第12章 福島方面奪還作戦編

第1話 ある帰還者青年は現状に不満を抱くだけでなく

 ・・1・・

 2037年1月30日

 午後1時過ぎ

 日本国近畿地方某所・住宅街のとある一軒家


 時は少し遡り、一月末。孝弘達が郡山奪還作戦に向けて着々と準備をしていた頃。

 近畿地方某所、どこにでもあるような住宅街のとある一軒家の一室には一人の青年がいた。家具があまり置かれていない無機質な部屋には電気はついていない。青年はベッドの隅で横になっていて、何かをぶつぶつと呟いていた。


「なんで僕がいつまでもいつまでも、こんなとこに押し込められているんだ……」


 ボサボサの髪の毛で寝巻き姿の青年は視線の先には何も無いのに睨んでいて、何かに対して恨んでいるような口調で言っていた。たった今初めて口に放った訳では無い。何日も前から、いや何ヶ月も前からずっとこんな様子なのである。

 青年は面倒くさそうに立ち上がる。行先は部屋の窓。昼間にも関わらず締め切ったカーテンを少し開けると、彼の目に映ったのは家の前の通りと十字路。それに向かい側の家。彼のいる家から少し離れた路地に二人。向かい側の家には庭いじりをしているように見える男女二人がいた。


「…………クソが。公安だか魔法情報だか知らないけど、今日もいるのかよ……」


 青年は悪態をついてカーテンを閉める。庭いじりをしていた男女二人のうち、女性と目が合ったからだ。


「毎日毎日、監視され続けて嫌になる。僕が何をしたっていうんだ。むしろ感謝されてもいいじゃないか。東京が陥落したのは約立たずの軍人や能力者たちのせいだろ。僕はむしろ人を助けたんだぞ。役立たず共の代わりに戦ったんだぞ」


 青年はまたベッドに横たわると、拳で壁を叩く。彼以外住んでいないこの家で壁をドンと叩いたところで反応は一つもない。


「おかしいだろ。おかしいだろ。異世界じゃ勇者の僕が、誰にも負けない大きな力を持っているこの僕が、戦ってバケモノ共を沢山殺したこの僕が、どうしてこんな所で軟禁されなきゃいけないんだよ……」


 一般市民が聞いたら誇大妄想甚だしい発言を彼はする。だが、彼の言っている事はかなりが真実だった。

 青年は孝弘達や宏光と同じ異世界からの帰還者である。

 青年には親類がいなかった。正確にはいることはいるのだが、連絡を取ってもいないしどこにいるのかも分からないくらいに疎遠だった。生活も不満ばかりだった。元来の性格が祟ったのか、人付き合いが得意でなかったから孤独だった。

 そのような彼が異世界に転移(召喚)されたのは四年前。彼は勇者として召喚された影響からか、D+ランク程度だった魔法能力が大幅に強化されていた。勇者に相応しい力を手に入れたのである。

 青年もまた、孝弘達と同じように異世界では紆余曲折を経て目的を果たして世界を救った。異世界物語のように恋人は出来なかったがそれなりに親しい友人は出来たし、地球世界に比べれば不便だった暮らしにも慣れていた。何より勇者として責務を果たしたから、異世界では破格の生活水準で過ごすことが出来ていた。

 だが、その生活は一変してしまった。


「本当なら僕はまだあっちの世界にいたはずなんだ。僕を求めてくれる、僕の力を欲してくれる人がいた。なのに、あんなクソみたいな災害が起きやがって」


 彼が住む街で災害が起きてしまった。自然災害ではない。地球世界では理論上の存在でしか無かった時空災害が起きたのだ。街一つどころか、一地方が丸ごと吹き飛ぶ大災害だった。


「死んだかと思ったら、まさかまたこっちの世界に戻ってくるなんて、そんなことあるか……?」


 こればかりかは彼に同情したくもなるというもの。地球世界に帰還するつもりも無かった彼が時空災害に巻き込まれた結果、死んだかと思いきや死んでなかった。目が覚めたら、地球世界に戻ってきたのだ。時間はしっかり、四年経過して。二〇三五年一一月のことだった。


「でもまあ、生きてたから良かったよ。異世界で得た力はそのままだったんだからな」


 青年とって幸いだったのは、異世界で得た力を失わずに済んだことである。帰還してそう経たない内に政府帰還者保護チームが彼を保護したのも運が良かった。

 帰還した彼は、暫くは政府に保護され監視付きであることを除けばそれなりに良い生活を送っていた。異世界に四年もいた事から戸籍は抹消されていたものの政府の力で復活し、転移前は高校生だったから修学支援も政府からして貰えた。何度も繰り返される検査はおっくうだったが、見返りとして普通に暮らせるお金が得られたのは助かった。異世界では貴族並みの生活を送っていたから不満ではあったが、地球世界では何の保障も無くなっていたしこのままだと野垂れ死にコースだったから、不満以上に何か事は起こさなかった。


