第3話 福島への強行偵察
・・3・・
2037年2月16日
午前6時半前
福島県郡山市
フェアル部隊集団離発着場
一六日午前六時半前。福島市への空爆作戦が始まった。攻撃部隊に先んじて離陸しようとしていたのは攻撃前強行偵察を担当するフェアル部隊二個小隊。第一特務の精鋭達だった。
『FHQ《前線司令部》よりMSC1《偵察部隊長》へ。離陸を許可します』
『MSC1よりFHQへ。了解。偵察部隊、離陸する』
偵察部隊長を任された岡大尉は通信を送ると、部下を引き連れて離陸。郡山の空に上がる。
『FHQよりMSC1。本宮空域まではレーダーグリーン、通信良好だが二本松空域を越えるとMJ《マジックジャミング》によりレーダーがダウンします。福島市中心部域に近づけば無線通信も感度が悪くなると想定されます。二本松空域以北はMSC1に判断を一任しますので、危険と判断したら即帰投してください。再確認ですが、これは司令部からの命令となります』
『MSC1よりFHQ。了解』
『セブンスよりMSC1へ。FHQの言うようにくれぐれも無茶はするな。S号聴取(セルトラからの聴取)によれば少数ながらエンザリアCTもいるらしい。対空警戒は厳となせ』
『MSC1よりセブンス。了解しました』
岡は璃佳との通信を終えると二四名の部下が上がったことを確認してから司令部の方に向かって敬礼し、福島市空域へと向かう。
『FHQよりMSC1へ。MSC全員の離陸を確認。本宮空域までは時速約三〇〇にて巡航。以後、高度一〇〇〇を維持し北進してください。天候は幸い晴れ。間もなく日の出を迎えますので視界は良好かと。二本松空域以後の速度と高度は貴官に一任します』
『MSC1よりFHQ。本宮空域まで時速約三〇〇、高度一〇〇〇での巡航了解。二本松空域以北における行動は状況に応じて判断する』
『FHQよりMSC1へ。どうかご無事で。帰投後は遅い朝食になりますがいつもより豪華にするとセブンスが仰ってます』
『そりゃあ嬉しい。楽しみにしてますよ、セブンス』
『任せなさい。暖かいスープも倍だってさ』
『いいですねえ。航空偵察は身体が冷えますから。それでは、通信終わり』
岡は通信を終えると、部下達に指示を出していき、部隊の陣形はすぐに整っていく。近くにいる者は朝食が豪華になると聞いて嬉しそうにしていた。
『MSC1より総員へ。二本松空域に入り次第、通信方式を端末間へ切り替えろ。魔法技研がマジックジャミング対策にフェアルのアップデートをしてくれている。外への通信は難しいが、部隊間通信は最低限出来るはずだ。ただし、ジャミングが強力な場合は従来の手信号方式でいく』
『了解!』
強行偵察部隊は時速三〇〇で本宮空域を越え、二本松空域へと差し掛かる。ここからは敵地上空だ。
上空には東から昇る朝日によって眼下の景色がだいぶ見やすくなってきた。そろそろCT群
が見えてくる。全員が偵察任務記録のため、フェアルの録画機能を起動し、情報収集モードに切り替えた。岡を始めとして全員の気が引き締まる。
だが、二本松空域に入って岡達は早々に違和感に気付いた。
(二本松区域にCTがほぼいない……。おかしいぞ、S号聴取では二本松北部には数千程度の前衛CT群がいたはずでは……?)
岡は真下に広がる光景を訝しんだ。福島市からやや離れた二本松市付近とはいえ最低限のCTはいると思ったのにそれが存在しない。
まさか敵は面積あたりの兵数密度を上げるために戦線を下げたのか?
岡はそう予測を立てるが、視線をさらに北の安達ポイントへ向けるが、目視では敵がいるようには思えなかった。
『MSC3よりMSC1へ。二本松西部に敵影なし』
『MSC7よりMSC1へ。二本松東部にもCTらしき姿はありません。妙です』
『確かに……。MSC1より総員へ。二本松区域に敵はほぼいないと判断。このまま安達ポイント、松川ポイントを通過し、金谷川ポイント及び福島大・福島県立医科大方面に向かう。既に敵地上空だ。レーダーも使い物にならなくなってきている。見張り員は警戒を続けろ』
『了解』
偵察部隊はさらに北進して松川ポイントを通過。金谷川ポイント付近まで到達する。しかしCTの姿は少なく、自分の目視と部下の報告を合わせてもせいぜい約一〇〇〇程度だった。エンザリアCTはいないからか、対空攻撃の予兆すらない。もうそろそろ福島市街に近い地域だというのに奇妙すぎる光景だった。
(いくらなんでもおかしい。S号聴取ではこの辺には約五〇〇〇のCTがいるはず。なのに、五分の一程度しかいないなんて。まさか……、いや……。仕方ない。危ないが、南福島空域に入ったら高度を下げるか……)
岡は眉をひそめながらすぐの行動をどうすゆか決める。この頃には無線の感度に影響が出始めていたが、魔法技研のアップデートのおかげか十分に会話が出来る状態だった。
『MSC1より総員。高度を七〇〇……に下げる。南福島ポイントで……、高度を六〇〇へ。速度……現状を維持。対空攻撃への警戒……続行』
『了解』
偵察部隊は金谷川ポイントを通過。南福島ポイントの手前まで着く。この時、岡は部隊を二手に分けた。南福島ポイントから北は平地が東西に広がるからだ。
岡達は南福島ポイント上空に通りかかると、彼らの不審はいよいよ確信へと変わる。
(CT群が少ない。南福島ポイントで約二〇〇〇程度!? ありえないだろ!)
