第5話 二度目の尋問で得られたのは
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「美濃部中将閣下。セルトラとの面会を希望したいのですがよろしいでしょうか」
「構わないわよ、七条准将。どうやらセルトラは貴女と米原中佐なら話しやすいみたいだし、私も色々と気にかかる点が多いもの。代わりに聞いてきてもらってもいいかしら?」
「はっ。承知致しました。ありがとうございます」
璃佳と美濃部のこのようなやり取りがあったのは福島爆撃作戦が終わってすぐのことで、彼女はすぐに須賀川の臨時捕虜施設へ連絡を入れた。
まだ後方送致がされていないセルトラに会うことは容易かった。尋問担当部は連絡相手が璃佳であったことと美濃部の許可が出ていることもあり速やかに手配をしてくれたのである。
璃佳は須賀川への連絡を終えると、准将という階級上から誰も同行させない訳にはいかないので一人の男を呼んだ。副官の熊川ではない。彼は璃佳に帰投後の部隊から福島の様子を聞き取ったり様々な調整を命じられているから手が空いていない。
彼女が呼んだのは、出撃待機――最もそれは形式上だけで、孝弘含め特務小隊全体はすぐの出動がかかるとは思っていなかった――孝弘だった。
「米原中佐。第三種軍装のままでいいから私に同行なさい」
「はっ。は……? 今、なんと?」
「端折ってごめん。セルトラのところ行くよ。福島の件でね」
福島の件というワードを聞いて何となくは事態を察した孝弘は頷くと、
「了解致しました。水帆、後を頼めるか?」
「え、ええ。この様子じゃ私達に何か命令が出ることはないでしょうけど、必要が生じたら連絡するわ。いってらっしゃい」
「助かる」
このやり取りがあったのが十数分前。璃佳に急に連れられた孝弘は、黒を基調としつつ戦闘の為に耐久性に優れた魔法軍第三種軍装の装いで全容が掴めぬままに将官用の車に乗って須賀川へと向かうことになった。ドライバーと助手席にいる護衛は特務連隊の中でも古参を連れてきていた。
孝弘は車が須賀川に向かい始めてすぐ、璃佳へ質問をした。
璃佳が自分を連れてきた理由を何となくは分かっていても、セルトラの所へ行くのになんとなくでは不味いと感じたからである。当然のことであった。
「七条准将閣下、セルトラに何を質問するのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あー……、そうだ。そこから説明しなきゃね……。悪いね、柄にも無く慌ててる。落ち着いてないね」
「まあ、あんな事があれば仕方ないでしょう。煙草でも吸われたらいかがですか?」
「どうぞ、閣下」
「なんなら二人とも吸う側ですし。いつも通りお気になさらず」
「だそうですよ」
「ありがとう、助かるよ。そういや全然吸えてなかった……。……げ、ジッポ無いじゃん」
璃佳が深く息を吐いている様子を見て、ドライバーと助手席にいる二人は「そいつぁいけませんね。頭が回んないですよ」と苦笑い。孝弘はごく小規模の火属性魔法を指先に灯した。
「気が利くね。さんきゅ」
璃佳は火を貰うと大きく煙を吸い込み、窓を開けてだいぶん大きく息を吐いた。
「あぁー、生き返る……。じゃなくて、そうだ。セルトラに聞く内容だったね」
「ええ。同行しますので内容を把握したく」
「ん。待ってて」
璃佳は車内にある灰皿に吸殻を落とすと、簡潔にセルトラへ質問する内容を説明し始めた。
「一つ。福島の指揮官は本当に無能か。実は無能なフリをしていただけじゃないか。二つ。仙台方面の指揮官を詳しく知らないとのことだが、些細なことでもいいから教えろ。三つ。神聖帝国軍東北方面展開軍や北海道方面展開軍の中で、知る限りで有能なヤツはいるか。三つ目はまだ聴取が完全に終わってないから洗いざらい話してもらわないと困るからね」
「内容について了解しました。一つ目と二つ目は望み薄そうですが、三つ目については何かあれば聞いておきたいですね」
