第3話 放課後の「デート」と告白
さて、放課後に遊びに行く代わりに、家で一緒にゲームをする事になったわけだが、それはそれで楽しいのも確かだ。
『クロノドライバー』は大手ゲームメーカーが最近発売した超大作RPGで、「過去改変」がテーマだ。サブキャラの悩み事解決やメインのストーリーが詰まった時に、過去のある時点にジャンプする事で目的を解決して先に進んでいくのが特徴だ。特筆すべきは、過去改変による分岐の多さで、大筋に影響しないサブキャラの運命も含めれば実に1000個もの分岐があるというのが売りだ。
そして、普通のゲームならモブである町人や村人の一人一人に人生があり、名前があり、悩み事がある。そんなモブキャラとの交流も魅力として語られている。最近は、2人でプレイをし続けているのだが、昨日はちょうどモブキャラの恋愛イベント分岐で中断したところで、穂乃果はその行く先が気になっているらしい。
ただ、出鼻を挫かれて少しモヤモヤしているのも確かで、今日はゲームを楽しみ切れるか少し自信がない。そんな事を考えていると、瞬く間に時間は過ぎていく。昼飯もなんだか気がついたら食べ終えていたのが我ながら驚きだ。
さらに時間が過ぎて、あっという間に放課後。これから、校門から少し先で落ち合うことになっている。妙な噂が立つのを避けるためだ。
「
校舎からの死角になっているところで、見慣れた赤と紺のセーラー服を着た穂乃果が待っていた。ウキウキしてしょうがない、といった顔だ。
「待たせたな、穂乃果」
「いいですけど、早く帰りましょう」
どんなにゲームの続きが楽しみなんだ、と言いたくなるくらいご機嫌で、ずんずんと先を歩いていく。可愛いと心のなかだけでつぶやく。
高校から家までは徒歩15分といったところで、今日、高校であった何気ないことを話しているとあっという間だ。
「「ただいまー」」
挨拶をして部屋に戻って、ゲーム機のケーブル類を接続していると、ドタドタドタと2階から音がしてくる。あいつが俺の部屋に来る時のいつもの音だ。
「おまえ、どんだけ楽しみにしてるんだよ」
「楽しみなんだから、仕方ないじゃないですか」
少し小声で話す。
母親の目から逃れるために穂乃果が提案した事は、シンプルだ。まず、ゲームは基本的に俺の部屋で。いくら家族同様と言っても、母さんから俺を預かっているせいか、由佳さんは、俺がゲームハードやソフトを持っていてもとやかく言わない。
ただ、ゲーム機を共用しているのがバレるとまずいので、オーディオスプリッターを購入して、2人でイヤホンを接続して音漏れを防いでいる。普通、そこまでするかと思うが、大のゲーム好きの穂乃果ならではと言えよう。
ゲーム機を起動して、2人してイヤホンをすると、既に穂乃果は画面に没入している。由佳さんからの呼びかけがあっても答えられるように注意するのは俺の役目。
(考えてみると、狭い部屋で2人きりなんだよな)
俺のための個室は6畳程で、2人だと少し手狭に感じる。ちらりと横目で見れば、手が届きそうな距離に穂乃果の顔が見える。
(落ち着け。いつもどおり、ゲームをするだけだろ)
そう自分に言い聞かせようとするものの、早まり始めた鼓動はなかなか元に戻らない。
「それで、選択肢どっちにします?」
「あ、ああ。俺は「きっちり告白して来るように勧める」だな」
画面を見ながら、出ている選択肢の1つを読み上げる。今、進行中のサブイベントは、モブキャラであるアッシュから、想い人の女性エイミーへの恋を打ち明けられるというものだ。未来では、アッシュは何らかの理由で失恋しており、「過去にジャンプする」を選択して、こうして、アッシュが失恋する前にジャンプしている。
「私は、「エイミーの好みの男性を調べてくる」ですね」
もう1つの選択肢に「せせら笑う」というものがあるが、さすがにこれは無いだろう。こんな選択肢を用意しているところに、スタッフの邪悪な心が垣間見える。
「なんでだよ」
