第2話 残された時間は2年

 ・・2・・

『北海道撤退作戦』終了後に関する簡易報告

 発:日本軍中央統合司令本部

 宛:佐官以上各位


 一,一〇月一九日に成功、完了した『北海道撤退作戦』の速報については下記の通り。


 一,一〇月一九日までに道民及び道内観光客の避難は全て完了。鉄道・軍輸送艦及び諸艦艇・民間フェリーによる輸送にて、計約二〇二万人の避難を達成。ただしこれに逃げ遅れた道民及び観光客は含まれない。


 一,道内戦闘等における民間人死傷者は約三〇〇万人。詳細な数値は現時点をもっても不明。


 一,『北方方面統合軍』については一八五五〇名の本土後送を完了。これには各離島部隊及び函館展開部隊を含む。


 一,『北方方面統合軍』戦死者及び行方不明者は約三〇〇〇〇名。現時点をもっても詳細な数は不明。


 一,軍事衛星からの観測により、稚内・根室・北見・釧路・網走・帯広・旭川・札幌・苫小牧において、魔法阻害マジックジャミングを観測し周辺地域の観測不能。敵拠点構築が進んでいると思われる。


 一,一〇月二五日に青函トンネルを爆破処理。地上部の封鎖を完了。同日、強行偵察及び救出作戦を無期限停止。


 一、一〇月二七日には函館含む道南全域がCTの制圧下へ。津軽海峡民間向け航路を完全封鎖。軍事利用についても津軽海峡北部の作戦外通航を停止。


 一,今後道南方面及び北海道沿岸の偵察は無人機を利用した作戦へと変更する。


 一,『北方方面統合軍』所属部隊の配置転換は後日決定。


 一,大阪に帰還予定の『西方特殊作戦大隊』については配置転換。新潟にて待機中から静岡方面にて編成完了した東部攻略方面軍へと異動とする。


 一,北海道を失陥するも、中央高地及び静岡方面では反攻が継続している。関東平野の西部方面奪還に向け、各員より一層奮起されたし。



 一〇月三一日

 中央統合本部情報参謀部



 ・・2・・

 11月1日

 午前10時半過ぎ

 山梨市・第一特務連隊仮設司令部



 孝弘達が甲府市を奪還してから半月が経過した頃になると、中央高地方面軍は甲府盆地の全域を奪還。さらに富士吉田方面のCTも撃滅し、山梨県のほぼ全てを奪還。残すは上野原方面のみとなっていた。

 これまでの苦戦が嘘かのように奪還地域を広げたのは戦力の集中という作戦を取っていたこともあるが、CTが関東平野方面に後退を続けていた点も大きい。敵勢力の中核を担うバケモノは幾らかは残していたものの、これまでの数ほどでは無かった。

 そこへ戦力を集中的に投入したのだから、負けるはずがない。戦闘であるから死傷者は発生したものの、孝弘達や璃佳達の第一特務連隊が逐次支援を行うか主体的攻勢を行うことで被害を最小限に抑え、結果として半月で山梨県の九割以上を取り戻したのである。

 月は変わって一一月。昼こそ気温は二〇度程度までは上がるものの夜が冷え込むようになった甲府盆地。山梨市に置かれた第一特務連隊の仮設司令部では、璃佳は副官の熊川と、他方面の現状確認と次の作戦に関する資料に目を通していた。


「北海道方面についてはようやく一息ついたところです。失陥したとはいえ多くの道民を避難させることができ、今後の作戦に転用可能なレベルで部隊を残せたのはベターかと」


「約一八五〇〇って数字は、あの地獄の中でよく残せたと私も思ってる。約二〇〇万もの民間人が避難出来たこともね。ただ、北海道が奪われた事実は変わらない。いつかは奪還しないといけないね」


「仰る通りで。しかし、今は目の前の奪還作戦でしょう。元より北海道は陥落前提。日本の食料庫と象徴される北海道が落ちた事で食料自給率は低下しましたが、関東・東北が北海道より早期に陥落した事により自給率の帳尻が合ってしまったのは皮肉ではありますが……」


「代わりに静岡以西と日本海側は生きてる。世界的に見ればよくやってる方だと考えるしかないね。――んで、だ。熊川の言う通り次の作戦は控えてる。捕虜数名からも情報が得られた事で、CTもとい異世界からの侵略者『神聖帝国軍』についても分かった事が増えてきた。それにより中央は消極的な作戦から積極的な作戦へ変更。東北方面と日本海側方面は相変わらず持久戦を強いられるけれど、太平洋側と中央高地に展開している軍は反攻作戦に転用。兵力を大きく増強した上で実施。それが、この作戦だね」


 璃佳がトントンと机を叩きながら視線を移した先にあるのは、ホログラムで映し出されている作戦要綱。


『関東平野橋頭堡構築作戦』


 だった。


「静岡方面の友軍は私達が甲府盆地を奪還する間に火力の集中投入で三島、熱海まで自軍勢力下地域を広げて、次は遂に小田原へ。関東平野の橋頭堡が一つの構築は目の前ってとこだね」


「小田原に橋頭堡が構築されれば我々も戦いやすくなります。あちらについては大きく戦力が増強されました。数だけではありません。函館で大活躍を果たした『西方特殊作戦大隊』が配置されるようで」