福島盆地に入ってからも、CTがあまりにも少ないのである。二本松区域の敵が少ないのは説明がつく。だが、福島市中心部に近づいてもなおCTがこれほどまでに少ないのは事前の情報と辻褄が合わなさ過ぎていた。
『MSC2よりMSC1。福島西インターポイント上空へ到達。CT……とんどいません。数は約一〇〇〇弱。……かしいですよ、これ』
『ああ、こちらも異様に数が少ない。MSC2はそのまま吾妻PAポイントに向かえ』
『了解』
(俺らが来てもCTは攻撃もしてこない。つまり、法撃型すらいない……? いやいや、そんなことがあるか? 高度六〇〇をとっているとはいえ、少しは何かしてきてもいいんじゃないか……。法撃型についてはこの際置いておいても、少数のエンザリアもいないのはどういう事だ……? 数が少ないから市街地中心に集中配備とか? ああもう分からん。市街地中心にいけば分かるだろ。つーか、そもそもだ。なんで本国軍も見かけないんだ。)
CT群は少なく、加えて南福島ポイントには神聖帝国軍もいない。どうなってんだよ。と岡は混乱しつつも任務には集中していた。福島市中心部に潜んでいたり、市街中心部から近い位置にある信夫山に潜んでいる可能性はゼロではないからだ。だとすると、敵は随分手際のいい事になるのだが。
とにかく、偵察部隊はそのまま北上を続ける。だが、結果は変わらなかった。
『MSC6よりMSC1。いよいよおかしいですよ! 市街中心部なのに、CT……があまりにもいません。数はせいぜい一〇〇〇程度! でも、マジックジャミング装置は作動されたままです!』
『慌てるな。このまま市街中心部の偵察を続行。速度を落とせ。エンザリアCTの攻撃予兆も無いが、念の為気をつけろ』
『りょ、了解』
岡は部下に慌てるなと言ったが、感情を抑えつつ彼自身も慌てるどころの騒ぎではなかった。市街中心部のCTは事前情報と比してあまりにも少なく、いるかと思ったエンザリアCTもいない。姿を隠しているのかと思いきや、違う。そもそもいないのではないか。極めつけは部下からの報告だった。
『MSC10よりMSC1。信夫山付近にも敵影無し。航空偵察だけでは地下に潜んでいるかも分かりませんが、何も起きません。高度五〇〇まで下げてです』
『信夫山付近の偵察を続けろ。何かは見つかるかもしれない』
『……了解しました』
『MSC11よりMSC1。市街中心部に神聖帝国軍部隊の存在を確認出来ず。事前情報では大規模地下壕の存在は確認できなかったんですよね……?』
『ああ。そんなものは無いと聞いている』
『……分かりました。ビル街や大規模施……に潜んでいる可能性も考慮し、最大限の警戒をしつつ偵……を続行します』
『MSC2よりMSC1へ。松川以南の西武区域、CTの数はわ……に約一五〇〇。敵密度が事前情報よ……大幅に下回っています』
『松川以北の偵察を続行。ただ、こりゃもう確定だろうな』
『…………はい。敵がいないのは嬉しいですが、ここまで……なると逆に後が怖いですね……』
『言うな。俺も今思っている』
『ですよね……。偵……、続行します』
ここまで状況証拠が揃えば、岡は一つの答えに行き着かざるを得ない。
福島市に神聖帝国軍は一兵もおらず福島以北へと撤退した。CTも合計して一〇〇〇〇に届かないくらいしかいない。
と。
それでも偵察情報は多い方がいい。念の為彼等は福島盆地北部の伊達市手前まで偵察を続けたが、やはりCTが少数いるだけで神聖帝国軍の存在を見つけ出すことは出来なかった。
『…………強行偵察は終了。帰投するぞ。通信可能圏内に入ったら、すぐに本部へ連絡する』
『……了解』
岡はこれ以上の偵察は必要性が薄いと判断して帰投を決意。彼等は郡山へと戻ることになる。
そして、彼は郡山のFHQと交信が取れるタイミングでこう送るしかなかった。
『強行偵察の結果、二本松にCTはごく少数。福島南部にはCTが少数しかおらず、福島盆地内にも最大で数千程度のCTのみしか観測出来ず。旅団規模の神聖帝国軍は存在が確認出来ず、エンザリアCTからの攻撃も無し。我、一切の攻撃を受けず今に至る。福島盆地内の神聖帝国軍は福島以北に撤退した可能性が高い』
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