第1章 ハッピーエンドは幻夢の如く

第1話 帰還

 ・・1・・

 20??年??月??日

 太陽の角度から推定午前中

 日本国内某所・森林地帯


 周囲に広がる森林の中でぽつりと空いている、太陽の差し込むやや大きな空間に、二人の男性と二人の女性が倒れていた。

 死んでいるのではない。眠っているのである。


「ん、んん……。う、んん……」


 その中で、やや長髪の長髪、身長は約一七〇センチを少し越える程度でやや鍛えられた印象の体格を持つ青年は、目を覚まそうとしていた。まるで長い眠りから覚めそうな様子で、彼は目を覚ます。


「ん……、あ……。…………っう。……頭、いた……」


 目を開くと、ぼやけた視界で彼は頭痛を感じで顔をしかめる。

 だが、少し経つと彼の表情は明るいものに変わっていく。


「…………常緑樹に、日本語の立て札。木の名前……。あぁ、無事、帰れたんだ」


 青年は、街中で言えば病院に連れていかれるか厨二病甚だしいと思われるか、いずれにしてもおかしいと思われるような言動をする。

 しかし、彼が言っていることは嘘ではない。傍で倒れている三人を含め、彼等は物語世界でしかありえない異世界転移をしたからである。

 だが彼らは物語世界の主人公達が如く戦い、勝利し、そして今地球への帰還を果たしたのである。彼が倒れている近くにある日本語の立て札が何よりの証拠だった。


「まさか六年ぶりに見る日本語が、自殺防止の立て札なのはアレだけど……」


 彼は苦笑いする。

 久方ぶりの日本語がまさか自殺防止の立て札だとは彼も思っていなかっただろう。しかも死んだ訳じゃなく、何度も死線を潜ってきたのだから。


「って、感傷に浸るなら全員を起こしてからだな……」


 青年――米原孝弘まいばらたかひろ――は小さく首を左右に動かしていく。彼の前には、先程までの孝弘のように眠っている三人がいた。格好は自分を含め転移前の私服。転移先世界の要人達が丁寧に保管してくれていたものだ。


「大輝に知花、二人とも手を握りしめあってアツアツだこと……。まあ、人の事は言えたもんじゃないけど」


 森林真っ只中で無ければなんとも仲睦まじい様子で寝ていると言える様子の二人は、彼の友人である短めの茶髪で孝弘より大きな身体――身長は一八○センチ程度。体格は筋骨隆々程ではないががっしりとしたタイプといえる――である川島大輝と、身長は一五○センチを少しだけ越える程度で体格は女性としてもやや細め。頭髪は肩から下まで伸びるそこそこ長い黒髪で、華美ではなく大人しめな黒と白が基調のワンピースを身に纏うなど、外見からしていかにも大人しそうな感じがする細い赤フレームのメガネをかけているのが関知花だ。

 二人は異世界転移をしてから三年近くが経った辺りで恋仲になっていた。いくら大事故で死ぬ運命だったとはいえ、たった四人で見知らぬ世界に飛ばされれば孤独は感じるもの。恋愛感情が生じるのもおかしくはない。

 それは孝弘も一緒だった。

 彼は少し離れた所でまだ眠っている女性のもとへ歩く。セミロングで暗めの茶髪。活発的な女性を思わせるパンツスタイルに自然色のブラウスとシンプルな服装を身にまとっている女性。

 転移前は大学の同じ学部の友人であり、異世界転移後における戦いの相棒であり、励ましあった仲間。そして転移後の中盤以降では恋人同士になった彼女が高崎水帆。孝弘はすやすやと眠っている水帆の髪の毛を、頬を優しく撫でる。


「ん……」


 水帆は撫でられた事を知ってか知らずか小さく声を出すが、まだ起きなかった。


「まぁ、いいか。焦ることもないし、帰還(かえ)ってんだし」


 彼は水帆の傍らで横になると、青空をぼうっとして眺める。

 周りは森林地帯だけあって静かだ。まるで自分達以外は誰もいないのではないかと錯覚するくらいに静寂に包まれている。


(そういえば魔法研究所のユースティアス所長が、「帰還地がチキュウのニホンまでは座標を合わせられるが、どの街までは指定出来んかった。君達の住所がニホンの真ん中よりだからなるべくそこに近い所に届けようと思うが、あまり期待しないでくれ。あと年数も一年前後ズレが出るかもしれんな」とか言ってたなあ……)


 となると、ここはどこなんだろうか。

 孝弘はぼんやりとしながら思考回路を動かすが、後で考えればいいかと早々に結論付ける。

 自分達は長い戦いを経てやっと故郷である日本に帰ってきたんだ。もしここが、彼等が通っていた大学が所在する東海地方のある都市から遠く離れていたとしても、些末な問題だ。

 転移前に持っていた手荷物は異世界のアルストルムの王国で大切に保管されているから、現金もそのまま。ここが北海道や九州でも在来線を乗り継げば余裕で帰れるはずだ。異世界滞在は六年でズレは前後一年程度だから紙幣が変わっていたなんて事もないだろう。