「貴官もそう思う?」
「ええ。一つ目についてはセルトラがウソをついていると思えません。もし彼を欺けていたのなら、福島の指揮官はセルトラ以上の曲者です。二つ目も新たな情報は得られにくいかと。セルトラは将官級とはいえ属国軍です。情報に対するアクセス権限は限られているでしょう。あの有能さなら尚更のこと」
「だから三つ目が希望になると?」
「はっ。はい。我々は我々が思っている以上に神聖帝国軍の事をしりません。大まかな事と配置展開程度ならかなり知ることが出来つつありますが、各指揮官の細かい人となりまではまだ流石に。といったところでしょう。実は各地域の司令部幕僚陣に極めて有能な人物がいるといったケースは古今東西、往々にしてあるものですので」
孝弘は暗に
車は順調に走る中で、孝弘と璃佳はセルトラへ聴取をする際にどう話を運ぶのかなど細かい打ち合わせをしていく。
そうしている内に車は須賀川の捕虜一時収容所へ到着した。
孝弘と璃佳はセルトラのいる部屋と向かう。先日彼と話したあの部屋だ。
璃佳は尋問担当官へ「今度は人払いも無しで録画はそちらで行ってもらって構わない」と伝えると、彼女と孝弘は部屋に入った。
部屋にいたセルトラは以前より健康状態は良くなっていた。将官級捕虜としてそれなりの待遇で扱われていたからだろう。貴重な情報源だからというのもあるだろうが。
「おや、随分とピリピリした様子だけどまさか私が話した兵力より多かっタ、なんてことはないヨネ。君達が来るんだかラ」
「ええ。その逆です。CTは約一〇〇〇〇弱。本国軍に至っては一兵たりともいませんでしたよ」
「……待ちたまエ、七条准将。少なかった、だって? それも本国軍がいない? 一人もだっテ?」
どうやらセルトラにとっても想定外の返答だったらしい。信じられないといった様子で目を見開いていた。
「まさか、ヤツはそこまで臆病者だっタ……? いいや、まさか……。そんなことをしたラ――」
「最悪極刑になる。ですね」
「アア……。米原中佐、キミの言う通りだヨ。神聖帝国軍が敵前逃亡なんて、指揮官の末路は臆病者の彼なら知らないはずが無イ。指揮官どころか末端の兵士でも分かるはずサ」
「なら、貴官に三つ問います。いいですね? ウソをつけば、貴官の立場は厳しくなります。今回の件も正直グレーなところがあるので、その点は念を押しておきますよ」
「もちろんだヨ、七条准将。部下の扱いまで厳しくなっては、私が降伏した意味が無くなるからネ……」
「では、一点目から。福島の指揮官は本当に無能で臆病者ですか? 部下からも軽蔑されている程ではないのですか?」
「私が伝えた情報は間違っていないヨ。もしヤツが実は有能だなんていうのなら、彼はとんでもない策士サ」
「でしょうね。では、二つ目です。仙台にいる神聖帝国軍指揮官について些細なことでもいいですから話してください。情報を秘匿した場合、我々も穏やかではいられません」
「申し訳ないけど、私に詳しい事は教えられていないヨ。貴官らと話をしてから今日に至るまで、尋問官とやらにかなり話したはずだけドネ」
「仙台の指揮官は神聖帝国軍本国軍大将で、こちらの役職に例えるなら方面軍指揮官に相当する。でしたね。無能ではないのは確かと。また、貴官に面識が無いのも帝国皇帝の遠戚にあたるからとも。これも我々の世界での表現ですが、いわゆる公爵クラスでしたか」
「方面軍を任されている指揮官だからネ。センダイは、ええと確か」
「地方中枢都市。貴官の祖国でいえば重要都市の一つみたいなものです」
「ウン、その重要都市を担当する指揮官ダ。普通の軍人じゃダメだからネ。将来を見越したら、なおさらサ」
「軍政を、ですね。その仙台方面の指揮官、名をフィンセンフルト・ドゥシェ・ルータイル・シュレイダーでしたね。彼の人となりは本当に情報はあれだけなんですね?」
