第3話 『関東平野橋頭堡構築作戦』の説明

 ・・3・・

 11月5日

 午後2時半過ぎ

 山梨市・第一特務連隊仮設司令部付近



 一一月五日。この日も晩秋らしい青空が広がっていた。山梨市周辺はCTの死骸の撤去が数日前にようやく完了し、将兵達は次なる戦いに備えて訓練と万が一に備えての防衛線の構築を行っていた。

 孝弘達四人は前者で、甲府方面攻略作戦前時点では不完全かつ未了だった飛行魔法機器フェアルの操作慣熟及び実戦形式訓練を行っていた。

 甲府盆地方面の戦闘が終わって以降、孝弘達は戦闘に出ている時以外はこの訓練にかなりの時間を充てていた。

 教導担当が高富などの熟達者ということもあり時間を相応にかけた成果もあってか、四人共が多少の差はあれどある程度の戦闘に耐えうる位には上達し、高富からは「一般的から少々下くらいには飛べるようになった。飲み込みが早かった」と評価されていた。

 その孝弘達は訓練を終えて小休憩を取ってから、璃佳に呼ばれていたので仮設司令部に向かっていた。


「訓練が終わった後に呼ばれるパターンはこれで二度目だけど、時期的にアレだよな」


「アレでしょうね」


「アレだな。この前、さらっと話には出てきたし」


「アレだね。最近、物資弾薬の輸送が活発になってるみたいだし」


 司令部までの道を歩きながら四人はこんなやり取りをする。孝弘達は璃佳から次の作戦がある事は知らされていたし、ここ数日の人やモノの動きからして近々何かあるのは察していた。

 もちろん、彼等は大体の任務先も見当がついていた。だから璃佳に呼ばれたからといって慌てることも無かったし、今もこうしていつも通り会話を交わしていたのである。

 司令部付近まで行くと、歩哨の兵士から敬礼を受ける。地球に帰ってからもう一ヶ月以上経ち、連隊と合流してから半月以上経つと、四人は慣れた様子で答礼をして司令部にしている市役所の建物に入っていった。

 璃佳がいるのは三階の一室。ドアをノックすると、聞き慣れてきた声がしたので孝弘はドアを開けた。


「米原孝弘以下四名、到着致しました」


「訓練直後の呼び出し悪かったね。コーヒー用意してあるから、座って飲んでて」


「ありがとうございます」


 孝弘達はかつては応接用に使われていたであろう二人がけソファに孝弘・水帆、大輝・知花の組み合わせで座る。

 孝弘が水を飲んでからコーヒーを口につけると、ふぅ、と一息ついて璃佳を待つ。

 璃佳は少しすると準備を終えたようで、向かい側に座り熊川は背後で立っていた。


「お待たせ。さっきまで上からの連絡だとかが多くてね。四人共訓練はどうだった? 高富からは飲み込みが早いからどんだけか時間をかければ自分達にもとりあえずはついていけるようになるって聞いたけど」


「高富少佐の指導のお陰で乱戦での高技能機動をしなければだいたいは動かせるようになりました。フェアルは直感で飛べるのでやりやすいですね」


「そこがフェアルの長所だからねー。そのせいで他国のに比べると少々魔力は食うけど、汎用性は高くなってるかな。――さて、今日四人を呼び出したのはなんとなく察しているだろうけど、次の作戦についてだよ。中央から次の作戦について正式に通達があった。私達は関東平野に進むよ。端末に資料を送るから目を通してもらいながら、このマップを確認して」


 璃佳は四人に言うと、孝弘達に作戦資料が送られテーブルにはホログラムマップが表示される。マップは関東平野西部が映し出されていた。


「私達は日本軍は甲府盆地を攻略し、太平洋側は熱海まで進出。上野原方面の確保は間もなく完了し、小田原へ向かう交通路の再構築も進んでる。つまり、作戦を始める準備は出来たわけだ。その作戦、名称は『関東平野橋頭堡構築作戦』。作戦規模はこれまでで最大で、南の東部攻略方面軍と私達がいる中央高地方面軍が展開する。二つの方面軍でまずは関東平野西部を、ひいては首都東京、最終的には関東平野全域を奪還するための足がかりとなるのが本作戦だね。四人共、資料に目を通して。地図も併せて見るように」


 孝弘達は端末に送られた資料を開く。

 璃佳が作戦の概要を話始める。内容は以下のようだった。


『関東平野橋頭堡構築作戦』概要


 1,本作戦は小田原方面と八王子方面の二手に分かれて実施される。作戦開始日は一一月一四日午前七時。


 2,参戦兵力は次の通り。


 ①小田原方面

 ・東部方面攻略軍(旧称:静岡太平洋方面軍)

 四〇〇〇〇人


 ・西方特殊作戦大隊

 三〇〇人


 ・海軍第一機動艦隊

 ※空母艦載機部隊含む


 ・東部方面攻略軍航空方面隊

 一個航空団(戦闘機部隊)


