第3話 超がつくほど――

 結局、あのあともう少しだけ周りを探したものの新しい発見は無く一時撤退を余儀なくされた。

「む~~~~~っ。」

「そんなに膨れないでよ、貴くん。わたしだって、なんとかできるならしたいけど・・・」


 相変わらず、『忘れ物』は何か分からずモヤモヤが増えてしまった。

「珍しく頭使ったら熱とか出ちゃうよ?」

「む~~~~~~~~~っ。」


 色々と考えてはみるもののバカなおれには特に何も浮かばない。


 ユキは俺なんかよりもはるかに頭が良い。だからいろんなことが見えているし、頑固な反面見切りも早い。

 両立しないようにも思えるがそんなことは無い。


 彼女は諦めないが、何も100%の成果を求めているわけでは無い。いや、正確には”自分にできる限り”の100%をやる。

 そこを超えてしまっている事には手を出さない。という感じだ。


「わたしにはケンちゃんを手助けしてあげることはできても、あの二人の手助けはできない。中途半端に手を出せば余計にみんな辛くなるよ?」

 そんなことは俺にだってわかる。気合や根性ではどうにもならないことだって存在する。


「だけどさあ!」

「大体のことは時間が解決してくれるの。と言うか、時間にしか解決できないことだってあるの!」

 

 堂々巡りだがユキは自分にできないことまでは手を出さないが、だからと言って納得しているわけでは無いのだ。理解しているから落としどころを見つけているに過ぎないのでこういう時は機嫌だって悪くなる。


「悪かったよ。一番歯痒いのは、ユキだもんな・・・」

「・・・ううん。わたしの方こそごめんね。もとはと言えばわたしのわがままに付き合わせてるのに。」


 二人で黙々と家路を急いでいると急にユキがしゃがみ込んだ。

「どうした!?アキレス腱でも爆発したか!??」

「そんなに何もかも爆発はしません。ケンちゃんがね。」


 そこまで言ったかと思うとユキは道端の雑草をかき分けている。

「無いね~。」

「なにが??」

「ん?四葉のクローバー。『お母さんが大好きだったの!だから、ケンカしてる時はこれを見せるとみんな笑顔になるんだ!幸せのクローバーだから!』って。ふふっ。ありがとね~。」


 微笑みながら空気を撫でているユキを見ていてこちらもついほほが緩む。

「にしても、ケンちゃんはいい『漢』だな!自分が大変なのに人の心配なんて――」

「ほんとにね。優しい子なんだね。」


 こちら振り向いたユキが不思議そうに俺の顔を眺める。

「どうしたの??」

「俺、分かっちゃったかも。――忘れ物。」

「ほんとに!?けど、なんで急に??」


「とりあえず、今日は遅いから捜索はまた明日だな!」

 何度も言うが俺は頭が悪い。だから、間違っている可能性も大いにあり得る。


「ただいま。」

「遅ーい!!一体こんな時間まで何してたと姫ちゃん!?何回も電話したのに出ないし!!」

「ごめんなさい。それと・・・」


 ユキは少し位置を動き自分の後ろを見るように促す。

 ちなみにだが、アクマさんも”視える”人だ。

「あ~・・・またかい、姫ちゃん?」


「ナイトくん?僕言ったよね?止めてねって。」

「すんません。でも、やっぱユキの意志は尊重したいっつーか・・・」

「僕だってもちろん姫ちゃんが一番さ。姫ちゃんが欲しいなら家だって買うし、アメリカだって滅ぼしてみせるさ!」


 さすがに大げさな・・・とは言うもののこの人なら何とかして本気で実現しかねないのが怖いところだ。

「でもね?もしそのお願いが姫ちゃんを少しでも危険にさらすようなお願いなら、どれだけ些細な事でも僕は絶対に叶えない。そういう意味でだけは、君を信頼してるんだよ?」


「できることならお昼だっていつだって四六時中僕がついていたいけど・・・さすがにそれは無理だから。」

「当たり前でしょパパ。そんなこと本気でしだしたらまじで警察に通報するから。」


 辛辣な娘の反応に膝から崩れ落ちたアクマさんだがすぐに立ち上がる。

流石はお義父さん。そう簡単に10カウントは聞かせてはくれないようだ。

「だから、本当に僕のいない間だけは。姫ちゃんを頼むよ?君はその為の騎士ナイトくんなんだから。」


 最近は年に一度あるか無いかのアクマさんのまじめな表情。

「パパ!わたしが無理に付き合わせてるんだから貴くんを怒らないで。」

「はぁ。しょうがない。とりあえず今日はもう遅いから早くお風呂に入っちゃなさい。覗いたりしたら、欠片一つ残さずこの世から抹消するからね、ナイトくん?」


「そんなことしねえっす!見るなら堂々と正面から行きますよ!」

「堂々としてたらいいって事じゃないからね貴くん。」

 冷たい視線を残し部屋へと上がっていくユキを見送る。


「さ。ナイトくんもご飯食べる準備しちゃいなよ?」

「あ、今日はこの辺でお暇するっす!」

「珍しいね?ついに自分が親子水入らずの邪魔をしてるって気づいたのかな?」


 俺は普段寝る時以外は安久間家のお世話になっている。


 別に天涯孤独とかではない。単純に親もバカなので「貴志も高校生になったし、ちょっとお父さんと旅行に行って来るね♡生活費は降り込むけど無駄遣いはダメよ??」

 

