第2話 CT大群大決戦Ⅰ〜新小岩防衛ブロック〜

 ・・2・・

 同日午前5時半過ぎ

 東京都新小岩駅周辺

 千葉西部方面迎撃新小岩急造防衛ブロック

 大規模高層マンション最上階


 師走故に、五時半を過ぎても空はまだ暗かった。平時であればまだ街は静かな時間。しかし、東京都心にはあちこちからけたたましい音が響いていた。

 西方から重砲が発射される音が聞こえる。

 対地ミサイルが発射され飛翔する音が耳に入る。

 爆撃機と戦闘機が空を行き交い爆弾を落とし、爆発音が周りにこだましていた。


『立川HQより新小岩防衛ブロックへ。敵第一波は現在防衛ブロックより東六キロ地点を依然侵攻中。数は約一五〇〇〇。空軍爆撃機及び戦闘機の攻撃により数を減らしたがまだ残っている。第二波は第一波後方四キロ地点。数は約二〇〇〇〇。新小岩だけでもこれだけの数が集中する。航空支援は攻撃ヘリと余裕があれば戦闘機も駆けつける。ただし新小岩防衛ブロックには第一特務の第二大隊の二個中隊が展開している為、航空支援の優先度は緊急を除き下がる点に留意されたし。また、我々のカードを切るまで出来うる限り持ちこたえられたし』


『新小岩防衛ブロック、1SRBTL3(第一特務連隊第三大隊大隊長)より立川HQ。了解。波状攻撃を行う化け物共を駆逐する』


『立川HQより新小岩防衛ブロックへ。ご武運を』


『新小岩防衛ブロックより立川HQ。了解』


 孝弘は持ち場にいる中で無線に耳を傾けていた。彼がいるのは新小岩駅から程近い地点にある地上二〇階建ての高層マンション。敵の波状攻撃に備え固定砲台役として水帆と共にいた。大輝と知花はすぐ近くにある、ほぼ同じ高さの高層マンションに。他にも四人のような配置がなされた班が、防衛ブロック内の周辺マンションにいくつも散らばっていた。

 このような配置にしているのには理由がある。


(第二波だけじゃなく第三波まで含めれば、新小岩に向かっているその数は約四五〇〇〇。まるでスタンピードだな。ともすれば、高練度を誇り絶大な魔法火力を誇る第一特務の人達が俺達含めて砲台となるのは合理的か。)


 孝弘が心中で思っているように、友軍の数に比して敵の数、CTは余りに多い。この数の敵を倒す為に日本軍にはカードが一枚用意されていたが、それには時間がかかる。

 それまでの間、防衛ブロックに展開されていた第一特務や西特大とそのすぐ背後に控える地上軍などには極力CTを減らすことが期待されていた。

 新小岩ブロックの場合、超高火力を期待されている孝弘達四人は危険だがCTの大群を射程に収めやすい高層マンションの最上階を陣取り、高所からの攻撃を命じられていた。第一特務第三大隊の中でも魔法火力に優れる者達が班を組織して孝弘達と同様に高層ビルやマンションに展開。防衛ブロックという名の防波堤にCTがやってくる前に数を減らすのが役目だ。

 地上に展開しているのは近〜中距離での戦闘を得意とする者達。加えて海兵隊員や陸軍が一個連隊。非魔法兵の壁役や魔法兵の支援として戦車一個大隊が控えている。これらは高所攻撃組が倒しきれなかったCTの撃破を役目としており、第三大隊の面々の中でも近接戦を得意とする者達は乱戦になった際の敵の撃破を命じられていた。

 上空待機を始めた第二大隊のうち二個中隊は上空からの援護と孝弘達の役目に近い任務が主となる。

 最も敵が多い東京都区部東側に精鋭達が集う。ただ、それでも孝弘は思う。


「数、足らないな」


「ええ。私達がいるにしても増強連隊規模で三波合計五個師団近くを相手にするなんて平時なら正気じゃないわ。いくら相手が雑魚のCTでも、大型や超大型も混じってるし、どうせエンザリアもいる。いかにも急ごしらえって感じね」


「東京方面だけでも日本軍は七〇〇〇〇弱いる。いくら本国で戦っていたとしても東京は狭いようで広い。これだけの軍勢を一挙に、それも機敏に動かせるはずがない。オマケに連中が与えてくれた時間はたったの半日ちょっと。場所によってはもっと少ない。Sランクの俺達に戦術を依存するのは仕方ないさ。戦略まで依存されるのは困るけど」


「私達が動かせるのは戦術レベルまで。だったわね。アルストルムでもそうだった」


「そういうこと。まあ、幸いこの国は戦時に突入してて意思決定が物凄く早い。カードが出されるまで時間稼ぎをしよう。いっそ、時間稼ぎ役以上をやったっていい」


「いいわねそれ。作戦命令内で許される限りやっちゃいましょう。正直、燃焼不良状態なのよ」


「……あえて聞くけど、何が?」


「ナニを、よ。本当はもっとゆっくり出来るはずだったのだもの。それを無粋なバケモノ達に邪魔されたんだから、燃焼不良にもなるわ」


「だったら魔力が枯渇して動けなくなった。なんてならないようにしないとな」


「ね」


 水帆はお茶目にウィンクをしてみせると、孝弘は小さく頷く。彼がそろそろ戦闘モードに切り替わっているのを察した水帆は、肩の力抜きを兼ねた茶化した会話をやめて、自身も集中を始めた。


『BTL3よりキャスター1。聞こえるっすか』


『キャスター1よりBTL3。聞こえていますよ』


『おっけーっす。第一波はあと五キロに迫ったっす。焼き払いと討ち滅ぼしは任せたっすよ。大佐ったらどこからともなく個人で使うにはデカブツを用意してくれたみたいっすから、存分に使ってやってください』