「西方特殊作戦大隊はウチを大隊規模にしたようなメンツで、西の守護者って言われているからねえ。特に隊長の今川中佐は私と同じSランク。魔力保有量も高崎少佐には及ばないけど関少佐以上で、風属性については国内随一の使い手だからね。彼女がいるだけで小田原方面の戦いはかなり変わると思うよ」


「北方特務戦闘団は未だ再編成の途上。あそこは北海道の件で暫くは動けないでしょうし、西方が来るだけでも大違いかと。それにしても、中央は随分と強気になりましたね」


 熊川は作戦要綱に目を通しながら言う。


「捕虜から限定的とはいえ情報を手に入れたからだろうね。今までは敵が謎に包まれていた上に、作戦初期で手痛い目に遭っていたからね。CTは増えるばかりで守るのに手一杯だし、北海道にも戦線を抱え込んでいたから余計に手が空かなかった。けど、今は違う。神聖帝国の情報が多少手に入った事で対処法が取れることが分かった。北海道の戦線は敗北って形だけど戦力をある程度逃すことが出来たし、太平洋側とこっちは押し返した。ま、ここで反攻しないと士気に関わるし、国民感情にも影響する。多少政治要素が働いているけど、やるなら今ってとこかな」


「その対処法も完全なものでは無いですが、高練度部隊を前面に出して後に一般部隊を投入すればある程度は戦えることが証明されましたからね。例の白ローブクラスが出てくると厄介ですが」


「いるでしょうね。私達だって高練度部隊を保有してるんだから、あっちだってあるに決まってる。おまけに相手は無尽蔵に湧き出るバケモノ付き。相変わらず不利なのに違いはないけど、座して死を待つなんて有り得ない。例え、CTの正体が神聖帝国の絶滅作戦の果てに生まれた『技能・能力的に外れだからとバケモノにされた属国の大量の国民』だとしてもね」


 敵サイドの捕虜を得たことで手に入れた貴重かつ大きな収穫となった情報の一つが、璃佳が口にした内容である。

 中央の参謀部が尋問でこれを聞いた時、道理で無限湧きのようにバケモノが出てくるわけだと頭を抱えたのは最近のこと。

 捕虜の属国軍尉官によれば、彼が把握しているだけでも属国となった国は六つ。人口は合計で約五〇〇〇万人だという。その内、バケモノに転用された『ハズレ』は約四〇〇〇万人。それらが世界各地に出没しているバケモノの正体だという。捕虜の身分は嘘か誠かまだ掴みきれていないが、元属国の軍人で退役してからは魔法学者だという。中央も捕虜の情報全て信じている訳では無いが、辻褄が合う点がいくつもある事から信ぴょう性のやや高い情報と判定。今後もまだ湧いて来るだろうと仮説ながらも一応の結論を付けることとなった。

 神聖帝国については未だに謎が多い。精々が人口と産業形態、大体の兵力数など向こう側からしたら一般常識程度のもの。しかし、元々が皆無だったからどんな情報でも日本軍にとっては有難かった。無論、まだ生きている情報通信網を使って世界各地に提供はした。既に各国からは最大限の感謝の意が伝えられている。


「まー、何であろうと私達は戦うだけ。祖国を守り、奪われた土地を奪還するだけさ。捕虜をどうするだとか、遮断されていない海路と生きている国との連携はどうするだとかは国の政治がすること。私達が気にするのは勝つか負けるかだね。さすがに燃料と物資弾薬は気にするけどさ」


「戦況が僅かながら好転したのは良い事ですが、いつまでも戦えませんからね……。既に国民生活各所に影響が出ていますが、我々が今のように戦えるのは確か……」


「日本の場合、国内単独で持って約二年だね。あと二年で連中を元の世界へ追い出さないと、軍は継戦能力を失う。海路が生きてるからまだマシだけど、それとて二年が過ぎれば人的資源も物資弾薬も尽きる。後は破滅を待つのみ。本家筋から手に入れた情報だから、確度は高いよ」


 璃佳は煙草を取り出し火をつけて、紫煙をくゆらせながらじっと天井を見つめる。

 開戦から三ヶ月が経過し、神聖帝国など敵国の情報も徐々に入ってきた。今はまだ謎も多いが、今ある情報と敵戦力の現況からの予測では日本でもタイムリミットは二年。残された時間はそう多くない。

 だからこそ政府も中央も、反攻作戦によって光が差してきたから『関東平野橋頭堡構築作戦』を打ち出し、その先も見通すようになってきた。まだ敵について知らない事の方が多いにも関わらず、関東平野全域を奪還出来ると想定して。

 もちろん積極的なのは良い傾向なのだが、危うさを持っているのを、璃佳はひしひしと感じていた。


「焦る気持ちは分かるけど、これは、次のこれはちょっとしんどいかもねえ」


 璃佳は資料のページを変えて、ある部分を表示させる。

 そのページに書かれていた場所が激戦区になる事が間違いなくても、第一特務連隊は戦うのみ。とはいえ、璃佳ですらこの地域での戦闘は一筋縄ではいかないだろうと予測していた。


「上野原を攻略してからが前提で、私達が現地に着いてから二、三時間後には友軍が到着する予定と分かってても、中々の無茶振りをしてくれるよね。だってさ、作戦内容の一つが『第一特務連隊は高尾・西八王子方面を急襲しこれを確保。関東平野方面第二橋頭堡構築の先駆けとなれ』なんだもの」

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