 ・上同部隊無人攻撃機部隊

 一個飛行隊


 ②八王子方面

 ・中央高地方面軍

 一五〇〇〇人


 ・第一特務連隊

 九〇〇人


 ・海兵隊第二特殊大隊

 五〇〇人


 ・空軍松本飛行団

 二個飛行隊


 ・上同飛行団無人攻撃機部隊

 一個飛行隊


 3,小田原方面は国道及び高速道路の応急修理最終段階を終えて地上部隊は進出。ただしその前に西方特殊作戦大隊及び一部部隊(増強一個大隊規模)は可変ヘリにて早川・箱根板橋方面を確保。直後に本隊先遣隊と合流し、空軍・海軍艦載機部隊の航空支援及び海軍艦艇支援攻撃を受けながら小田原方面を確保。


 4,八王子方面は前段階作戦で確保予定の上野原を拠点とし第一特務連隊はフェアルで、海兵隊及び一部部隊は可変ヘリにて移動。高尾方面を急襲確保し、八王子方面に展開。八王子方面も航空支援等の支援を受けながら進出。


 5,各方面共にまずは小田原市・八王子市を確保すること。また、先遣部隊は本隊が到着するまで橋頭堡を構築し防衛線を破られないよう全力で応戦すること。


 6,小田原方面は相模川を南北ラインとし平塚までを進出線とし、八王子方面は日野までを進出線とする。なお、最終的には両方面は相模原を経由して合流までが本作戦である。



「――以上だね。二方面で約五七〇〇〇を投入する大規模作戦になる。その中でも私達が担当する八王子方面は兵力の多い小田原に比べ数的にも厳しい戦いになる方だ。君らも知っているだろうけど、関東平野はCTの巣窟そうくつだし東京に至っては二三区全域がマジックジャミングが作動していて軍事衛星からでは情報が得られない。偵察無人機を飛ばそうにも敵の完全制圧下では立川や三鷹に吉祥寺辺りで落とされるのが目に見えてる。何をしようとしても現状じゃ手札を出すことも出来ない。けど、今回の作戦が成功すれば手札が出せるようになる。相手の兵力がこっちに向くから北の方の友軍も楽になる。だから、四人には予め言っておくよ」


 璃佳は少しだけ間を置くと、こう言った。


「戦闘では相応の覚悟を、しておくように」


 いつになく璃佳は真剣な表情で四人に向けて言った。その雰囲気と口調、ガラリと変わった部屋の空気に思わず孝弘は唾を飲んだ。


「――今回だけじゃない。関東平野における戦闘全般はこれまでとは違う戦いになると思う。一筋縄ではいかないだろうし、兵力も段違いだろうし、何より白ローブの男みたいな神聖帝国絡みもいるだろうね。となると、私達Sランクでもああいうのに集団で掛かられば負傷もするし練度と相性によっては死ぬかもしれない。その上でCTを蹴散らす。明らかに富士宮や甲府盆地より難度は高くなるだろうね。んー、そうだね、君達が苦戦していた時を思い出してくれればいいよ」


 孝弘達はアルストルムで苦戦した戦いを振り返ってみる。科学技術はこの世界より劣るが、魔法が栄えていたあちら側では敵の能力者ランク次第では戦闘の有利不利が大きく変わった。有利かと思いきや高練度能力者の乱入で思わぬ苦戦を強いられた事もあるし、A-を公称する能力者が実は魔法や戦い方の相性によってはA+に匹敵し苦しい戦いになったこともあった。

 彼等は自身の経験を思い出し、今回に当てはめる。アルストルムの時以上に敵の情報は少ない。神聖帝国は謎が多い。しかし、強力な魔法使いがいるのは確定。さらにはCTもいる。それも関東平野内には膨大に。となると、取るべき行動は一つ。


「つまり、これまで通り過剰火力をぶつけるくらいで丁度いい、と」


「そゆことだね、米原少佐。今までと同じでいいよ。特に高尾着からしばらくの初期段階は私達と海兵隊とかで約二〇〇〇ちょいだからさ」


「自分達Sランクの下支え必須ですね。中央はそれ前提で作戦決定したんでしょうけども」


「歴戦の軍人は察しが良くて本当に助かるね。ま、よろしく頼むよ」


「ええ」


 孝弘は肩をすくめると、璃佳は苦笑い。璃佳も八王子方面の作戦初期段階は結構無茶だと思ってはいるのである。熊川も顔に「相変わらず上は無理を言う」と書いてあるような顔つきをしていた。


「分かりました。作戦開始五日前までに、作戦中にどう動くか、魔法は何を中心に使うかなど、また話し合っておきます」


「おっけー。四人で話し合って結論出たら共有してね。私や熊川の動きにも関わってくるからさ」


「はっ。了解しました」


 四人は頷きそこで打ち合わせは終了となった。

 その後は璃佳が私物のクッキーを出し軽い雑談になり、しばし息抜きの時間へ。

 この場にいる六人は日頃緊迫しがちな中で肩の力を抜ける時となった。

 しかし六人に共通しているのは、関東平野にいるであろう敵勢力にどれほど高練度の部隊がいるのか。という不安であった。

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