『美濃部閣下がおさえてたものを急遽用意して頂いたようで。半日でやる芸当じゃないですが、備えあれば憂いなしですね』


『ほんとに。ああそうだ。今回に限って、ウチの情報室は大佐のところにかかりっきりっす。立川がサポートしてくれますけど、そっちの分析は関少佐に任せるっす』


『了解しました。地上は任せますので、長浜少佐。ご武運を』


『そっちも。一旦通信終わり。開きっぱなしにするっす』


 長浜との通信を終えると、孝弘は貸与された狙撃銃というよりかは砲に近いサイズの対物狙撃砲の安全装置を解除し、『賢者の瞳』の火器管制システムを起動する。


「さっきからずっと思ってるのだけど本当にデカいわね、それ。口径が三〇ミリだったっけ? 攻撃機に積むレベルのものじゃない」


「『試製三六式三〇ミリ対物狙撃砲』だってさ。元は高魔力高火力の魔法能力者向けの兵器で別の型番がついてたけど、平時じゃこんなの使わないし、戦時でも対人じゃオーバーキルもいいところ。フェアルの武装に使うつもりだったみたいだけど、案の定重たすぎて扱える人が少ないからお蔵入りになりかけてたんだってさ」


「それが戦時で使える場面がわんさか出てきて、アナタもいる。銃といえば孝弘だものね」


「コイツはもう砲と言ってもだけどな。ただ、今回ばかりかは心強い。弾薬も全て対CT弾だし。っと、もう朝になるけどバケモノ共の百鬼夜行がおでましだ。やるよ」


「了解」


 孝弘の賢者の瞳が遂にCTの大群を捉えた。目視でも高所なら大群が確認できるようになっている。


「うっわ。気持ち悪」


「同感だ。焼き払い、なぎ倒し、切り刻むぞ」


「おっけー。任せなさいな」


 スイッチの入った水帆は獰猛な笑みを浮かべる。法撃の準暇詠唱にはいった。


(どうせこのマンションは早々に的になる。大輝が展開してくれた魔法障壁と二人で展開したた魔法障壁が持ちこたえてくれるまで、撃って撃って、撃ちまくる……!)


「火器管制システム、ロック開始。優先目標、超大型ないし大型から」


『認証。ロック開始。目標、超大型及び大型。ロックオン。距離四八〇〇。超大型』


「魔力チャージ。属性・火、爆発系。爆発するバケモノそのものが、爆弾となれ。………………ショット!」


 孝弘と水帆には特定音の遮音魔法が施されているとはいえ、口径に相応しいとてつもない発射音が周りに響き渡る。それが開戦の音頭となった。


『目標、命中。爆発。討伐。続けて目標ロック。距離約四七〇〇』


「…………ショット」


『命中。魔法障壁を貫通、爆発。討伐。続けて目標ロック』


「――ショット」


『命中。爆発。討伐。マガジン残弾五。冷却魔法起動中。冷却限界安全圏。さらに続けてロック。距離四九〇〇。超大型』


「――ショット」


 攻撃開始早々に孝弘は次々と超大型CTを撃破していく。彼の表情に喜びはなく、ただ淡々と目標をロックし撃っていくだけだった。

 彼が耳を傾けると水帆は長い詠唱を続けていた。随分デカいのを放つつもりなんだと頭の片隅で思うが、すぐに彼は自身の仕事に集中する。

 水帆はその長い詠唱を終えようとしていた。


「――焔帝は降臨し、その御力みちからを示さん。炎は焼き、炎は燃やし、炎は不浄を祓う矢なり。空を埋め尽くす炎矢は降り注ぎ、我等が国土を侵す遍く全ては消え去るのみ。さあ、炎帝よ。炎帝を守りしつわもの達よ。此処ここに顕現し、私に国を守る力を与え給え!! 『焔帝軍団フレイムエンペラーズトゥループス』、炎矢攻勢フレイムアローオフェンシブ!!」


 水帆が詠唱を終えると、新小岩の上空に現れたのは直径一〇〇メートルを越す大きな大きな魔法陣だった。

 魔法陣が出現してから瞬き一つの後、まるで軍団が斉射したかの如く大量の炎矢が迫るCT達に降り注いだ。

 多数のCTは燃え黒焦げとなり、爆発し肉塊は四散する。まるで絨毯爆撃を受けたかのように、水帆の法撃有効範囲内には死体しか残っていなかった。


(準戦術級火属性広域魔法か。アルストルムで世話になって一緒に戦った王国の元帥が「一発だけでも末恐ろしいのに、かような大魔法を何発も放てるのだから味方で本当に良かった」と言ったのも無理はないな。相変わらずおっかない。)


 法撃は水帆だけではなかった。

 近くのマンション、大輝と知花のいるところの直上だけでなく、その左右に多数の魔法陣が現れる。詠唱者は知花。発動すると光弾が十字架を描くように放たれた。

 十字砲火のように発射された知花の魔法に孝弘は覚えがあった。


(『聖断十字砲火ジャッジメント・クロスファイア』か。準戦術級光属性広域魔法。知花も本気だな。大輝も今回はゴーレムをフルで召喚してるし、土属性魔法で壁を作り侵入経路を限定させたり前進そのものを阻んだりしてる。これなら暫くは持つだろうけど。)


 孝弘はマガジン交換を終えて装填し、未だ大群を維持するCTの方を睨む。


(骨の折れる戦いになりそうだな……。)


 第一波の数はそれなりに減らしているが、潰滅にはまだ遠い。

 戦いはまだはじまったばかりであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る