 と、そのちょっとがすでに1年近く続いているだけである。


「すんません!今度からは水分には気を付けるっす!」

「はははっ。君は小学生くらいからやり直した方がいいんじゃないかい?」

「パパ―!お湯が出ない―!」

「はーい!今見るから待っててね!それじゃ、またねナイトくん。」


「はい!おやすみなさい!」

 玄関で安久間家に別れを告げマンションの階段を降りる。

「さて・・・」


 時刻は23時。基本22時には寝ているので少々眠気がやってきた。

「気合!気合!気合!」

 頬を2.3度叩き根性注入の儀式を終えて軽めのランニングで来た道を戻る。


 はてさて、想像通りにカッコよくいけばいいが。






「ぐぉ~~~~zzz」

「貴くん?」

「ぐぅ~~・・・っ!そんな・・・ラーメンの海、だと、、、!」


「どんな夢よ、、、?ほら!起きて!」

「はぅっ!それは俺のチャーハン、、、!・・・あれ?ユキ?」

「セットだったのね。チャーハンの大陸でも見つけたの?おはよ、貴くん。残念ながらここは、昨日の公園だけど?」


 チャーハン大陸?寝起きから何の話だ?とてもそそられるものはあるが・・・

「くぁ~~~~っ・・・おはよ。」

 目が覚めたのは昨日の緑地公園の中。探し物をしていていつのまにか寝てしまっていたみたいだ。


「こんな所で良く熟睡できるね。」

「その気になりゃ俺は南極でだって寝れると思うぜ?」

「さすがは貴くん。さぞかし熟睡できるかもね。」


「それほどでもねえが・・・」

 少し照れ臭くなり頭をポリポリと掻きながら返答するおれにまたも冷たい視線が突き刺さる。暖かくなってきたとはいえまだ4月。朝はさすがに冷えるな。


「で?何してたの?」

「おお!そうだった!」

 これ見よがしに手をポンと叩き昨日の成果をに見せる。


「ケンちゃんの『忘れ物』って、これだろ?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ピンポーンっ。

「ハーイ。どちら様で・・・あれ?君は。」

「朝早くからすんません、、、。実は少し聞いてもらいたいことがあるんすけどちょっとだけ時間、いいすか?」


 訪れたのは昨日の菅原さんのお宅。

 近所だと聞いていたので探してみればこのあたりに菅原は一軒しかなかったのですぐに見つけることができた。


「ああ、かまわないよ?けどこんなに朝早くからどうしたんだい?」

「えっと・・・俺頭悪いんで言葉選び間違えてたりとかしてたらすいません。俺の予想通りだったら、たぶんすげえ聞きたくない話だとも思うっす。」

「それは、健太に関係があるのかい?」


 コクリと頷き、意を決して話始める。

「実は昨日一緒にいたユキは・・・幽霊が見えるんす。」

 お茶を出してくれた英子さんと雄二さんは今のところ黙って聞いてくれている。


「昨日あそこにいたのも、健太くんに頼まれてなんです。」

 ため息をついた後雄二さんはお茶に口をつけ「それで?」とあきれたような怒っているような、あるいはどちらも含めたような声で続きを求めてくる。


「本当は、この話をお二人にすんのは・・・ユキには止められました。」

「昨日、最後に言いかけたのはそれかい?」

「はい。」


 この話をしても、たぶん二人は何も救われない。誰が悪いとかそういう話では無いのだが、考えが正しいのなら二人は自分を責める結果になるだろう。

 それでも――


「健太くんは『忘れ物』をしたって言ってました。それがなんなのかずっとわかんなくて。でも、昨日あることがあってその時に気づいたんです。お願いです。ユキを通してしか無理なんすけど、健太くんの思いを聞いてあげてくれませんか??」


