第2話 恋をしてしまった俺の決意
「それじゃ、先輩、また後で」
「ああ、また後でな」
校舎の中に入って、別れる俺たち。教室への道すがら、さっきの事について少し考えていた。すなわち、穂乃果への恋愛感情について。
つい最近まで俺の中では、恋愛というものは全く縁がないものだった。高2にもなれば惚れただのくっついただのという話はあちこちで聞こえて来るが、どうにも自分事として実感を持てた試しがなく、恋愛に生まれつき縁がないんだろうと納得していた。
変わったきっかけはささいな事だった。それは、残暑がまだ厳しいある夜のこと-
◆◆◆◆
ある日の夜。汗を流すために、風呂に向かおうとしたのだが-
「あ、あれ?太一、先輩?」
そこに居たのは、きょとんとした様子の穂乃果。こんなトラブルはたまにあって、これまではすぐに引っ込んで事なきを得ていた。なのに、何故だか、俺はタオル一枚だけを巻いた穂乃果の身体を直視できなかった。
「ああ、悪い。入ってたの気づかなくて」
それだけ言って脱衣所の扉をガラっと締めて部屋に引っ込む。
部屋に引っ込んだ俺は自分の中に生まれた感情に戸惑いを抱いていた。ドキドキしてる?俺が、穂乃果に?
その夜からだった。少しずつ、何かあると穂乃果の事を考える事が増えて、あいつが誰の事を好きなんだろうと考えるようになって。
(ああ、そうか)
俺は穂乃果の事が好きなんだ、と。そう気づいたのだった。
◇◇◇◇
(好きって気持ちはままならないもんだな)
最近は、この持て余した感情をどう扱ったものか決めあぐねている。とはいえ、恋をしようが何だろうが日々は進むもので、今日もこうして一日が始まる。
ガラっと教室の扉を開けて、さっさと着席して物思いにふける。
(穂乃果はどうしてるかな)
クラスの人気者なあいつのことだ。仲良く友達とおしゃべりに興じているだろうか。そして、その中には男子もいるだろう。あいつが親しげに男子に笑顔を向けている様子を想像すると、急に気分が悪くなる。
(男の嫉妬なんてみっともない)
嫉妬なんて感情、恋愛以上に俺には無縁のものだと思っていた。なのに、こうしてあいつの事を考えるだけで、仲の良い男子に嫉妬の感情が湧いてくるなんて、自分の器の小ささに呆れる。
「おっす、
俺に視線を向けてくる男子は、
「悩みって程のことでもない。ちょっと自分の器の小ささに呆れてただけ」
「なんだそりゃ?」
「こっちの話」
「……ひょっとして、
図星を突かれたので、一瞬ビクっとなる。
「いや、別の事」
何気ない素振りを装う。
「そっか、外れか。で、結局、何悩んでるんだ?」
どう言うべきか。さすがに、穂乃果との事を直接言うわけにはいかない。なら、一般論としてなら?
