第4話 関東平野橋頭堡構築作戦開始

 ・・4・・

 11月14日

 午前6時15分

 山梨県上野原市市役所周辺部

 魔法軍第1特務連隊一時展開地点


 東北地方の北部では初雪が観測されるようになった一一月中旬。日本軍にとって国の運命が左右される一戦、『関東平野橋頭堡構築作戦』の日が訪れた。

 この日までに南側の小田原戦域担当・東部方面攻略軍は小田原に至る国道や高速道路の応急修理をほぼ終え、先遣隊に続く本隊がスムーズに進出出来る態勢を整えた。

 北側の八王子戦域担当・中央高地方面軍も足がかりとなる上野原・相模湖周辺を制圧、拠点化し海兵隊と陸軍先遣隊はヘリボーンによる展開を、第一特務連隊はフェアルによる移動で作戦第一地点である高尾を目指すため上野原に集結していた。

 時刻は午前六時半。前日入りした約二〇〇〇の将兵は最終チェックを完了し、まずは海兵隊と陸軍先遣隊が進発しようとしていた。

 孝弘達はフェアルと武装の点検を行っていた。


「フェアル、オートチェックシステムオールグリーン。いつでも起動よし。魔力チェック。良し。マガジンチェック。良し。魔力回復薬チェック。良し」


「孝弘、随分念入りにチェックするのね」


「前回と違って敵地ど真ん中から始まるからな。そういう水帆もさっきまで細かい所まで点検してただろう?」


「甲府みたいにすぐには主力部隊がやって来ないって状況もあるけど、実戦でフェアルを使うのはほぼ初めてみたいなものだもの。念の為には、ね? 川島や知花だって、ほら」


 水帆が指差す方には、AR画面を操作しているのだろう。大輝と知花が互いにオートチェックシステムを使いつつ、自分の武器や魔力回復薬などの点検をしていた。昨日四人で話し合っていた、担当地区やその隣接地区の地名も出ていた。


「……俺達も三度目だが改めて確認しておくか」


「そうね。しておきましょう」


 孝弘と水帆はAR画面を作戦地区の地図に変えて動きの確認を始める。

 確認といっても四人は高火力のSランク能力者として今回も遊撃がメインとなる為、璃佳から細かい指示は出ていない。作戦地は敵地の只中であり、石を投げれば当たるような状態だからだ。強いて言うのならば、敵の火力が集中するであろう最前面に立つことくらいだろうか。

 既に二度話している内容だから確認はすぐに終わる。先に始めていた大輝と知花は孝弘と水帆と同じタイミングで終わったようで、孝弘達の方の所にやってきた。


「よう、そっちも終わったか」


「ああ。関が細かい点まで確認しているのを見て、俺達もな」


「初めての関東平野での戦闘だから、杞憂かもしれないけれど一応はと思ったの。高尾の辺りからかなり敵も多いみたいだし」


「あの周辺だけでも一個旅団規模、だったわね。八王子周辺は例の如くマジックジャミングで軍事衛星からは観測不能。強行偵察でようやく分かって判明したのが五個師団規模。立川方面や相模原方面にもうじゃうじゃいるのは、マジックジャミングの圏域外にいるCTの数からして確定でしょうから、今回ばかりは魔力回復薬のお世話になりそうね」


 水帆は腰に付けてある魔力回復薬の入ったポーチに触れながら小さく息を吐く。

 初期展開地点である高尾地区に一個旅団規模と二倍以上の敵がいるのもさることながら、八王子周辺部にまで対象を広げると敵の数は五個師団規模。高尾に着いた時点でこれらの一部が来襲する事は火を見るより明らかで、手厚い航空支援攻撃があり主力部隊前面部隊が二時間後に到着予定とはいえ、作戦に必ずは無い。二時間後が三時間後、四時間後になる可能性も考えると、水帆の心配も間違いでは無いのだ。いや、予定通りではない場合を想定しているのだから正しいと言えるだろう。


「水帆の魔力は桁違いだけど限りはあるからな。魔力回復薬だって即効性のあるものじゃないから、魔力管理については甲府以上に気をつけよう。作戦内容を聞くと気を遣える余裕が無くなる可能性も捨てきれないけど、なるべくな」


「孝弘もね」


「ああ。でもまあ、アルストルムの頃を思えば今は賢者の瞳で小数点以下まで魔力残量が分かるから楽なもんだ。体感のあやふやで計算せずに済むからさ」


「確かにね。魔力残量はこれだけだから何がどれだけ撃てるかの計算が簡単な分、戦いやすいって思っておくわ」


「オレも今回は多少無茶する覚悟でいるけどよ、あん時はよりゃマシって考えてるぜ。アレさアレ」


「ああ、アレか……」


「あー……。あの時の事を思えば、今回なんて好条件よね」


「大輝くんのポジティブさには助けられてるけど、あの時は大輝くんもどうすんだこれって感じで酷い顔してたもんね……」


「だろ?」


 四人がアレやあの時で通じている出来事とはアルストルムにいた頃で全員の共通認識である、三回あった『これはもうダメかもしれない』と感じた内の一つ、自分達を含め一個小隊で二個連隊を半日相手にしなければならない戦闘の事だ。

