第6話 トラップと水とマルトクと

 ・・6・・

 福島にいるはずの神聖帝国軍がおらず、CTも当初想定の五分の一程度しかいないことが判明したその日から第一戦線方面軍は北上を開始した。ただし一斉にはではない。前衛の一個師団を動かしてから徐々に全部隊を前進させる形式である。

 既に制圧済みの本宮、CTがほとんどいなかった二本松まではほぼ支障なく進むことが出来たし中継ポイントの構築に手間取ることも無かった。松川、金谷川のポイントでも大した障害は無く、ここまでは順調に軍は前進を続けることが出来た。

 ところが、南福島の手前辺りから進軍の雲行きが怪しくなる。セルトラが言っていた「もし私が指揮官なら、何もしないわけが無い。例えば、水について気をつけた方がいいと思うヨ」が現実のものになったのである。さらに、気をつけた方がいいのは水だけでは無かったのである。



 ・・Φ・・

 2037年2月18日

 午前11時過ぎ

 福島県福島市中心市街地西部付近



「ちっ、ここにもトラップがあるな」


「孝弘。こっちもだ。ちょっとでも衝撃を与えれば爆ぜる魔石がご丁寧に吊るされてやがる」


「随分用意がいいものね」


「こんなにトラップがあるなら予定通り爆撃部隊で更地に近付けた方が良かったかもしらないね……」


 孝弘、大輝、水帆、知花の順に会話がされる。彼等がいるのは福島市の中心市街地からやや西の方に位置する住宅街と商業施設の入り交じる地域だ。その中でも簡単な拠点になりそうなドラッグストアに入ろうとしたらこれである。


「同感だぜ。やり方は物騒だけだよ、それくらいした方がマシだったかもしれねえ」


「全くだな。さっきからずっとこんな調子だ。いくつめだったっけ?」


「私達の管轄だけで六つ目よ」


「あ、待って。店の奥にも探知したから七つ目だね」


「うへぇ……。薬局だからって嫌がらせが過ぎるぜ……」


 一店舗に二つも爆発しかねない魔石トラップがあることに大輝はしかめっ面をする。この手の罠探知に優れる知花や孝弘が見つけ、特務連隊の中でも罠の解除に長ける人物の一人たる加茂野曹長――特務小隊が今回の行動に伴って長浜中佐が手配してくれた古参下士官――が慣れた手つきで魔石トラップを外していく。こんな行動が短時間で何度も続いていた。


「セルトラの忠告は的を得てたな。水の話をした後にトラップ系についても話してくれたけど、まさにその通りになった」


「まあ何もしない訳が無いわよね。私達としては福島の無能指揮官が何もせずに逃げてくれてた方が好都合だったけど、どうやらその線は無いわね」


「うん。間違いなく福島の神聖帝国軍撤退には別人物が絡んでるね」


「孝弘がセルトラから聞いてたヤツが関わってそうだな。どうやって介入してきたかは分かんねえけど」


「俺達の仕事が増えるのには変わりなさそうだな」


「米原中佐、トラップ解除しました。結構めんどくさいことやりやがってましたから時間を少々食いましたが、もうこの薬局は大丈夫なはずです」


 罠を解いた加茂野曹長が孝弘に報告をする。たった数時間で七つも手間のかかる作業をした彼は少し疲労が滲んでいた。


「ありがとう加茂野曹長。ちなみにだけど、爆発したらどうなってた?」


「そうですね――」


 加茂野が続けようとしたタイミングでやや遠くから爆発音が聞こえる。それなりに大きい音だった。


「ああなります。ありゃ魔法障壁があっても数人怪我人が出てますな……」


「うわぁ……。ウチに加茂野曹長がいて良かったよ」


「そう言ってもらえるとありがてえ限りです。しっかしこいつぁ厄介ですね。報告では爆撃から免れた地域じゃ幾つも見つかってるんでしょう?」


「厄介極まりないことにね。それだけじゃないけど……、っとそれより先に休憩を取ろうか。朝からずっとこの調子だから、休まないとしんどいだろう?」


「ええ、助かります。CTは点在する程度で同行しているのが特務小隊なんでバケモノ共への心配をする必要はないんですが、それ抜きでもトラップ解除は神経使うんですわ……」


「だろうね。よし、一旦中休憩にしよう」


 孝弘は部下達にも無線を送ると、安堵の声音混じりで返答がきた。

 彼等はドラッグストアの店内から駐車場に出ると、外は相変わらずの寒空だった。間もなく昼を迎えるというのに気温は二度。今日もよく冷えそうだった。

 孝弘と水帆、大輝と知花は駐車場の一角に集まり少し会話を交わすと宏光を呼んだ。


「金山中尉、水の件についてはどうだ?」


「最悪ですね。各部隊の情報が賢者の瞳を通じて続々と届いているんですが、糞尿だけならまだしも配水場に至っては毒物まで放り込まれてます。あちこちの水道管が破壊されるのは織り込み済みとしても、無事な所は汚染されていて配水場にこんな事をされると、直して使うのにどれだけ時間がかかるか……」