「ちょっと廊下までついて来てくれ」
「ん?ここじゃしづらい話か」
「あんまり勘ぐられたくないくらいには」
クラスじゃ真面目一辺倒で、恋愛なんかには縁がない人間で通ってる俺の話だ。悪意はなくてもネタにする奴は居るだろう。
というわけで、屋上に通じる階段まで連れてきた。屋上は通常は封鎖されているので、わざわざここまで来るもの好きもそうは居ない。
「で、肝心の悩みは何なんだ?」
「認めるのは非常に癪なんだが。どうやら、人を好きになってしまったらしい」
「なんで、「らしい」とかそんな他人事なんだよ」
「今までそういう感情が全然わからなかったからな。正直、戸惑ってるんだよ」
「確かに、いっつも「恋愛なんてわからない」って言ってたからな。しかし……」
言葉を区切って、意味深に俺の方を見てくる浩史。
「なんだよ?」
「いや、恋愛しても別に悪い事はないだろ。なんで苦しげなんだよ」
「嫉妬心とかそういう見苦しいのとは無縁で居たかったんだよ」
これは本音だ。それも、よりにもよって、穂乃果だ。長年の付き合いのあいつが、男友達と話している事を想像して嫉妬するとは、狭量もいいところだ。
「お前もかなり
「付き合っても居ないのにか」
「そりゃ表に出したらウザいが、内心で思う分には自由だろ」
「そういう風に割り切れるのは羨ましいな」
「割り切らなくてもいいけどよ。相手は誰なんだ?クラスの女子か?」
「いや、クラスじゃないな」
「じゃあ、同じ学校か?」
「……まあ、そうだな。これ以上は勘弁してくれると助かる」
「で、お前はどうしたいんだ?」
「どうしたらいいんだろうな。告白するか、少し迷ってる」
ここのところ、その選択肢をとるべきかずっと考えているが、なかなか踏み切る事ができない。あいつが頷いてくれる様子が想像できないせいだろうか。
「相手とは親しいのか?」
「自分で言うのも何だが、親しい奴を並べたら5本の指には入るとは思う」
親しくない奴と、ああもあけすけな会話もできないだろうし、何なら一緒の屋根の下に居るのもしんどいだろう。特に、穂乃果は相手との距離感を見て話し方を選ぶタイプだ。
「自信があるのか無いのかよくわからねえな。脈はありそうなのか?」
「どうだろうな。恋愛に興味がないとは言ってるけど」
「そう言うのは本音隠すための事が多いから当てにならんな」
浩史はそうバッサリ切り捨てるが、よりによって穂乃果が俺にそんな嘘をつくとも思えない。
「あいつなら、そこははっきり言うと思う」
興味があるなら、「あるけど、今は相手がいない」と言うはずだ。
「ならお前の言う通りだとしてだ。告白はかなり賭けだな」
「やっぱりそう思うか」
「友達枠の男子から告白されてビビったなんて話はありがちだしな」
「そうかもな。でも、ま、それならそれで告白するのもありかもと思ってる」
「玉砕してもか?」
「気まずくはなるだろうけどな。心の整理をするためと言えばいいのか」
少なくとも、穂乃果はそれでずっと距離を置いたりする人間だとは思えない。
「少しは気持ちはわかる。なら、どっちを選ぶかだな」
「どっち?」
「距離を縮めるために様子見か、告白という勝負に出るか」
「言う通りだな。もうちょっと考えてみるよ。聞いてくれて助かる」
「言えば楽になることもあるからな。健闘を祈る」
実際、話してみる事で随分状況が整理出来た気がする。そして、どっちを選ぶかと言えば告白しかないと思う。穂乃果との関係は一朝一夕に出来たわけではない。なら、あいつを信頼して正直に気持ちを言ってもいいのではないかと。
(よし、善は急げだ)
今日の放課後にでも、ちょっと遊びにでも誘ってみるか。教室に戻った俺は、早速ラインでメッセージを送った。
【放課後だけど、どっか遊びに行かないか】
【それより、家でゲームの続きしませんか?サブイベの続きが気になるんですよ】
いつものノリでそれとなく遊びに誘ってみたら、予想外の返事。しかし、考えてみれば当然かもしれない。ここの所、発売されたばかりの超大作RPG『クロノドライバー』にこいつは夢中だ。
【それもそうだな。じゃあ、クロノドライバーの続きやるか】
【せっかく誘ってくれたのにすいません。外へは週末でどうですか?】
【ああ、じゃあそういうことで。また後でな】
そうして、メッセージのやり取りは終わったのだった。さて、放課後にデートをしてから告白をするというプランは崩れ去ったわけだが、どうしたものか。
(ま、今日は一緒にゲームするか)
相談したばかりとあって気持ちが急いでいたが、別に今日告白する必要もない。それこそ、週末に改めてきちんと伝えた方がいいだろう。
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