「アッシュさん、内気そうじゃないですか。相手は彼のこと知らないかもですよ」
「だから、代わりに脈ありか調べてくる、と」
「そういうことです。先輩の選択肢は潔いですが、分が悪いですよ」
そうドヤ顔で言う穂乃果。うむむ。
「言いたい事はわかるが、そういう計算ずくの選択肢は罠だったりしたろ?」
そう、このゲーム、一見まっとうそうな選択肢を選んだ結果、登場人物が不幸になるという罠が実に多いのである。
「じゃあ、ここでセーブして、一度、先輩の方の選択肢選んでみましょう」
ということで、「きっちり告白して来るように勧める」を選んだ主人公だが、そういえば俺は、穂乃果に告白しようかどうか迷っていたのだった。偶然の一致には違いないが、何か運命的なものを感じてしまう。
「……って、ええ?『私もずっとあなたのことが好きでした、アッシュさん』って」
結果として、想いを告げたアッシュの恋はあっさり報われ、2人は結ばれたのだった。
「だから言っただろ」
「それにしても、ちょっとあっさり過ぎて納得が行きません」
「まあ、気持ちはわかる」
ぐぬぬ、という感じの穂乃果。しかし、気弱な男性キャラが、年下の女性キャラに告白するか悩んでいるというシチュエーションは妙にシンクロしてしまう。それに、
「でもさ、勝算を確保してから臨むのが正しいとは限らないってのは、わかるな」
「え?」
「だって、今俺がここに居るのだって、別に根回しした結果じゃないだろ」
「それはそうですけど……」
「ただ、ここを離れたくなくて、泣きついただけ」
「な、なんで、いきなりそんな事を言うんですか?」
急に声色が真面目になった俺を見て、穂乃果は戸惑っているようだった。
「すまん。ただ、ちょっと最近悩んでた事を思い出してな」
悩みの原因はすぐ隣に居るのだが。
「そういえば、最近、妙にぼーっとしてる事が多いですよね。ひょっとして?」
「ああ、心配かけてしまってたか。その通り。最近、どうしようか考えてた」
「水臭いじゃないですか。私に言ってくれてもいいのに……」
少し悲しそうな顔になる穂乃果。そうだよな。身近な友人が悩んでいるのを放っておけるはずもない。
「お前だから言えなかった事だとしても?」
これから、俺は決定的な事を言おうとしている。RPGをプレイしながらという、雰囲気も何もあったものじゃない場所で。でも、ゲームを通じて友情を育んだ俺たちとしてはなんともらしいじゃないか。
「そ、それってどういうことですか?」
穂乃果の声が少し震えている。勘のいいこいつの事だ。薄々何を言わんとしているか感づいているのだろう。
「今日さ、「恋愛なんて興味ないって」って言っただろ。あれ、実は嘘なんだ」
「……」
「だってさ、その誰かさんはすぐ近くにいるもんだからさ。気まずかったんだよ」
「なんで」
その、「なんで」はどういう意味だろう。なんで、私の事を好きに、という意味なのか、それとも、そんな事くらいでの、「なんで」なのか。
「だってさ、なんてったって気心が知れてるだろ」
「……」
「それに、お前は可愛いし、性格だっていい」
「褒めすぎですよ。そんなに綺麗な心の持ち主じゃありません」
「知ってるよ。でも、中学以降は色々努力したじゃないか」
「……私が、恋愛がわからないお子様でもですか?」
「別に返事がどうだろうと構わないさ」
「わかりました。ちゃんと聞きます」
真剣に俺を見つめるその視線をみて、やっぱり穂乃果はいい娘だと思う。
「穂乃果、好きだ。付き合ってほしい」
「もし、嫌じゃなければ」とか、「もし、断っても、友達で……」とかそんな言葉が脳裏をよぎったが、予防線を張っても仕方ない。シンプルに言うべき事を言おう。そう思って発した一言。
さあ、どんな返事が返ってくるか、そう構えた俺に対して返って来た返事は、
「あ、あの。考えさせてください!」
そんな叫ぶような声だった。
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