第5話 「大好きです」
カチャ、カチャ。食卓に、スプーンを動かす音だけが響く。藤原家は食事中はテレビ禁止、スマホ禁止なので、なんとなく雑談したりする事が多いのだが、今夜はとてもそんな雰囲気ではない。食事はカレーライスで俺も好物なのだが、とても味を楽しむ余裕はない。
テーブルの真向かいにいる穂乃果を見ると、顔が赤いし、俺もさっきのキスの余韻が抜けていなくて、身体中がなんだか熱を持っている。さすがに色よい返事は期待していいんだろうけど、でも、考えさせて欲しいという事は、たぶん数日は待って欲しいという事だろう。間違ってなければ100点のはずだけど、もし名前を書く欄がずれていて0点だったら、みたいな微妙な居心地の悪さがある。
「2人とも、なんだか様子が変だけど、大丈夫?」
さすがに2人揃って無言で淡々と食事をしていると気になるのだろう。
「ええと。ちょっとだけ、考え事がありますが。心配しないでください」
何もないと言うとかえって心配させてしまうから、考えている事がある事は打ち明けておく。
「私も同じくです。だから、心配しないでください」
穂乃果はあれから返事の事を考えているのだろうか。気になるけど、待つと決めた以上は、待たないとな。
「そう?でも、2人で仲良く遊ぶのはいいけど、声には注意しなさいね」
その声に、飲み込んでいる最中のカレーライスが喉につまりそうになる。げほ。ごほ。
向かいの穂乃果も同じようで、涙目になりながら、水でカレーライスを流し込んでくる。
「ちょ、ちょっと由佳さん。ひょっとして、俺達の話、聞いて……?」
考えてみれば、途中から声のボリュームを抑えるのを忘れていたかもしれない。
「太一くんが告白するところ辺りから、ね」
「ほとんど全部じゃないですか、それ。はぁ」
ただでさえ告白の返事待ちで心に余裕がないというのに、それを相手の母親に聞かれていたとあれば、悶絶しそうだ。
「どうしたの?ため息なんかついて。私は、2人が幸せになってくれて嬉しいわよ」
あ、そうか。もう、てっきり俺たちが恋人同士になったと思っているんだ。いや、別に間違っていないんだけど、その直前みたいな微妙な時期だというのを察して欲しい。
「あ、あの、すいません。実は、まだ返事待ちでして」
いたたまれない気分になりつつも、そう正直に告げる。
「そうなの?穂乃果、あんまり相手を待たせるのは良くないわよ?」
からかうように言う由佳さん。この人、面白がってるな!
「お母様!もう、返事は決めてありますから、余計な口出ししないでください!」
さすがにキレたらしい穂乃果がそう怒鳴る。
「ごめんなさい。ちょっと青春してるなあって、面白くて」
悪びれずにそう言う由佳さんは大したタマだと思う。
「ただでさえ心の余裕がないんで、勘弁してくださいよ」
そう言うのが精一杯だった。
◇◇◇◇
夕食を一足先に食べ終えて素早く部屋に引っ込んだ俺。あの雰囲気に耐えられそうになかったのだ。しかし、返事もらうまでこれが続くのか。色々つらい。
でも、待たないとなあ。そんな風に思考がループしていると、トントン、と扉をノックする音が。
「あの、
まさに考えていた相手の来訪に胸が高鳴る。
「あ、ああ。いいぞ。どうした?」
「あの。さっきの返事、しようと思いまして」
「考えさせて、って言ってたけど。いいのか?」
「はい。考える程のことじゃなかったですから」
幾分穏やかな声で言うので、それなら、という事で扉を開けると、顔を真っ赤にした穂乃果が突っ立っていた。大丈夫か、これ。
そして、夜の俺の部屋にて。ベッドの縁に座っている俺たち。返事をするという事だけど、顔が赤いだけじゃなくて、目がきょろきょろしてるし、色々落ち着きがなくなってて、俺の方が心配になってくる。
「け、結論からいいますね!」
「あ、ああ。まず結論から言うのは重要だな、うん」
何を言っているんだろうな、俺たち。
「大好きです、先輩。恋人にしてください」
本当に結論を先に言われた。と、同時に、まだ返事待ちだと抑えて来た喜びが湧き上がってくるのを感じる。
「あ、ああ。ありがとう。俺も改めていうな。大好きだ。恋人になろう」
「はい」
「うん」
あれ。話が終わってしまった。告白の返事、これでいいのか?
