考えさせてください!~下宿先の娘さんに恋した結果~
久野真一
第1話 下宿先の娘さん
「
クスっと笑いながら、口元にご飯粒がついている事を指摘される。
「あ、ああ。悪いな、
慌てて口元を探ると、唇の右側に確かにご飯粒がついていた。恥ずかしい。
「そういうところカワイイですよね、太一先輩」
からかうような笑みを浮かべて、そんな事を言うこの女の子は
「先輩をそうやってからかうもんじゃないぞ」
努めて動揺を外に出さないようにしつつ、無理やりしかめっ面をして見せる。
「そうやって無理にしかめっ面しても、照れ隠しが丸わかりですよ?」
だが、付き合いが長いせいもあってか、穂乃果にはすぐに見抜かれてしまう。
「はいはい。照れ隠しですよ、照れ隠し」
正直に認めるのはシャクで、ついそっけない言い方になってしまう。しかし、
「そういう可愛い所をもっと出せば、人気出ると思うんですよ。太一先輩って」
そんな事を言われてしまう。
「俺は真面目なお堅い人間で結構」
俺は高校では真面目一辺倒なお堅い人間で通っているが、本当は単に照れを感じて堅い言い方になりがちなだけだ。そして、それを知っているのも穂乃果や一部の人間だけ。
「いいですけどね。親しい人にだけ見せる一面!って感じで」
「わかってるなら言うなよ」
「それでもですよ。彼女欲しくないんですか?」
現在、穂乃果は高1。俺の1つ下の彼女は最近、そういう話題をよく振ってくる。
「いっつも言ってるだろ。恋愛なんて俺は興味ないって」
毎度になったやり取りに少し辟易しながらも、そう
「そんな事を言ってると後で後悔するわよ?」
口を挟んできたのは、穂乃果のお母さんである
「後悔ってなんですか。後悔って。しませんよ」
俺を母さんから預かっているという気持ちがあるのか、由佳さんからは、母親目線をよく感じることがあるが、そういう風に見られている事が心地よくもあり恥ずかしくもあり。
「青春は一度しかないんだから。後で彼女作っておけば、って思っても遅いのよ」
「やけに重みがある言葉ですね。実体験ですか?」
こんな軽口を叩けるのも、由佳さんの人柄あっての事。
「太一君も失礼ね。旦那とは高校で知り合ったのよ」
そう言いつつも、怒った様子も見せず、にこやかに答える由佳さん。大人だ。
「さんざん聞かされましたからね。知ってますよ、もちろん」
由佳さんの旦那さんである
「お母様、その持ちネタ大好きですよね。もう耳タコですよ」
そして、実の娘から冷ややかな目線を向けられる由佳さん。
「はぁ。穂乃果も太一君も、小さい頃は可愛かったのに……」
わざとらしくいじけてみせるが、フリなのはわかっている。
「別に由佳さんに育てられた覚えはありませんが」
「中学からここに居るんだから、半分は育てたようなものよ」
「まあ、否定はしませんが」
俺が中学に上がる時に、両親が仕事の都合で東京に引っ越す事になった。その時に、生まれ育った京都と、そして、穂乃果と離れたくないと泣いて懇願した結果、困った母さんは友人である由佳さんに相談して、俺を藤原家に下宿させてくれる事になった。
もちろん、実家から最低限の月謝は出しているが、感謝の念しか無い。中学に上がって以降、色々あっても、こうして穏やかに過ごせるのも由佳さんたちあっての事だ。
藤原家での日々はこうして穏やかに流れて行く。
「行ってきます。由佳さん」
「行ってきます。お母様」
「はい。行ってらっしゃい」
いつも通りの挨拶をして家を出る俺たち。10月も中旬となれば秋も涼しくなって来て、随分過ごしやすくなった。しかし-
「なんていうか、歴史の重みを感じるよなあ」
「どうしたんですか、突然」
穂乃果に怪訝な視線で見つめられる。
「いや、この家が歴史あるよなあって。築何年だったっけ」
「確か築百年はしますね。京都だったら、言うほど古くないですが」
「そうだけど、俺ん家は新築の賃貸マンションだったろ」
中学に上がる前に引き払った昔の我が家を思い返す。二条城周辺にある、出来て日の浅い高層マンションだった。
「懐かしいですね。よくファミコンやりに行きましたよね」
「お前はプレステもウィーもなんでもファミコンというお爺さんか」
「先輩、細かいところにこだわりますね。だからモテないんですよ」
「モテなくて結構」
