第4話 懸念は杞憂……?

 ・・4・・

「はァ?! 福島にはCTが約一〇〇〇〇いるかどうかで本国軍は皆無だって?! なのにマジックジャミングはそのまま?!」


 さすがに璃佳も、事前情報とは全く違う岡からの報告に驚愕を隠せなかった。それは彼女の後ろに控えている第一戦線司令官の美濃部中将と幕僚陣も同様で、大きなどよめきが起こっていた。


『はい。全員がこの目で見ましたから間違いありません。欺瞞魔法も全くありませんでしたし、そもそも福島市域周辺まで全て欺こうというのなら、それは最早戦術級魔法相当です。我々が気づかないはずがありません』


「わ、分かった……。任務ご苦労だったね。帰投してよし」


『はっ』


 璃佳は岡との通信を終えると一度深呼吸をし、やや平静を取り戻した様子で後ろにいる美濃部達の方に振り向いた。


「お聞き頂いた通りです、美濃部中将閣下。二本松にはごく少数しかCTがおらず、福島にいるのは約一〇〇〇〇弱。当地にいるはずの本国軍に至っては皆無であると……。しかし、マジックジャミング装置は作動したまま。…………いかがいたしますか?」


 第三戦線で切った張ったの活躍をした部隊を率いた璃佳とて一介の准将だ。既に海軍艦載機部隊は発艦し、各航空部隊に自身のフェアル部隊は空中待機状態。麾下のフェアル部隊はともかく、他部隊に対する権限が無い以上は美濃部達の指示を仰ぐしか無かった。

 その美濃部だが冷や汗を垂らしながらも判断は早かった。


「既に各部隊は空にいるし、敵の数が大幅に少ないとはいえマジックジャミング装置をそのままにはしておけないわ。事前の作戦通り攻撃を決行しましょう。ただし、爆撃部隊と戦闘機部隊は高度を取って爆撃を。多少精度は落ちるけど仕方ないわ。フェアル部隊は福島空域で何か起きても即応出来るよう警戒態勢を取りつつ、爆撃部隊が撃ちこぼしたマジックジャミング装置の破壊にあたるよう。いいわね?」


『了解しました、閣下』


 美濃部がそれぞれに命令を送ると、璃佳を含めて司令部にいた面々が動き始めた。


「セブンスよりノースマジシャンリーダー。事前の情報と全く違い、福島に本国軍はおらずCTの数は約一〇〇〇〇弱。ただしマジックジャミング装置は作動中。私達の部隊は作戦を一部変更し、爆撃機及び戦闘機部隊が無事対地爆弾を投下出来るよう周辺地域の警戒と万が一の際に対処とする」


『ノースマジシャンリーダーよりセブンス。了解しました。ブリーフィングただいぶ話が変わりましたね……』


「理由は不明。敵の数は少ないに越したないけど、あんまりにも状況が違う。色々気になることはあるけれど、今は作戦に集中して」


『サー、イェッサー。装置破壊後に通信が回復した後、状況は逐次伝えます』


「よろしく」


 璃佳が蓼科と通信を行っている間に、司令部では爆撃機部隊や戦闘機部隊に作戦の一部変更が伝えられる。パイロット達から戸惑いの声音が感じられたがいずれも了解の声が入り、作戦は続行された。

 璃佳は通信を終えると、マジックジャミング装置が破壊されるまで作戦部隊から連絡が入らなくなるからと、地図を注視しつつも少しの間だけ思考の海に浸かることにした。状況を整理したかったからだ。


(セルトラから聞き取った神聖帝国軍とCTの情報と岡から入ってきた偵察結果には天と地の差ほどあった。数が少なかったからまだいいけれど、なんで福島にいる敵はかなり数が減っていた? まさか福島の司令官が無能も無能で、すごすごと逃げたとか……? いや、それはないね……。彼によれば東北地方にいる神聖帝国軍とCTの指揮全権は仙台にいる神聖帝国軍司令官が握っているとか。だとすると福島の司令官が無許可で逃げたなんて事になれば、あそこの政治体制的に福島のヤツがタダじゃ済まないことになるし極刑も有りうる。臆病者がそんなことをするとは思えない。じゃあ、仙台にいる東北方面の指揮官が命じたとか? ううん、それもどうなんだろ……。いくら福島が郡山より拠点としての優先度が低くなるといっても福島と仙台の距離は大して離れていない。戦線が縮小すれば、敵にとっては重要拠点たる仙台を戦火に晒すことになる。なら、なんで……? あー、分からない……。判断材料が少なすぎるし、何より事が分かってすぐだから状況整理すらマトモに出来てない。こりゃ今原因を考えてもダメだね……)


「七条准将閣下。……七条准将閣下?」


「ああ、ごめん。熊川。考え込んでた」


 璃佳が右手の人差し指で左の二の腕をトントンと叩いていたのを見ていた熊川は璃佳へ心配そうに声を掛けた。彼は璃佳が深く考え事をしている時にその癖をするのを知っていたからだ。


「考え事、ですか。中身は大体察せますが」


「前と今があまりにも乖離しててね。ああでも、今の時点であーだこーだと推測するのはやめた」


 璃佳は嘆息して言うと、熊川は頷いた。


「それが賢明かと。福島のマジックジャミング装置を破壊し、今の状態が神聖帝国軍の罠なのかどうかを見てからがいいでしょう。最も、空中からでは分からず地上軍が入ってから判明する可能性の方がありそうですが」