 テーブルに頭を擦り付ける。困惑や呆れ。見なくてもそれらの思いがひしひしと伝わってくる。でも、一番強いのは――


 頭に何かが直撃し水浸しになった。


「人の事をバカにしてるの!!?幽霊!!?ケンちゃんと話してほしい!!??それが出来無いから、、!!あたしがどんな思いでこの二か月間過ごしたと思ってるのよ!!」

 むき出しの怒りだった。


 そりゃそうだ。最愛の息子を失って傷心の時に見ず知らずのガキんちょが『幽霊が見えるから』なんて言い始めたらおちょくってるように聞こえるだろう。


「やめないか英子。・・・ふぅ。すまないがお引き取り貰えるかい?これ以上は私も声を荒げてしまいそうだ。」

 立ち上がり席を離れようとする二人の背に顔を上げずに言葉を続ける。


 ここからは、あくまで俺の予想だし。当たってるなら・・・なおさら黙っていたかった。

「昨日言われたんです。『四葉のクローバーはみんなを笑顔にしてくれる』って。」

 そっぽを向いていた2人がこちらへ向き直る気配がする。

「どうして、それを?」


「お母さんが大好きだったって。そうも言ってました。そうですよね?雄二さん。」

「それは、確かに僕が健太に教えたことだ・・・」


「・・・もしかしてなんすけど。健太くんがいなくなった日にお二人ケンカしなかったすか?」

 残念ながら、心当たりがあるようだった。


「ずっと気になってたんです。川の前には柵もあったし、何よりちょっと暗そうだったじゃないすか?俺、ビビりだから。俺なら一人でこんな所には、昼間でもガキの頃なら入らなかっただろうな。って。」


 花の供えてあった安全策は結構頑丈で子供の背丈くらいはあった。それにちょうど木の影になっていて周りから見ると少し暗くなっていたはずだ。

 それをわざわざ一人でなんで乗り越えようと思った。


 俺がガキの頃にそんな所にわざわざ入るとしたら――

「よっぽど興味を惹かれる物か・・・もしくは誰かにどうしても見て欲しいものでもあったのかなって。」


 たぶん、健太くんがいなくなった日2人はケンカをしたのだろう。それが大ゲンカだったのかほんの少しの言い合いだったのかおれには分からない。


 でも、意外と子供からするとそんな些細なケンカでも気になるものなんだ。

 それが自分が辛い時に人の事を気にできるような優しい『漢』ならなおさらだろう。


 そんな時にふとお父さんから聞いた『幸せのクローバー』の話を思い出す。

それがあればみんな笑顔になるんだって。


 探してみて思ったが、意外と四葉なんて見つからない。でもその日は《不運》にも見つけてしまったんだろう。柵の向こうの川の近くに生い茂ったクローバーの中に。


 たまたま、少し夫婦ケンカをした日に。高い柵を乗り越えた勇気ある、暗がりに飛び込める優しい男が、偶然見つけた。見つけてしまった。『幸運を呼ぶクローバー』。

 

「この予想が合ってたら、お二人を傷つけることになるのはわかってるっす。言わない方が、みんなこれ以上傷つかずに済むのかなって。でも――」


 ――それでも俺は伝わって欲しかった。菅原健太って男の子がどんだけカッコいい『漢』だったのかを。


「だから、お願いします。俺には、健太が何を言ってんのかはわかんねえっす。でも、何を言いたいのかはなんとなくわかるんです。どうか、こんなバカの話っすけど。少しだけ、時間をください。」


 それにこれは俺のわがままでもある。惚れた女の子にあんな顔をさせたまま一件落着。なんて、どんだけ根性無しなんだって話だろ。


 俺はあいつと違ってバカだから、どこまでが俺に出来るかなんてわかんねえ。唯一知ってんのは・・・


「それが本当だったとして。君がなぜそこまでしてくれるんだい?」

 雄二さんの声に優しさが戻る。そしてその温かな声で俺に尋ねる。

「俺、諦め悪いっつうか・・・超が付くくらい『頑固』なんすよ。」

 あいつと同じくの頑固者がここにもいるって事だけだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「四葉の・・・クローバー?」

「おう!大変だったぜ。まじで見つかんねえんだもんな。思ってたよりもずっと四葉のクローバーって少ねえのな!」

 笑いながら、ドヤ顔で。見つけたクローバーを健太がいるであろうユキの左手辺りの空間に差し出す。


 大の男が夜通し探してようやく見つけることができたものを、たった5歳の子が一人で。こんなに頑張ったってのに・・・あんた、残酷すぎるぜ。神様よ。


「すげえよ、お前は。そんなに小っせえのに1人でこれを見つけ出してよ。根性は入ってるぜ!」

「貴くん・・・」

「なんだ?」


「ケンちゃんは・・・こっち・・・」

「・・・おう・・・」

 俺に出来るのはここまで。あとは、ユキに託すとしよう。

「じゃあ、行こうか!」


「どこに?忘れ物は見つかったんだし――」

「違うよな?そうだろ――健太。」

 そうしてもう一度、俺たちは3人で菅原家へと向かう。


 忘れてたものを、今度こそ届けるために。


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