第2話 予兆
・・2・・
2036年9月30日
午前11時50分
日本某所
四人が転移後の眠りから覚めた場所を移動して約一時間。彼等が懸念していた数時間経っても集落か道路に出られないという事態は幸い避けられた。若干の偶然はありながらも二車線ある道路に出られたからである。
ホッとする四人はホロフォンが相変らず圏外を示していることに訝しみながらも、端末のコンパス機能を使いながら徒歩で南下していた。
さらに十数分歩くと、ようやく彼等が望んでいたモノが見える。道路標識だ。
「よ、良かった……。ここは富士宮だったんだな」
「思ったより近かったわね。これなら地元に帰るまでものすごい遠い距離ではないわ。リニアの駅は逆方向だから使えないけど、新幹線なら在来線経由で行けるんじゃないかしら」
「助かったぜ。これが北海道の北部とか東部だったら一泊は不可避だったもんな」
「交通費も足りなくなるかも。銀行のお金はほら、わたし達が行方不明になって六年半って扱いだろうし……。ホロフォンが繋がらないのも、それかも……」
『あー……』
自分達がどこにいるのか判明して孝弘、水帆、大輝、知花の順に口を開くと、知花の発言にそういえばそうだったと三人は思い出す。
もし異世界転移からの帰還に時間差がそこまで無ければ良かったのだが、あいにく六年半が経過してしまっている。戸籍は死亡扱いになっている可能性があり、となると銀行口座からホロフォンまでありとあらゆる契約系統は切れてしまっているだろう。道理で全員がホロフォンの携帯通信が圏外になっているんだと彼等は納得した。
となると、ホロフォンでネットを使うには公衆電波系のWi-Fiがある所まで行かないといけなくなる。暫くは諦めた方が良さそうだと四人はため息をつくことになった。
四人は歩く。歩く。そろそろ道路に出て一時間近くは経過しているはずなのだが、彼等はとある違和感を抱いていた。
それを口にしたのは大輝と知花だった。
「なぁ、いくら静岡の山中つっても車来なさすぎじゃね?」
「そうだね……。狭い山道ってほどでもないのに、さっきから車が一台も来ない……」
これは孝弘と水帆も薄々感じていた。
二車線の道路ならば平日の昼とはいえ車の一台くらい通ってもおかしくないのだ。だというのに、先程からその一台すらすれ違わない。北海道東部や北部の人口希薄地帯を通る都道府県管轄道路以下の道ならともかく、ここは道路標識によれば静岡県富士宮市市街へと至る国道だ。
そうなると、四人が何かがおかしいと感じるのも比較的すぐだった。
彼等は既に一般人でなない。戦争に六年も身を浸していた猛者だ。心のどこかでは何も起きていない。本当に、本当にたまたま車とすれ違わないだけ。と思っていたかったし、信じていた。
彼等は歩く。さらに歩く。時刻は午後一時を過ぎた頃。未だに道路に車は通らない。
「皆、魔法杖を」
『了解、孝弘』
いつしか彼等は異世界アルストルムの経験から注意モードに切り替わり、その手には転移前から持っていた学生用の魔法杖を握っていた。孝弘と水帆は長さ約三〇センチの準小型、大輝は約四〇センチの中型、知花は折りたたみ式で約八〇センチの大型だ。知花の場合は回復魔法と範囲補助魔法を得意とする為である。
異世界にいたのだから異世界の武器を持てばいいのだが、そうはいかない。
孝弘は二丁の魔法銃(銃剣付)で軽装型、水帆は魔法細剣で魔法特化、大輝は防御魔法に特化しつつも槍持ちで重装型、知花は今持っている魔法杖より大きい約一メートル二〇センチの
これらは知花の魔法長杖ですらギリギリだというのに、他三人の武器は日本において完全にアウト。どうみても銃刀法違反である。だから四人共アルストルムで使っていた武器は持っておらず、魔法能力者の学生が持っている汎用魔法杖シリーズ――平時は機能制限が付いていて攻撃的な魔法は使えないのだが、何故か機能制限は解除されていた――しか持っていないのである。
「そろそろ上り坂が終わる、周辺に気をつけながら進もう」
孝弘の言葉に三人は頷く。
孝弘だけではない。皆が嫌な予感がしていた。戦闘前に感じる、嫌な予感というもの。
心中で警鐘が鳴る。向こうに何かがあるぞ。と。
彼等は坂をのぼりきって、下った方を多少見渡せる所まで着いた。
そこに広がっていたのは。
「なんだよ、これ……」
孝弘は、眼前に広がる光景に唖然とする。
「どうして……、何があったの……」
孝弘の傍らにいた水帆は、思わず手を口に当ててしまう。
「嘘だろ、クソッタレ……」
孝弘の右にいた大輝は悪態をついた。
「なんで……。私達、帰ってきたのに……。地球に帰ってきたのに……」
知花は声を震わせた。
彼等の眼前に広がっていた光景。
それは、多数の車やトラックが乗り捨てられていた異常な景色だった。
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