「……好きになったきっかけ、聞いてくれないんですか?色々思い出してたのに」
「あ、ああ。聞く聞く。理由はなんだ?」
色々、可愛げがありすぎて、もう理由とかどうでもよくなっているのだが、あれから1時間余り。こいつなりに考えて来たんだろうし、聞かないと。
「覚えてます?私が毎日のように、押しかけて来た時のこと」
その言葉を聞いて、我が家を占拠して好き放題ゲームをプレイしていったこいつの事を思い出す。
「まあ、色々面白かったな。着眼点が鋭いっていうかさ」
こいつの頭の良さはゲームにも発揮されていた。RPGで強いボス敵に苦戦していれば、レベルをあげずに手持ちの戦力でうまく倒す方法を提案して来たし、対戦型ゲームでも無類の強さを誇った。集中力や反射神経も凄まじいし。
「
確かに、人によっては、あの頃のこいつを鬱陶しく感じる奴は居たかもしれない。俺の家にゲーム目当てに来てた奴のいくらかは、こいつが鬱陶しくて来なくなった節はあるし。でもまあ、俺にとってどうかと言われると。
「いや、別に全然?ゲーム上手い奴が一緒にいる方が断然楽しかったし」
同年代で俺より突出してゲームが上手い奴はそうは居なかったから、意地になって俺も腕をあげようとしたものだ。どんな種類のゲームをプレイしても、一歩以上自分の想定を上回る相手が居るのはやっぱり楽しかった。
「それを聞けて良かったです。どこか、迷惑をかけてないか不安だったんです」
中学になって以降改善されたから忘れそうになるが、元々はそういう奴だったな。
「それこそ今更だろ。俺がなんで、無理にでも京都に残ろうとしたか忘れたか?」
「実は、忘れかけてました」
「そ、そうか」
あれは俺なりの精一杯の友情の表現だったが、そうか。忘れられてたか。
「お、落ち込まないでくださいよ。ちゃんと思い出しましたから」
「で、なんて言ったっけ?」
「「お前と離れたくなかったからな」ですよね」
「良かったよ。あれ言うの、死ぬほど恥ずかしかったんだからな」
当時の俺に、友情と愛情の区別があったかはわからないが、それでも、妙な風に受け取られないかという不安はあったし、でも、俺が残りたい理由を知っておいて欲しかったのだ。
「それでですね。実は、あれがきっかけで好きになった気が、します」
つっかえながら言う様子はとても可愛らしい。そうか。あの言葉がきっかけか。
「何がきっかけかわからないものだな」
「ほんとですよ。それで、きっかけの話は終わりです。あとは……」
「ん?まだあるのか?」
「一緒にゲームするの楽しいですし、外で、デ、デートするのも楽しいですし」
「そっか。ありがとな」
「それに、義理堅いですし、少しシャイな所も可愛いですし、それに……」
「待て待て、それ以上は俺が卒倒しそうだ」
「と、とにかく。付き合っても、うまくやっていけると思うんです」
最初の「大好き」だけでノックアウトされそうだったのに、それ以上に好きの気持ちの乗った言葉をいっぱいくれて、色々ヤバい。
「そ、それで、先輩のきっかけも出来たら教えてほしいんですけど……」
「え」
俺のきっかけ。それは、とても単純なもので、この情熱に見合うだけのものじゃないので、言うのは気まずい。
「ええと。その、怒るなよ?お前みたいなドラマチックな話じゃないからな」
「今更怒りませんよ。それで、なんでですか?」
「お前とこの間、脱衣所で鉢合わせしただろ。あれ」
「ええとそのつまり。性欲?」
変な要約をされた。だから言いたくなかったんだよ。
「なんつーかさ、それまではお前の事は「友達として好き」だと思ってたんだよ」
「それが私の裸を見て変わった、と?」
「裸じゃないだろ。タオル巻いてただろ!」
「似たようなものだと思いますけど」
「あれ見て、なんか、「女として好き」でもいいんだって気づいちゃったんだよ」
あるいは、小学校の頃のそれは純粋な友情だったから、今も「友達として好き」じゃないと不純だという思いがあったのかもしれない。
「ほんとに単純なきっかけですね。でも、それでも嬉しいですよ」
軽蔑されるかなーと思ったけど、予想に反して、穂乃果は嬉しそうだった。
「そういうもんか?そんなの純粋な愛情じゃないとかさ」
「むしろ、彼女になる以上、そういう気持ちがまったくなかったら悲しいですよ」
「そっか。それなら良かったが」
何にしろ、これで一安心だ。晴れて恋人として一歩を踏み出せる。そう思ったのだが-
「太一先輩。キス、もう一度してみませんか?」
そんな心の平穏は、穂乃果の発言によって吹き飛ばされてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます