中!』


『地上は任せな! やったれモノノフ達!』


『地上のCTは自分達に』


『任せてください!』


『ドッカーンってやっちゃうよ!』


 キラービーとキラービークイーン達が距離約三〇〇〇まで近付く中で、地上でもCTの一群が孝弘達の方に迫っていた。

 その対処にあたったのは大輝と慎吾にアルトとカレン。大輝は土人形の武士を巧みに指揮して近づけさせず、ゴーレム達が倒しきれない分は慎吾が無型三式で攻撃。ゴーレム達の合間を縫って当てる法撃操作力は流石の腕前だった。さらにカレンとアルトが法撃。地上のCT一群はあっという間に数を減らしていく。


『俺達もやったるぞ!!』


『応ッッ!!』


 特務小隊の他の面々も負けず劣らず巧みな法撃を次々と繰り出していく。糸を針に通すが如くの法撃は着実にキラービーの数を減らしていき、キラービークイーンを守る子分達の壁はどんどんと薄くなっていっていた。

 彼我の距離は約二一〇〇。この頃には孝弘達の方に向かってくるキラービーの数は約一〇〇まで減っていた。


「SA2、開いた穴からキラービークイーンに向けてぶっぱなすからド派手なのを頼む!」


「まっかせなさいな!」


 孝弘の隣にいた水帆は笑顔で首肯すると、これまでに比べて一際大きな魔法陣を地上に出現させる。彼女が流麗な言の葉で術式を練り上げていくと、魔法陣は空中に浮かんだ。

 キラービークイーンは本能が警鐘を鳴らしたのだろう、速度と高度を上げて回避行動を取りつつ方角を変える。孝弘達から見て正面ではなく、九時方向から突破しようとするつもりらしい。


「甘いっての! その程度で私から逃げられると思って?」


 水帆が薄く笑みを浮かべた直後、呪文は彼女の口から紡がれた。


『――炎球弾フレイムバレット五十重速射ペンタコンタ・ラピッドファイア


 直後に魔法陣から凄まじい速度で小火球が連続して放たれる。速射砲の倍以上の間隔で発射される小火球は次々と、次々とキラービーを焼き落としていく。

 あっという間にキラービーは目減りしていき、やがて致命的な穴を開いてしまった。


「――そこだ。ハイチャージ」


『クイーン1、ロック』


「ショット」


 孝弘が撃ったのは、これまでと同じ火属性拡散爆発系術式付与の対物ライフル弾。ただし威力は先までより高いハイチャージだ。キラービークイーンはキラービーに比べて大幅に防御力が高いからである。

 水帆が作り出したキラービーによる壁の隙間を対物ライフル弾は飛んでいき、キラービークイーンに接触。弾丸は先程と比較して数倍もの爆発を生じさせた。これにはいくらキラービークイーンが小銃弾をものともせず攻撃ヘリの機関砲も数発なら耐えられるとはいえ、防ぎきれるものでは無かった。厚い魔法障壁の膜は融解し、爆発エネルギーはそのままクイーンに届き爆発四散。賢者の瞳は目標を撃破したとAR画面に表示させていた。


「SA1、クイーン1を撃破!」


『セブンスよりSA1よくやった!』


 孝弘の周りからは歓声が起き、璃佳も無線越しに孝弘を賞賛する。


『BTR2よりセブンスへ。クイーン2を撃破』


『BTR3よりセブンスへ。クイーン3撃破っす!』


『よーし!! この調子で地上のCTも潰してい――』


 キラービーとクイーンの奇襲に対して難無く対処した事で、気を取り直して作戦を続行する事を璃佳が伝えようとしたその時だった。

 二度あることは三度あるというくらいである。二度目が起きても何らおかしくないのが戦場だった。

 戦場にいた皆に伝えたのは今回も知花だった。


『――またぁ?! キラービー再出現!! 位置はここから距離約九〇〇〇、八五〇〇、八〇〇〇、七五〇〇の計四ポイント。数は約一五〇〇、いや一六〇〇! 内、クイーンは四!』


 知花からもたらされた報告について、璃佳は後にこう語ったという。


「角田盆地の上空に大量の殺虫剤をばら撒きたい気分だった。フェアル部隊全員で、こう、ぶわーっと」


 孝弘達は息を着く間もなく、キラービーとキラービークイーン第二波の迎撃を強いられることとなる。

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