 一個小隊の内訳が精鋭たる王国近衛部隊だったとはいえ、孤立無援の第三王子と自分達の救援部隊が到着するまでの半日を耐えきられなければならない戦いは、四人が口を揃えて「もう二度とあんな事はしたくない」と言うくらいなのだから、状況は察するに余りある。その頃を思えば今回は後方から味方は来るのだし、数は約一四〇〇もいるのだし、しかもその一四〇〇は国内屈指の魔法軍部隊と精鋭と名高い海兵隊の一個大隊。大輝が持ち前のポジティブさを発揮している点があるとはいえ、前向きに考えるには十分な要素だった。


「つーわけで、気楽にいこうぜ」


「おう」


「ありがとう川島。気が楽になったわ」


「礼はいらねえぜ」


「作戦開始一五分前! 総員進発最終準備!」



 あれやこれやと話しているうちに、熊川から声がかかる。時刻は午前六時四五分。やや離れた所からは速度の関係で先行して出発する海兵隊部隊を乗せたヘリ部隊が次々と離陸を始めていた。第一特務の面々は自分達の用意をしつつ、手を振って見送っていた。孝弘達もチラりと見えたヘリに手を振ると、海兵隊の隊員達がブンブンと手を振り返していた。

 作戦開始五分前。璃佳から、二時間多少の無茶をすればこっちの勝ち。ただし命を易々と捨てるような選択は厳禁。といった旨の訓示が終わると、連隊員達は各部隊の配置に従って纏まる。孝弘達は甲府の時と同じように、璃佳達本部中隊付だった。


「四人とも、フェアルの操作は大丈夫だよね?」


『はっ、問題ありません』


「ならよし。今回も頼んだよ」


『了解!』


 璃佳と短くやり取りを済ませ、作戦開始一分前を切った。


第一特務通信室1stCRより、セブンス以下各隊へ。これより戦術情報支援を開始します。何かあればすぐに仰ってください』


『セブンスより1stCR。最初の二時間はあらゆる情報が欲しい。取捨選択は任せるからいつも通りよろしく』


『1stCRよりセブンス。了解しました』


 戦術分析官の佐渡と璃佳が通信を終えると、賢者の瞳に戦術情報支援の開始が表示される。


「カウントスタート。二〇、一九――」


 熊川の作戦開始カウントダウンがされ、すぐにカウントはゼロへ。


『作戦開始! 第二大隊、本部中隊テイクオフ! 空域確保後、第一、第三大隊もテイクオフ!』


 璃佳の通信と同時に、第二大隊と孝弘達含む本部中隊が離陸。フェアルの澄んだ飛行音は上野原周辺に響き渡る。あっという間に指定高度の七〇〇へ。

 高尾に向かい始めると、すぐに1stCRの佐渡との無線通信が始まった。


『1stCRより先発各隊へ。日本語による通信を続行します。高度制限八〇〇。速度制限五〇〇から六〇〇。高尾までの針路をマップにマーク。攻撃を受けたなど緊急事態を除き我の指示に従ってください』


『セブンスより1stCRへ。了解。高度制限維持。速度制限了解。針路確認よし。先行の海兵隊はどう?』


『1stCRよりセブンスへ。現在約九〇〇〇先を飛行中。速度三五〇。敵からの攻撃は無し。約一八〇秒後に作戦空域に到達。連隊は途中追い越し先着となります。高尾は現在戦闘機部隊が爆撃を開始。無人機部隊も同じく。高尾駅周辺の安全確保任務遂行中』


『セブンスより1stCR。了解。空域各位に通達依頼。一五〇秒後に高尾駅周辺に対して増強大隊規模統制法撃、風属性切断系を実行。指定空域を空けるように』


『1stCRよりセブンス。了解。……………………送信完了。………………該当各部隊了解の旨届きました。実行可能です』


『セブンスより1stCR。了解。通信はそのままにしておく。以上』


『1stCRよりセブンス。了解。健闘を祈ります《グッドラック》』


『セブンスより各隊へ。一二〇秒後統制法撃を実行。属性は風、切断系』


 璃佳から統制法撃の種類が指定されると、各隊中隊長クラスから了解の返答が来る。

 日の出から約三〇分が経った空は眩しく輝いている。眼下には山林が広がっている。戦争さえ無ければ綺麗な風景だ。だが、向かう先からは爆撃や銃撃の猛烈な音が孝弘達の耳に届く。それが戦争の姿だ。

 二分後はあっという間だ。フェアルという高速飛行だと、孝弘達の目にはすぐに高尾の市街地が目に入ってきた。


『速度約一五〇まで落とせ。統制法撃用意!』


 賢者の瞳に照準が送られてくる。統制法撃のタイミングも送られてきた。

 各員が詠唱を開始。そして。


『増強大隊統制法撃…………、撃てェ!!』


 璃佳の一声の後、風属性切断系の増強大隊統制法撃は高尾の市街地に向けて発動。

 航空戦力による前段階攻撃に続き、『関東平野橋頭堡構築作戦』の次段階作戦が始まった。

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