 ああそうだ、今いつだっけ。

 孝弘は思い出して自分の鞄からホロフォン――ホログラムフォンのこと。孝弘の場合は腕につけるタイプのものだった。――を取り出そうとした時だった。


「ん、んー。いてて、いったぁ……」


「おはよう、水帆。よく寝てたね」


「おは、よう。…………もしかして、帰ってこれたっ?」


「うん、帰ってこれたよ。地球で、日本だ」


「そ、っかぁ。帰ってこれたんだ」


 目を覚ました水帆は、寝ぼけた様子で孝弘へにへらと微笑む。愛おしい彼女の微笑みに、思わず孝弘は水帆を抱きしめ頭を撫でていた。


「ちょ、ちょ、どうしたのよ急に」


「誰も欠けずに戻ってこれて、水帆といられるのが嬉しくて、つい」


「もう。孝弘ったら」


 口振りとは逆に、水帆は頬が緩みきっていた。

 しばらくの間、抱きしめ合う二人。

 すると。


「寝起きの一発目が親友が彼女と抱きしめ合う姿だなんて、とんでもねえハッピーエンドだな」


「仕方ないよ大輝くん。わたし達だって、同じことしてたでしょ?」


「ま、まあな。そらそうよ」


「二人共起きてたのか!?」


「ついさっきな。そしたらこれだぜ?」


「ふふふ、孝弘くんも水帆さんも元気そうで何よりだね」


 孝弘と水帆は、いくら気心の知れた仲の二人とはいえ見られたことを少しだけ恥ずかしがる。勢い余って深い方のキスをしなくて良かったと思う孝弘だつた。

 少しの間、互いに無事帰れた事を祝い合うと孝弘が話を切り出した。


「今の年月日を確かめないか? ユースティアス所長が言ってただろう? ピッタリ六年にはならずに多少ズレるかもって」


「おお、そうだったな。待ってろ、オレはモバイルバッテリーも持ってたから動かせるぜ」


「悪い。確かアルストルムの方ではほぼ触ってないから多少なら動くだろうけど、バッテリー切れもありそうだし」


 四人は早速ホロフォンを起動する。

 全員が起動すると、年月日が表示された。


「二〇三六年九月三〇日午前一〇時過ぎか。時間はともかく、転移前が二〇三〇年五月二二日だったから、約六年四ヶ月……。四ヶ月のズレも納得だ。この服で寒くもないし暑くもない」


「春か秋かの違いで良かったわ。夏なら薄着になればまだいいけど、冬だったら目も当てられないもの」


「だね、水帆さん……。ここは森林の中だからすぐに民家が見つかるかどうかなんて分からないし、帰還早々に凍死だなんてやだもんね……」


 知花の言うことは最もだ。もし帰還時が真冬で座標がズレて北海道の山中に飛ばされたなんてことになったら、まさに極寒の中での凍死が現実になりかねない。

 彼等の場合は魔法が使える『能力者』であるし、魔法で暖を取れば二、三日は持つだろうが魔力とて無限ではない。いくら四人が六年の戦争を乗り切り異世界アルストルムでは猛者で英雄、膨大な魔力を持つようになった存在だとしてもアクティブで幾つも魔法を使い続ければ魔力残量はいつか心許なくなる。三日目までならともかくとして、その先は分からない。サバイバル術を身につけ、森を抜ける方法はいくつかあったとしても、心配になるのは当たり前だった。

 それも杞憂。今が九月末ならば暑さや寒さにやられることも無いし、どうとでもなるわけだ。

 だが唯一、残念な点があった事に気づいたのは大輝だった。


「あー……。ホロフォンが圏外じゃねえか。これじゃあ今どこにいるかだとか色んな事が調べられねえな……」


「ホントだ。私のも圏外じゃん」


「わたしのも。てことは」


「俺もだ。まあこんな山中じゃ仕方ない気もするけど、通信のカバー出来ない場所なんてあったっけ……?」


「もしかして、相当山奥だったりして……」


「うっへぇ……。知花の予想が当たりだったら、出るのが少し大変かもな……」


 二〇三〇年代の日本において、携帯キャリア各社の電波がカバー出来ない場所はごくごく限られている。ただ一〇〇パーセントではない。例えば今彼等がいるような森林地帯が集落から離れた場所であったり山中の起伏が激しい谷にあるのならば繋がらない可能性もある。

 こうなると一般人であれば遭難も十分ありうるのだが、彼等の場合心配は無用だった。


「ま、なんとかなるだろ。アルストルムじゃこんなとこ慣れっこだったし」


「そうね。気候も良し、敵は無し、日本なら気にするのは熊くらいだわ」


「アルストルムに行く前ならクマは怖ぇけどよ、今は怖くもなんともないぜ」


「もっともっと怖い敵とずっと戦ったもん、わたし達」


「知花の言う通りだ。とはいってもずっとここにいるわけにもいかないし、動こうか。ホロフォンのコンパスを使いながら、まずは人が通ってそうな場所を探そう」


「ええ」


「おう」


「うん」


 水帆、大輝、知花の順に頷くと、四人は集落か道路を見つけるために歩き始めた。

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