「セルトラの言っていた事が現実になってるな……」


 孝弘は宏光から報告を受けて、曇天の空を見上げ深く息を吐いた。セルトラの忠告が第一戦線方面軍全体に共有されているとはいえ、ここまで徹底的にやられるとなると進軍の支障になるのは確定事項となる。人は飲み食いをしないと生きていけないし、人以外でも水は使う。それが福島市内で使い物にならないどころか『糞尿洗浄』と『毒物浄化』まで実施しないといけなくなるとなれば、どれだけ時間を要するか分かったものではなかった。


「米原中佐、連中は明らかに時間を稼いでいると僕は考えます。水道の仮復旧だけでも大変だと言うのに、糞尿洗浄に加えて毒物浄化まで必要になります。毒物浄化については魔法軍の力が必要です。ただでさえトラップで足止めを食らったも同然ですから、どれだけこちらの動きが遅れることになるか……」


「君の見立てだと、どれほどの遅延になりそうだ?」


「そうですね……。最小で四日。最大で七日程度でしょうか」


「一週間か……」


「仙台の連中が防御を固めるには十分すぎる時間だな」


「うん。索敵網もより細かく出来るね」


「部隊の転換も好きなだけやれるわね。どこそこに重点配置、ここは薄くしても構わない。エンザリアCTはこの場所へ。加えて仙台より北から部隊を持ってきても仙台そのものに置いたり、名取以南に置くなんてことだって余裕だわ」


「川島中佐、関中佐、高崎中佐の仰る通りです。僕も七日あれば様々な対抗策を見出して実行しますから」


「とはいえ、焦れば福島でいたずらに死傷者を増やすことになるし、そもそも水の件を解決しなきゃ動けない。ったく、コレを思いついたヤツの顔を引っぱたいてやりたくなるな」


「全くです。ソイツ、僕以上にいい性格してますよ」


 帰還前にこの手のハラスメント行為を散々やってきた宏光が自虐も含めて愚痴を零す。孝弘達もどうしたものかと頭を悩ませていた。

 しかし、うだうだと言ったところで状況が改善する訳では無い。トラップの発見や解除、約一〇〇〇〇弱から大分数を減らしたCTの排除ならともかく、インフラの復旧は彼等は門外漢だ。然るべき人物達に任せるしかない。

 孝弘はその点を割り切って休憩後に作戦行動を再開した。


 ・・Φ・・

 結局、孝弘達が任された地区のトラップ解除とCT排除を終えたのは夕方頃だった。

 彼等が向かったのは福島駅近くの大型商業施設。そこには第一〇一魔法旅団戦闘団の臨時前線司令部が置かれていた。このショッピングセンターは偶然爆撃を免れており、だったら臨時前線司令部として使おうとなったのである。当然トラップは解除済みだ。ただし中がまだ完全に片付いていなかったから今日限定で駐車場に大天幕を設置していた。

 孝弘は部下へよく休息を取るように言い水帆達に少々の頼みを伝えると、璃佳のいる大天幕へ向かう。


「七条准将閣下、米原です」


「入っていいよ」


「はっ、失礼します」


 孝弘は璃佳の声が聞こえたので大天幕の中に入る。そこには司令部要員の数人と熊川もいた。


「特務小隊、本日の任務を完了しましたので報告致します」


「ご苦労だったね。そっちにはトラップが幾つあった?」


「原始的な落とし穴が四。魔石トラップが一一。閉じ込めたCTを解放するタイプが三ですね。いずれも即時排除及び解除しましたが、心臓に悪いことこの上ありませんでした」


「貴官達のとこも大概な数だね」


「本当ですよ。知花が見つけてくれるのは前からの事ですが、加茂野曹長がいなかったらこれらの安全な解除にはもっと時間がかかってました。後で長浜中佐には礼を言わないといけません」


「加茂野曹長は優秀だからね。さて、君には来てもらって早々だけど別の問題を伝えなきゃいけないんだよね」


「…………失礼ながら、大量のトラップに水の問題だけでなくまだありますか」


「まだあるんだよ。これが。私も聞いた時には熊川と悪態をついたもの。ねえ、熊川?」


「ええ。甚だしく余計な仕事でしたから」


「ね。で、だ。この話は奥でしようか。『マルトク』の話でね」


 璃佳が声のトーンを落として言った『マルトク』とは、特別機密のことだ。どうやら相当に面倒な事態が起きたらしい。孝弘はそろそろ頭痛が起きそうだと思いながら苦虫を噛み潰したような顔つきをすると、璃佳と熊川は彼の心情を察してか同じ顔をしてみせた。

 三人は大天幕の奥、指揮官の執務スペースの方へ歩く。

 簡易的なカーテンを閉めて熊川が防音魔法を施すのを璃佳が確認すると、


「つい一時間前までは君の報告を聞いて終わりにするつもりだったんだけどね、流石にマルトクが入ってくるとなるとそうはいかなくってさ」


「私が絡む話ですか?」


「いんや、君というより君達六人かな」


「六人……。益々嫌な予感がするんですが。…………まさか、帰還者絡みですか」


「流石に六人と言えば分かっちゃうよね。そう。マルトクって言うのは、帰還者絡み。軍本部からこんな情報が入ってきた。読んでみな」


 孝弘は璃佳から賢者の瞳を通じて電子文書を受け取ると、画面を展開させる。

 彼は一通り読み終えると、眉間に皺を寄せた。


「確かに私達の呼ばれ方に関係はしてますね。……要監視対象の帰還者が行方をくらました。ですか」

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