「やっぱりお前もそう思う?」


「ええ。私が神聖帝国軍の指揮官ならただ単に逃げるなんて有り得ません。将兵を丸ごと福島から退かせるのですからそうですね……、大規模なトラップを仕掛けた。でしょうか。例えば中心市街地のビル群へ大量の爆薬を仕掛けてこちらに大ダメージを与えるとか。だとしてもまるっきり兵を退かせるのもおかしな話ですけど……。誰が起爆させるのかというのもありますし」


 熊川は暗に辻褄が合わないと言っていた。確かに今の状態に裏があったとしても、それらを実行するには矛盾が多すぎた。


「CTを自爆させるとかは?」


「自爆兵のようにですか?」


「うん」


「それもアリと考えますが、やはりそれでも作動者は必要でしょう。心理的ではなく技術的な面で、奴らがCTにそこまでやれるか分かりませんが」


「だよねえ」


「いずれにせよ、今は何も分かりません。部隊の報告を待ちましょう。あ、でも作戦が終わったら情報取得者に色々と聞いてみたらいかがでしょうか?」


「セルトラに?」


「ええ。閣下もそのつもりでは?」


「もちろん。騙されたって言うには大袈裟だけど、話が違うのは確かだからね。そうする」


「了解しました。では、作戦が終了し部隊が帰投次第福島の様子を聞くのは私がします」


「助かるよ。頼んだ」


「はっ」


 二人は会話を終えると、視線をホログラムの画面に移す。既に各部隊はマジックジャミング圏域にいて、どこにいるのか分からなくなっていた。

 数分後、突然地図に変化が起きた。福島市中心部周辺のレーダーが回復したのだ。


「福島市東部及び南部、二本松方面のマジックジャミング装置破壊を確認! レーダーを回復! システム、即時索敵を開始しました!」


「おお」


「順調のようだな」


「ええ。今のところ順調ね。このまま何も起きて欲しくないところだわ」


 中型のマジックジャミング装置が二つと小型のマジックジャミング装置が破壊されたことで、司令部の部屋内は騒がしくなる。慎重派の美濃部は攻撃部隊の無事を願うような視線で地図を見つめていた。


『こちらボマー1。爆撃機部隊は攻撃を完了。残弾無し。大型ジャミング装置破壊を確認。これより帰投する』


「戦闘機部隊、爆撃機部隊が撃ち漏らしたマジックジャミング装置破壊攻撃を開始しました!」


「フェアル部隊、福島市中心部周辺の警戒を続行中。エンザリアCTからの攻撃兆候は無いとのこと」


「法撃可能なCTの一部が上空への攻撃を始めましたが、法撃は届かずこちらの損害は皆無」


「爆撃機部隊戦闘機部隊も損害皆無」


 爆撃機部隊から最も破壊しておきたかった大型マジックジャミング装置の破壊をしたと通信が入り、司令部通信要員は装置の破壊によって無線通信がだいぶ回復したからか各部隊から次々と入る報告を捌いていた。幸いなことに入ってきた報告はいいものばかりだった。損害皆無などいつぶりだろうかと思えるほどに。


「本当に何も起きない……? まさか福島の指揮官はノコノコと逃げる程に無能だって言うのかしら……?」


「かもしれませんな、美濃部中将。しかし、こうも何も無いとなると逆に怪しいですがね」


「何も無いわけがあるまい。地上部隊を向かわせる時には警戒せねば……」


「ああ。貴官の意見に同意だ。美濃部中将閣下、いくらなんでも福島に無事入れるとは思えません。地上部隊を福島に入れる際には最大限の警戒レベルで進ませましょう」


「ええ、そうね……。その辺も後で作戦会議をしましょうか」


 美濃部を始めとする第一戦線幕僚陣は爆撃部隊の作戦が完璧に近い形で進んでいるのに喜びながらも、この後予定している進軍は十分に注意しなければならないという共通認識でいた。ここまでは完勝だが、今までの経験上これで終わるとは思えなかったからである。

 やや間を置いて、蓼科から璃佳に無線通信が入った。


『ノースマジシャンリーダーよりセブンス。最後の小型マジックジャミング装置はウチの部隊で破壊しました。これで全てのマジックジャミング装置を破壊完了です。本当に、本国軍がいませんね……』


「こっちでも確認した。本国軍は確かにゼロだね。CTは約九〇〇〇。一連の爆撃で吹き飛んだのもいるからちょっと減った?」


『はっ。はい。上空から見事に吹っ飛んでました。残りのCTはいかがいたしますか? 全部は無理でも数はある程度減らせますが。戦闘機部隊は偵察がてらごく少数いる超大型CTをぶっ潰してるみたいですが』


「そっちにいる部隊じゃ全部を倒すのは難しいから徹底的にはやらなくてもいいよ。こっちで懸念してた中心市街地ビル群に爆薬を仕掛けてて爆発させるって線も、今んとこ起きてないみたいだし」


『そうですね……。マジックジャミング装置を破壊する時に結構ハデに爆撃してますが、対地爆弾や少々残っていたプロパンガスなどの誘爆以外、その手の爆発はありませんでした』


「じゃあこれ以上中心市街地への攻撃はしなくていい。ただ一応、念には念を入れて周辺偵察だけしておいて。レーダーが回復した今なら新たに検知出来るかもしれないし。信夫山辺りとか、隠すにはもってこいの場所だし」


『了解しました。それでは、我々は偵察を完了の後に帰投します』


「よろしくね」


 石橋を叩いて渡るかのように、璃佳は再度の偵察を蓼科達に命じたが何も見つからなかった。福島市爆撃作戦も順調に進行。やや高度を取った状態で幾らかのCTを爆撃や法撃などで損害を与えつつ、全部隊が帰投した。

 損害ゼロ。死者どころか負傷者もゼロ。福島市爆撃作戦は戦史上稀にみる結果で作戦を終えたのだった。

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