「でも、戦争が全てを変えやがった」


 この独り言が一日に何回もされている事はさておき、神聖帝国による侵略によって青年の生活はまた一変してしまった。

 突然の侵略に、全世界の軍隊は初動対応が遅れていた。平時から有事への切り替えが即時に行わたとしても、軍隊の移動は簡単なことでは無い。日本の場合は即応部隊で対応したが、CTの数が余りにも多すぎた。

 日本軍は大量のCTという飽和攻撃に対処しきれなかった。その結果、東京は陥落してしまった。


「僕は戦った。政府保護チームだがなんだかの制止とか知ったこっちゃねえ。僕には力があるんだ。だから、戦った。僕一人でもやれるんだって証明してやったんだよ。なのに、軍隊は邪魔しやがった」


 青年の言うことは半分本当で半分嘘だった。

 本当なのは戦ったことと政府保護チームの制止。嘘なのは自分一人でもやれたこと。

 たしかに青年は戦った。異世界で得た力を行使した。青年によって救われた命は少々はあったし、今どこかで感謝している人もいるだろう。

 しかし、彼は力の使い方を間違えた。

 政府保護チームの制止を無視しただけでなく、軍の停止命令も無視した。その上で独断専行までしてしまった。青年は一人で勝手に戦ったのだ。己の力を過信して。

 青年の間違えとは、孝弘達や宏光と真逆の思考だった点にある。彼はごく限られた以外の他者を信じず、他者と連携する事をせず、個人行動を好んでいた。これが致命的だった。

 異世界からの帰還者の中には絶大な力を持つ者がいる。孝弘達がSランク能力者であることがその典型例だ。青年もまたA+ランクで、個人としては卓越した魔法能力を持っていた。

 だが、戦争とは個人の力ではひっくり返せない事もある。現に彼は一人で勝手に突っ込んでいき、最終的にはCT群に追い込まれていった。魔力切れである。孝弘が聞いたら馬鹿だなとバッサリ言い切るだろうし、宏光が聞いたらこれだから勇者と名のつく奴はクソだと罵倒するだろう。

 青年の、尻拭いという名の救出活動を行ったのは陸軍と魔法軍だった。有り体に言えば性格に難アリで行動にも問題大アリの彼とて救わねばならぬ。A+ランク能力者は希少だからだ。結局この救出作戦で陸軍は八名の、魔法軍は七名の戦死者が発生してしまった。

 ここまでして救われた青年だが、軍隊が邪魔しやがったという辺り、反省などしている訳がなかった。自身の行動が故に今の監視体制に至ることも、当然自覚がなかった。


「ふざけやがって。ふざけんな。クソッタレ」


 だから、彼は監視している公安や魔法情報(正式名称:魔法軍情報部)をまた罵った。

 一通り現状への不満をぶつけると、彼は黙って天井を見つめていた。


(いつになったらこの扱いが終わるんだ。異世界で勇者だったこの僕が、これじゃあまるで犯罪者じゃないか)


 紛うことなき犯罪者である。軍人であれば軍法会議で裁かれるようなことをしでかしているが、そんなことは彼にとっては関係なかった。

 怒り疲れたからか、彼は一時間半か二時間くらい寝ていた。

 午後四時。陽も傾き夕方を迎えた頃、家のチャイムが鳴った。なぜチャイムが鳴ったかを彼は知っている。昼食時に要望でスナック菓子が欲しいと伝えたからだ。

 扉を開けると私服姿の男がいた。ここ数ヶ月で初めて見る顔だった。恐らく公安か魔法情報の誰かだろうと彼は思った。


「希望してたものだ」


「…………はい」


 あれだけ勇ましく罵詈雑言を言い続けていた彼だが、いざ公安や魔法情報の者達を前にするとこの様だ。彼は異世界では勇者だったが小心者だった。

 すぐにレジ袋を受け取ると、扉を閉めてまたベッドのある部屋に行く。

 袋を確認すると、希望通りのスナック菓子があった。一緒に頼んだペットボトルの飲み物もある。


「ん……? なんだこれ……?」


 ペットボトルの下に紙があった。これはなんだろう、と青年は当然中身を開ける。紙に書いてある文章を彼は読む。


「ふふ、ははは、ははははははははははははっっ!!!! そうだよ!! そうだよ!! そうだよなぁ!!!!」


 青年は突然笑い声を上げる。外にいる監視組は青年が情緒不安定で時折笑ったりするから、またいつもの事だろうと感じていた。


「そうこなくっちゃなあ。だって僕は勇者だぞ。世界を救ったんだ。……………………間違いは、正さないとな」


 彼はにちゃあと、気色悪い笑みを浮かべる。しかし瞳には先程と違って生気が戻っていた。何かを成し遂げなければならない。そういった類の光が青年の瞳には灯されていた。


 数日後、青年は行方をくらます。後方の事であったから当然だが、孝弘達はこの『事件を』すぐには知ることもなかった。

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