こんな軽口を叩きあう俺と穂乃果との付き合いは小学校の頃まで遡る。当時、クラスでは、とある大作RPGで持ちきりで、俺もゲーム機ごと買ってもらってプレイしていた。それをどこからか聞いていた穂乃果が、ある日
「あの。先輩のお家、ゲームがいっぱいあるって聞いたんですけど」
などと聞いてきたのだ。当時、ゲームをいっぱい所有している我が家は同年代のガキのたまり場と化しつつあったが、そうまでストレートに聞いてくる奴はいなくて、そんなこいつを「変わってるな」と感じつつ、少し面白く感じたのを覚えている。なお、藤原家は教育については古風で、ゲームは1日1時間までを地で行く家庭だった。そこで、ゲームに寛容な我が家に鋭く目をつけたというわけだ。
それからの穂乃果と言ったら凄まじいもので、毎日のように押しかけて来てはその大作RPGを2時間以上プレイして行き、俺よりも先に全クリしてしまったのだ。それからも、他の男友達がドン引きするくらい我が家に入り浸って、新しく出るゲームに熱中していた穂乃果。うちは父さんがゲーム会社のプログラマーで、研究のために新作ゲームをよく買ってきたのも災いした。
中学に上がってからは、何がきっかけか、礼儀とか距離感のとり方を覚えたようだが、俺は未だに小学校の頃の所業をよく覚えている。
「しかしお前、俺の家でいったい何時間ゲームプレイしたんだろうな」
初めてこいつが家にゲームをやりに来たのが、俺が小3の頃だったか。休みの日なんて、10:00に来て、17:00に帰るなんて日すらあった。
「うーん……だいたい1530時間ってところですね」
「ドン引きする数字だな。てか、よくそこまで覚えてるな」
「さすがに私でもそこまで覚えてませんよ。概算ですよ、概算」
「つーと?」
「まず、1週間辺りのプレイ時間を8時間くらいとしますよね」
「友達の家でそれだけやるのがアレだが。それで?」
「1ヶ月を4週間、1年間を12ヶ月。さらにそれを4年間と計算すると?」
「なるほど。それで、1530時間というわけか。相変わらずそういうの上手いな」
8 * 4 * 12 * 4 = 1536、1の位を切り捨てて1530という計算式を思い浮かべる。
「そういうの、ですか?」
「大まかな見積もりみたいなの。得意だろ、お前」
「私は、普通にしてるだけなんですけど」
イマイチ腑に落ちないらしい。もちろん、こうして説明されれば俺も計算くらいできるが、瞬時に直観で概算を導き出せるのは、ある意味特技の域に達している。これに限らず、穂乃果は全般的に頭がいい。それも、小学校の頃からだ。いわゆる、地頭がいいという奴だ。
「まあいいや。で、話は変わるんだけどさ、お前は彼氏作らないのか?」
「ど、どうしたんですか、突然」
「いや、俺に彼女云々言って来るだろ。じゃあ、お前はどうなんだろうなと」
容姿一つとっても、整った目鼻立ちに少し小柄だけど出るところは出ている体型に、爽やかさを感じさせて可愛さもあるセミロングの髪型といい、親しい人間の贔屓目を見てもかなり綺麗だと思う。
性格だって悪くない。距離感がある相手には礼儀正しいし、親しい相手にも馴れ馴れしすぎない程度に接する事ができる。俺は例外だが、それだって野放図に好き放題しているわけじゃない。小さかった頃は色々アレな奴だったがな。
「いいんですよ。私も恋愛なんて興味ありませんから」
お返しのつもりか、俺と同じような受け答えをするが、どこまで本当やら。
「俺と違って、いっぱいコクられてるだろ。累計で30人はいた気がするが」
「全部覚えてる太一先輩に、それこそ、私はドン引きですよ」
「毎回話聞かされりゃ、嫌でも覚えるよ。で、誰もお眼鏡に叶わなかったのか?」
いわゆる、一般的に女性受けしそうな容姿や性格の奴にとどまらず、幅広く色々な奴に告白されていた気がするんだが。
「だから、相手の問題じゃないですよ。興味がないんです」
「ほんとかぁ?」
「ほんとですってば。疑り深いですね」
「ま、いいけどな」
こんなやり取りも最近はいつもの事。以前はそんなに興味がなかったのだが、最近は、こいつが恋人を作ろうとしない理由が知りたくなった。
理由は単純。きっと、俺は恋をしてしまっているんだろう。目の前の彼女に。
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