「繰り返して言うガ、本当に話した以上は知らないヨ。帝国皇帝家系の遠戚だから、属国からしたら雲の上のようなモノだヨ。皇帝家系が雲の上だからネ」
こればかりはセルトラの言うことに一理がある。絶対的な身分制度がある神聖帝国では本国と属国で隔絶した扱いの差がある。いかにセルトラが将官クラスとはいえ属国だ。
「分かりました。では、三つ目です。聞く範囲を広げますね。我が国に展開している神聖帝国軍の中で要注意人物はいますか? 東北方面だけではありません。北海道方面も含めてです」
「要注意人物とは、どこまでの範囲だイ?」
「郡山や福島の地方単位。各方面指揮官幕僚クラスです」
「フム……。トウホクはともかくホッカイドウは初めて聞かれたネ」
「やはりそこまで聴取は進んでませんか。直近の東北方面が重要ですから、そうだろうとは思ってました。尋問の日が浅いので当然ではありますけど」
「少々待ってくれるカイ? この辺だけじゃないとなると、思い出したいノデネ」
「構いませんよ。あんまり長くは待ちたくないですが」
璃佳はやや刺々しい口調でセルトラに言う。彼から聞いた福島の状態と実際の状態に大きな食い違いが起きているのだ。誰でもこうなるものである。
セルトラは少しの間黙り込んだかと思いきや、何やらポソポソとあれでもないこれでもないと呟いたりもする。それからまた黙って思案した様子に戻る。ただ、思い出そうとしているのは確かなようだった。
彼が再び口を開いたのは三分ほど経ってからだった。
「噂程度でもいいカイ? 心当たりが無いわけでもナイ」
「些細なことでも構いませんので、お話ください」
「分かったヨ。このニホンという国に侵攻した神聖帝国軍の中で、トウホク方面に要注意人物と言えるほどの者はいないハズ。でも、ホッカイドウ方面なら噂程度は聞いたことがあるカナ」
「北海道からですか? 青森は未だ我が国が勢力圏を保っていますが……。いや、もしかして……」
「ウン。転移門が動いていた頃ならホッカイドウからチョウシ、だったカナ? 移動は可能だヨ。ただ、侵攻当初はホッカイドウにいたから今こちらにいるかどうかまでは分からないネ……」
「侵攻初期に北海道にいた者はどういった人物ですか? 役職は?」
「ホッカイドウ方面軍の参謀部だったハズダヨ。若くして参謀部に所属している神聖帝国貴族だったカナ。フクシマの指揮官が、まだ若いのにズケズケとモノを言うから気に食わないと言ってたネ。タダ、センダイにいる司令官も認めるほどの実力者らしいヨ。だからフクシマのヤツは余計にその人物が気に食わないらしいネ」
「神聖帝国軍北海道方面侵攻軍の参謀部ですね。分かりました」
「予め言っておくケド、今回の件と参謀部のソノ人物が絡んでいるかどうかは全くの不明だヨ。汚い手口も普通に使うトカ、よくもまあ姑息な手口を使うトカ、どこからそんな発想が出てくるのかトカ、色々とフクシマのが言っていたネ」
「参考にします」
無能と称される福島の指揮官がそこまで言うのであれば、確かに要注意人物と言えるだろう。これは報告に上げなければいけないと璃佳は判断した。
「質問はこれだけでいいカイ?」
「ええ」
「あぁ、そうダ。伝え忘れるところだっタ」
「まだ何かありましたか? 出来れば先程話して欲しかったのですが」
「フクシマより北の話じゃないヨ、七条准将。フクシマの話サ。詳しいことは分からないケレド、もし私が本国軍を一人も残さず退却さセルなら、何もしないわけがナイ。そうだネ……。水道、水について気をつけた方が良いと思うヨ」
「…………上に報告しておきます」
「ウン。そうして欲しいネ」
セルトラに二度目の尋問をした孝弘と璃佳。新たな情報は得られたものの、その多くは事態が発生した今すぐに役立つものでは無さそうだった。しかし、彼が語った事は後々日本軍にとって役立ちそうな予感がしたのは確かではあった。
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